第三話 森の少女
どれほど歩いただろうか。
太陽は高く昇り、頭上で容赦なく照りつけている。
草原を抜けた先には、深い森が広がっていた。
「……とりあえず、日陰を……」
腹は空いていたが、水すら見つけられない。
優希のことを考えれば、座り込んで泣き叫びたかった。
それでも足を止めることはできない。止まった瞬間、全てを諦めてしまいそうだったから。
森の中は薄暗く、木々のざわめきに混じって小動物の声が聞こえる。
不思議と鳥の姿は見えなかった。
やがて、木々の間から水音がした。
駆け寄ると小さな川が流れており、透明な水が陽を反射してきらめいている。
その光景を見た瞬間、緊張の糸が切れた。
「……生きてる。俺は……」
膝をつき、手を伸ばして水をすくう。冷たさが喉を潤し、心の奥に沈んでいた絶望を少しだけ和らげてくれる。
そのときだった。
「お前……人間?」
背筋に冷たいものが走る。
振り返ると、木陰から一人の少女がこちらを見ていた。
年は十代後半だろうか。
亜麻色の髪を後ろで結び、深緑のチュニックを着ている。
手には弓を構えていた。矢の先端が、まっすぐ翔太の胸を狙っている
。
「答えろ。お前はどこから来たんだ?」
澄んだ瞳が翔太を射抜く。
だがその目には、警戒と同時に微かな怯えが混じっていた。
「……わからない。気がついたら、この場所にいたんだ」
正直に答えるしかない。下手に誤魔化せば、その矢が容赦なく放たれる気がした。
少女はしばらく黙って俺を見つめていたが、やがて弓を下ろした。
「……信じるわけじゃないけど。お前から“黒の気配”は感じない」
「黒の……気配?」
問い返すと、少女は険しい顔をした。
「最近、この森の近くで“黒の魔物”が出るようになったの。全身が黒い影みたいで、目だけが赤く光る……村の人たちが何人も襲われたわ」
胸がざわめいた。
黒い影。赤く光る目。
——契約を交わしたあの悪魔を連想させる。
「お前、名前は?」
「篠崎……翔太」。
「……そう。私はリィナ。すぐそこの村の見張りをしているの」
少女は小さく息を吐き、弓を背に戻した。
「見たところ、本当にただの迷い人みたいね。……でも気をつけて。森の奥は危険よ。黒の魔物は、仲間を呼ぶから」
言葉の端々に、恐怖が滲んでいた。
だがその恐怖を押し殺し、村を守ろうとしているのだろう。
「……ありがとう。忠告してくれて」
翔太が頭を下げると、リィナは一瞬きょとんとした表情を浮かべ、それから小さく笑った。
「変な人ね。でも……悪い人じゃなさそう」
その笑顔を見た瞬間、胸が締め付けられる。
——優希を思い出した。
もういない彼女の姿を、重ねてしまう。
握り締めた拳に、赤黒い紋章が再び疼いた。
悪魔の呪いが、心臓の鼓動と共に刻み込まれている。
翔太は唇を噛みしめた。
(黒の魔物……この世界はなんなんだ。とにかくリィナにもう少し、話を聞いてみるか。そうすれば、何か掴めるかもしれない。……試練のこととか)
「あの……すぐそこって、その村は、ここから近いのか」
「ああ。 向こうに見えるだろう」
「そこが、私の住む村 レーベルだ」
「---そこに、連れて行ってくれないか?」
「……悪いなーーーもう少し、ここら辺を見回ってから帰るつもりなんだ」
「なら、俺も見回りに付いて行かせてくれないか!」
「……いいけど、 危険だぞ! いつ黒の魔物が出るか分からないし…」
それに、お前を信用したわけじゃないしな」
「邪魔はしない! 頼む!」
「…………ふぅ……わかった。 邪魔になりそうになったら、置いてくからな」
リィナは少しためらっている様子だったが、同行をゆるしてくれた。
「ありがとう!」
正直ここで、また一人になるのが怖かった……
それにリィナに付いて行ったほうが、何か手がかりが掴めるかもしれない。
翔太は少しほっとしながら、リィナと共に森を歩き出した。
読んでくれて、ありがとうございました。
次回、第四話 黒き影




