第四十四話 月の輝き
――戦いのあと、森には静寂が訪れていた。
崩れ落ちた大地。焦げた木々。
その中心で、翔太は血に染まった地面に倒れていた。
かすかな息。
視界が霞み、ミンミンの声が遠くに響く。
一方その頃、ジルクは崩落した道を歩いていた。
背中には、ぐったりとしたシーカの体。
彼女の胸元に手を当てると、微かな鼓動がまだ残っている。
「……もう少しだ。もう少しで、村だ……」
彼は歯を食いしばり、足を止めなかった。
だが、村へ続く小道の途中で――
シーカの体が、小さく震えた。
「……ジルク……みんな……無事……?
ダイチは……」
そのかすかな声に、ジルクは涙を堪えながら頷いた。
「大丈夫だ。翔太たちが、何とかしてくれる」
それよりも、お前の傷が深い。何とか自分の魔法で治せないのかっ」
シーカは微笑み、空を見上げる。
「無理……力が出ない……
救えなかった。私はダイチを……やっと、会えたのに……」
シーカは涙を流し、息をするのも苦しそうだった。
「わかったから、もうしゃべるな!」
空を見上げると、二つの月が光り輝いていた。
「きれいだね……また、一緒に見たかったな……」
そのまま、彼女の瞳から光が消えた。
「……嘘だろ……おい、シーカ……!」
ジルクの叫びが森に響く。
彼はそのまま、息絶えたシーカを背負い、黙って村へ歩き出した。
途中、チロルを連れたリィナがシーカの死を知る。
間にあわなかった悔しさを胸に、そのまま翔太の所へ向かう。
「翔太! しっかりして! チロルを連れて来たぞ!」
駆け寄ったリィナが叫ぶ。
その隣で、チロルが震える手をかざした。
「酷い傷……
癒しの風よ……彼に光を……!」
淡い光が翔太の体を包み、裂けた傷がゆっくりと塞がっていく。
だが、チロルの顔は険しかった。
「……ダメ。完全には癒えない。私の魔力じゃ……」
ミンミンは唇を噛み締めた。
「翔太! ジルクたち、村へ向かったわ! でも……シーカが……!」
その言葉に、翔太は目を見開いた。
だが、体はまだ動かなかった。
チロルの癒しの光が届いても、胸の痛みだけは消えない。
その目から、静かに涙が落ちた。
夜明けが近づく頃、イーヴァンがルシアを背負って戻ってきた。
「翔太! ルシアを連れて来たわ!」
ルシアは倒れている翔太の傍に膝をつき、呪いを見つめる。
そして、傍らに倒れる黒い巨体――ダイチへと目を向けた。
その体には、まだ微かに人の気配が残っていた。
「……彼を、戻せるかもしれない。けれど……彼の魂が望まなければ無理」
ルシアは両手をかざし、静かに魔法を唱えた。
光がダイチの体を包む。
――次の瞬間。
彼の意識は、幻想の中へと引き込まれていった。
――― 幻想の中の夢―――
高校生活は酷いイジメに耐えてきた。社会人になって上司のパワハラにあう。
生きることが苦しかった。
自分では変えられない。こんな人生は終わりにしようと、飛びおりた瞬間、
悪魔が囁いてきた。
試練に挑むなら、生き返らせてやろうと。
生きるのが嫌になって、自ら死を選んだ人間が
どうして生き返らなければならない。
それなら、異世界に転生させて下さいと願った。
それが、悪魔との契約。
異世界に居続けるための試練。
そして、彼女に出会い、恋をした。
青い空、風に揺れる花畑。
そこに、微笑むシーカがいた。
「……シーカ……?」
ダイチは思わず名を呼んだ。
「おかえり、ダイチ」
彼女はいつものように笑っていた。
その笑顔に、胸が締めつけられる。
「……俺は、また君を……」
「ううん。あなたのせいじゃない」
シーカは首を振った。
「呪いがあなたを縛っただけ。
でも、私は幸せだった。あなたと過ごせて……」
ダイチの目から涙がこぼれ落ちる。
抱きしめようとした腕が、すり抜けた。
「もう行って。翔太を……助けてあげて。
彼も、あなたと同じ道に立ってる。それが、私の最後の願い……」
シーカの声が風に溶け、花びらと共に散っていった。
――その瞬間、ダイチは目を覚ました。
―――現実―――
「……俺は……まだ、生きているのか……?」
彼の体は、なお魔物のままだった。
だが、瞳には人の光が戻っていた。
ルシアが安堵の息を漏らす。
「……自我を取り戻した。でも、もう長くはもたないわ。彼は生きることを拒んだ」
ダイチは静かに空を見上げた。
二つの月が淡く光っていた。
「シーカ……俺は……お前を……」
その声は震えていた。
現実を理解した瞬間、ダイチの瞳から光が消える。
彼は、ただ小さく呟いた。
「翔太君……君なら越えられる……左手を僕の手に……」
ダイチの手の紋章が光り、翔太の左手に紋章が浮かび上がる。
そして、そのまま穏やかな表情で息を引き取った。
ーーー村へ戻ったジルクは、誰にも言葉を発せず、
シーカの亡骸をそっと村の祠に運んだ。
リィナは翔太の傍で泣き続け、
イーヴァンは黙って空を見上げていた。
それは、二つの魂が時を同じくして、消えていく瞬間だった。
悲しみも束の間に、新たな試練の気配が、静かに世界を包み込んでいた。
読んでくれて、ありがとうございました。
次回、第四十四話 月の輝き




