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第四十一話 黒き器

  ――戦いの後、崩落の地は静まり返っていた。

 吹き荒れていた風は止み、焦げた土の匂いだけが残る。

 カイの亡骸が燃え尽きた場所から、黒い靄が立ち上っていた。


 「……なんだ、あれは……」


  翔太が息をのむ。



 ―――カイとノインの過去―――


  カイとノインは、幼い頃に両親を亡くした兄弟だった。

 頼れる大人はいなかったが、二人は互いだけを支えに生きてきた。

 兄のカイは強く、弟のノインは少し臆病だったが、仲は良かった。


  事件が起きたのは、ある日の夕暮れだった。

 ノインは友人と棒と棒で戦う遊びをしていた。

 なかなかノインに勝てずにいた友人はイライラしていた。

 その帰り道、街を歩いていると、その友人が、通りで一人の少女と肩がぶつかったことが原因で、

 暴力を振るい始めた。


「やめろよ!」


  止めに入ったノインは、もみ合いの末、友人を強く突き飛ばす。

 地面に頭を強く打った友人は倒れ、二度と起き上がらなかった。


  その場に駆けつけたのが、偶然通りかかった兄・カイだった。

 状況を一目で理解すると、カイは弟の肩を強く掴み、低く言った。


「……逃げろ。お前は生きろ」


  ノインが何も言えないうちに、カイは自分がやったと名乗り出た。

 人殺しとして、牢へと送られた。


  弟は助かった――はずだった。

 だが街では、「人殺しの弟」という噂が広まり、居場所はなくなった。

 視線も言葉も、すべてが刃だった。


  ノインは時折、牢のカイを訪ねた。

 面会の度、兄は笑って言った。


「生きていれば、それでいい」


  だがその言葉は、次第に弱々しくなっていった。

 弟もまた、生きる理由を見失っていった。


  ――ある日、兄は牢の中で命を絶った。

 それを知った夜、弟もまた、同じ選択をした。


  誰にも看取られぬまま横たわる、二つの亡骸。

 そこに、悪魔は目を留めた。


『……憎しみと絶望に満ちた、良き器だ』


  こうして兄弟は、魔物として再び目を覚ました。

 人として生きられなかった命は、

 奪う側として、世界に戻されたのだった。



―――現在―――


  靄はゆらゆらと形を変え、やがて巨大な輪郭を描き始めた。

 空気が凍りつく。

 それは、ただの魔力ではない――“存在”そのものを喰らう気配だった。


『……器は壊れたか。だが、それでいい……ドルトンの下なんぞに付きおって。

 お前の試練に挑む邪魔になる』


  地の底から響くような声がした。

 渦を巻き、ひとつの“影”を形づくっていった。

 それは、目も口もなく、ただ無数の手を持つ巨大な悪魔の姿。


 『あやつらは、我が退屈を(しの)ぐ為に作り出した魔物。それを人間の器に落とし込んだ。

 ノインは消えたが、また現れるだろう。我は直接ノインに手は下せぬ。

注意を怠るなよ。お前に死なれては困る』


  声が消えると同時に、黒い影は霧のように地中へと沈んでいった。

 残された翔太たちは、ただその場で立ち尽くすしかなかった。


 「……あの声は……悪魔。 やっと姿を現したな……」


 リィナが弓を握る手を震わせる。


 「……どういうこと?」


 シーカが小さく答えた。


 「たぶん、カイとノインは――悪魔に“作られた存在”だった!?

 そして、あの悪魔は翔太の魂を欲してる。試練を越えさせて……」


 翔太は拳を握りしめた。


 「試練、ね。もちろん、絶対に越えてやる。たとえ記憶を削られようとも」

 

  イーヴァンがその言葉に反応した。

 彼女の背中で、黒い光が揺らめく。

 衣服が裂け、そこから――漆黒の羽が、ゆっくりと広がった。


 「背中が……熱い……っ」


 イーヴァンの声は震えていた。


 「……イーヴァン!?」


  シーカがそっと彼女に手を添える。

 翔太はその羽を見つめながら、ふと、考えていた。なぜイーヴァンは魔物になっていたのだろうと。

 紋章を持つ者が呪いに飲み込まれて魔物になるものだと思っていたからだ。


 ――そのまま一行は、傷ついた体を抱え、レーベル村へと戻った。

 村の夜は穏やかだったが、誰もその静けさを信じてはいなかった。



  一方、ドーリン城の奥深く。

 側近ドルトンは、魔導書を前に歯を噛みしめていた。


 「……カイが敗れた? 忌々しい……ノインはどうした!?

 このままでは、国を完全に掌握できぬ」


 「我々にお任せください。例の準備は整っています。あとは……」


  部下が言いかけた時、闇の奥から、鎖につながれた男が一人、呻き声を上げた。

 ダイチだった。 その体は完全な魔物の姿に成り果てていた。


 「ほう。ようやく眠りから覚めたか。カイの器が壊れた今、次の段階に進む時だ」


  部下の一人が、得体の知れない液体をダイチの体に流し込む。

 肉体が震え、血管が黒く染まる。

 苦痛の叫びが城中に響いた。


 「……ッァァァァ――!!」


  鎖が弾け、魔力の波動が空を裂く。

 その瞳はすでに人間ではなかった。


 「いいぞ……ダイチ。お前こそ、我が“新たな獣”だ」


 ドルトンは満足げに笑う。


 「あやつらを滅ぼせ。これは王の命でもある……いや、“新たな王”の意思だ」


 ダイチの口から、唸るような声が漏れる。


 「我が主の敵……皆、滅ぶべし……」


 ――次なる災厄が、静かに胎動を始めた。


読んでくれて、ありがとうございました。

次回、第四十二話 休息の湯煙

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