第三十九話 裏切りの影
ドーリンの空は、鉛色の雲に覆われていた。
昨日までの晴天が嘘のように、重たい空気が街全体を包み込んでいる。
翔太たちは、崖の縁に立っていた。
下には激しい川の流れがあり、岩肌に白い水飛沫がぶつかっている。
「ここが……カイが落ちた場所か」
リィナが呟くと、シーカは唇を噛んで頷いた。
「……あの高さじゃ……でも、信じたくない」
翔太は膝をつき、地面を見つめる。
「下に降りてみよう。何か分るかもしれない」
血の跡は、もう風雨で流されていた。だが、何かが違う――翔太の右手の紋章が微かに疼いていた。
「……これは」
その時だった。
背後から、軽い足音が聞こえた。
「やっぱり来たね。思ったより早かったなぁ」
その声に、全員が振り向く。
そこに立っていたのは――ノイン。
そして、その背後から薄い笑みを浮かべ、もう一人現れる。
「カイっ……!」
シーカが叫ぶ。
カイはゆっくり視線を合わせる。
その目は、以前のような無邪気さも軽口もなく、深い闇のような黒に染まっていた。
「……よう! シーカ。また会ったな」
その冷たい声に、全員の動きが止まる。
「な……どういうこと……あなた、死んだんじゃ……!」
「死んだ? そんな風に見えるか?」
カイは皮肉な笑みを浮かべ、ノインの肩に手を置いた。
「紹介するよ。こいつはノイン。俺の弟だ」
「弟……!?」
リィナの顔が凍りつく。
ノインは愉快そうに笑う。
「カイ兄は昔から嘘が上手いんだ。あの時も、ちゃんと打ち合わせしてたんだよ」
「そう……お前らをこの崖におびき寄せるためのなぁ。
来ると思ったよ。仲間思いの、めでたい奴らだからな」
「ふざけないで……!」
シーカが叫ぶ。
「どうして……そんなことを……!」
カイは薄笑いで言い捨てる。
「お前たちがこの世界に来た時から、翔太、ダイチ、お前らは力をつけ過ぎた。
そして、お前は第一の試練を突破しやがった。
困るんだよっ……試練をクリアされちゃぁ」
「……困る!?」
翔太が低く問う。
「悪魔だよ。試練の魔物を作り出している張本人。
冥土の見上げに教えてやる。お前が居た元の世界にも悪魔はいる。対立してるんだよ。悪魔と悪魔がな。
この世界の悪魔は人の魂を食べることで正常な記憶を保つ。
お前とダイチみたいな異世界人の魂をな。
何百年と生きる悪魔にとって、最大の難点は老い。
体は正常でも、記憶が薄れていき、いずれ何もかも忘れてしまう。
だが、お前の世界の悪魔は人間の魂を渡す代わりに、試練を用意する。
もし、我の世界にいる人間が試練の魔物を倒すことが出来れば、その魂をやろう…ってな」
カイの口から出た悪魔同士の抗争に全員が息を呑む。
「俺ら兄弟は、ここの悪魔には記憶をなくして欲しいんだよ!
そうすれば自由になれるんだ。人を殺しまくって、好きなだけ血を浴びて。
だが、異世界人を殺すと俺らは悪魔に罰を与えられる」
翔太の声が震える。
「……何を言っているんだ……殺す!?……頭がおかしいのか」
カイは笑わなかった。ただ、静かに言葉を続けた。
「……そう。俺ら兄弟は悪魔に作られた魔物。悪魔には逆らえないのさ。それと、
ベイクドは俺が殺した。あいつはクソ野郎だったからいいだろう?
殺したくてうずうずしてたんだ。
あと、ダイチが悪魔の呪いに飲まれたのは……俺のせいだ。あの日、試練の戦いの最中、俺はシーカを――殺そうとした」
「……え?」
シーカの目が大きく開く。
「覚えてないだろ。お前、あの時魔物の攻撃で気を失ってた。俺は……隙を突いてお前に刃を向けた。
けど、ダイチに止められたんだ。あいつ、怒り狂って、呪いの力を暴走させた」
翔太の右手が震える。
「……そんな……仲間をどうして……!」
「そうだ。全部、俺のせい。あいつが魔物と戦って、傷ついたところを殺してやろうと思ってたら
シーカが先に倒れたんだ。だから先にシーカを殺してやろうとしたら、あいつ魔物に成って……
傑作だったぜ。自我も失くし、愛する人も助けずに飛んで行ったよ。
時間切れで試練の魔物もいなくなって、俺は考えた。
そうだ、シーカの目の前でダイチを無残な姿にしてやろうと」
「………狂ってる……」
怒りの矛先は、仲間だった影が邪魔をする。翔太たちは動けずにいた。
ノインが一歩前に出る。
「兄さん、もういいでしょ。こいつら、どうせ分かんないよ」
「そうだな。どうせ、ダイチも見つけられないし……皆殺しだ!」
カイが右手を広げると、掌に黒い魔力が集まる。
「火薬生成! ―――翔太。お前の“試練”はここで終わりだ」
事前に仕込まれていた崖の壁がカイの起爆魔法で爆発する。
崖が崩れ、翔太たちは流れる岩に飲まれてしまった。
崖の上の空気が、まるで燃えるように震えた。
読んでくれて、ありがとうございました。
次回、第四十話 崩落の戦場




