第五十三話 揺れる魔物
深い森の奥。
霧の中にぽつんと立つ黒い影――ノイン。
彼は今日も気まぐれに歩いていた。
(……退屈だ。人間も魔物も、どれも同じ顔をする)
感情のない目で森の奥を見渡したとき――。
「や、やめてぇ……っ!」
小さな子供の泣き声が聞こえた。
そこには、痩せた盗賊風の男たちに囲まれている少女がいた。
「いいから、ついて来い! うるせぇガキだな」
「いやだっ!……おかあさぁーん!」
ノインはため息をつく。
(……くだらない。だが、耳障りだ)
次の瞬間、ノインの姿がふっと消えた。
そして――盗賊たちの背後に、静かに現れる。
「な、誰――!?」
言葉を終える前に、盗賊たちは黒い刃に貫かれ、崩れ落ちた。
少女は目を丸くして震えながら後ずさる。
「……お、お兄さん……助けてくれたの?」
ノインは返事をしない。
(助けた? 殺しただけだ)
だが――。
「ありがとう……!」
少女は涙を浮かべながら、ノインにしがみつくように頭を下げた。
ノインはその瞬間、胸の中にざわりとした波を感じた。
(……何だ? この感覚は……)
透明なはずの心に、妙な重さが宿った。
その時――。
「リオ!! 良かった! 無事だったのね!」
少女の母親が駆け寄ってきた。
温かい腕で我が子を抱きしめ、涙を流す。
(……鬱陶しい)
ノインの手に、殺意が戻る。
その親を、一瞬で消せる。
いつもなら迷わない。
だが――少女が二人の間に立ちはだかった。
「この人がね、助けてくれたんだ!」
少女の無邪気な笑顔。
ノインの胸の奥が、さらに揺れた。
(……どうして、殺せない? なんなんだ、この気持ちは……)
母親はノインに怯えながらも、深く頭を下げた。
「……娘を助けてくれて、ありがとうございます」
赤子のように無防備な感謝。
ノインは視線をそらした。
そのまま何も言わず、森の奥へと背を向けた。
(くだらない……はずだ。なのに……胸が……)
その“変化”に気付かぬふりをしながら、闇の中へと消えていった。
―――その頃、 村の外れ。
爆音と共に、地面が割れた。
「な、何だあれはっ!?」
ミンミンが震える。
割れた大地の谷間から、巨体の魔物が姿を現した。
全身を黒い殻に覆われた、塔のように巨大な魔物――。
「でっか……!」
「翔太、まずいよ。あれ、普通の魔物じゃない!」
イーヴァンが双剣を構え、低い声で言う。
巨大魔物が咆哮し、衝撃波が村を揺らす。
「チロル、下がってろ!!」
「う、うん……!」
翔太は瞬間移動で巨体の肩へ移動し、剣を振り下ろす――が。
「固っ……!」
殻が硬すぎる。
巨魔は翔太を払い落とすように腕を振り回し、地面に激突する。
「がっ……!」
リィナが叫ぶ。
「翔太!!」
イーヴァンが翔太の前に飛び込み、巨魔の拳を双剣で逸らした。
「立って、翔太!」
「ああ……大丈夫だ!」
剣を構えた翔太の手が、赤く脈打つ。
(……まだ、力を使える……!)
だが――。
巨魔が口を開き、黒い光を溜め始めた。
「まずい、あれは……!!」
その時――。
「退くがよい、小僧ども」
空間が歪み、白い光の輪が広がった。
その中心に――銀色の髪に青い目をした女性、フェアリスが現れる。
「フェアリス!?」
リィナが息を飲む。
「……ずいぶんと面倒な魔物を呼んでくれたわね。
フェアリスは指を鳴らす。
空中に陣が展開し、白い雷光が巨魔に降り注いだ。
巨魔の咆哮が村全体を震わせる。
「さて――ここからが本番よ」
フェアリスの笑みは、不敵だった。
―――遠く離れた森の上で、ノインは空を見上げていた。
その理由を理解できないまま、ノインはただ静かに消えていく。
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次回、第五十四話 最強の賢者




