第三十七話 揺らぐ影
ーーーとある道場
朝日が差し込む道場の畳は、まだひんやりとしていた。
師範は拳を下ろし、娘の動きを静かに見つめる。
「止まれ、ミンミン」
「はーい、父ちゃん!」
「…道場では師匠と呼べと、何度言えばわかる!」
小柄な少女は額の汗をぬぐい、にっと笑った。動きは鋭く、拳の軌道は風を切る。師範は目を細める。
「お前は攻撃に長けている。だが防御が甘い。相手の動きをよく見ろ!」
「相手に攻撃する間すら与えぬほどの速さで叩けばいいんでしょ。攻撃こそ最大の防御って言うしねっ!」
「生意気なことを言うんじゃない!このバカ娘が。強い相手には通用せんぞ」
父は厳しくも、娘とのやり取りはどこか温かく、道場は笑い声に満ちていた。
一方、レーベル村。焼け跡の整理が進み、翔太たちも手を動かしていた。イーヴァンは黙々と手を貸し、ジルクは遠目にそれを見つめる。
「………」
可愛いよな、あの子。だから、見つめてたんだろ。一生懸命でさぁ~」
そこへ情報屋のカインが近づいて来る。
「そうだよなぁ。いい子なんだよ……なのに俺は……」
そこに、翔太たちが休憩をとろうと集まってくる。
「おっ、丁度よかった……皆に知らせておきたい事があるんだ。
ドーリンの城下で、人型の魔物の噂が出てる。黒い霧と共に、人が忽然と消えるって話だ」
翔太とイーヴァンは顔を見合わせる。
「それって、やっぱりドルトンの仕業なのか……!?」
「そこまでは分からない。ただ、何者かの企みが動いているのは間違いない」
皆が一斉に翔太の方へと視線を移す。
「どうする?」
そう言ってリィナは翔太を見つめる。
「確かめよう。やっぱりドルトンの仕業に違いない!
3日後、準備を整えて、ドーリンへ。魔物が出るなら、放っておけない」
そこで、シーカが前に出た。
「分かったわ……その前に私とカイで下調べに行ってくる。
ここも今は、少しでも助けが必要だし、翔太たちは村をお願い!」
「わかった。気をつけろよ」
その時、カインが一瞬ニヤッとした表情を、リィナはふと目にする。声に出さず、胸の片隅が不安に染まった。
たまたま、近くで馬車を止めている行商人を発見する。聞くと、ドーリン城下町まで帰ると言うので
シーカとカイは、乗せてもらうことになった。
ーーー城下町は活気があった。だが路地裏には、商人の笑顔とは別の濁りがある。
虚空館の前では、弟子たちが元気に稽古をしていた。
ミンミンは師範の指導でさらに体をしならせる。
その時、荒々しく道場に近づいてくる者達がいた。
「―――強い者はいるかぁ!」
乱暴者の一団が押し入り、騒ぎとなる。
師範は静かに立ち上がり、雑魚を次々に返り討ちにした。
その姿に弟子たちの目は輝く――だが、奥から現れた大男の気配は違った。
「ふん……やるじゃねぇ~か……俺が相手をしてやろう」
大男の声が冷たく響き、瞬く間に場の空気が変わる。黒い霧が道場を満たし、師範は真剣な面持ちで一歩前へ出た。
「お前たちは、下がっておれ!」
一瞬だった。その一撃は深く、師範は驚く間
もなく床に伏した。
娘の叫びが空を裂く。
「お父さん―――っ!!」
ミンミンが慌てて駆け寄るが、大男が邪魔をする。
ミンミンは怒りを噴き、拳を連打で浴びせる。速さは父の教えを確かに受け継いでいた。
そこに、道場の前を通りかかる、シーカとカイの姿があった。
大男と小さな少女が争っている光景を目の当たりにする。
「なんだ、この騒ぎ!人が倒れてるぞ……!」
カイが慌て近寄ろうとするが、シーカがそれを止める。
「待って……見て、あの子強い!あんな小さな体で、大男を圧倒してる」
だが男は次々と皮膚を歪め、魔物の本性を現す。力で押され、ミンミンは一度場に伏せられる。
「カイ、行くよっ…………!?」
だがカイの姿は見えない。
「……え、嘘……!
あいつ、こんな時にどこいったの?」
今は、それどころではない。シーカの目が鋭くなる。
シーカは詠唱を始め、光の陣が道場に広がる。ミンミンが立ち上がり、二人は力を合わせて魔物を追い詰める。拳と魔法が穿ち、ついに黒い体が崩れ落ちた。煙が晴れ、静けさが戻る。ミンミンは膝をつき、父を抱き締める。シーカはそっと見守るしかなかった。
「……ミンミン…お前に教えることは、もうない。父親らしいことをしてやれんで、すまなかった。
弟子たちのことを頼…む……」
そういってミンミンの父は息を引き取った。
「やだぁーーっ………お父さぁ―――ん!」
弟子たちも、泣きながらその場に集まる。ミンミンはしばらくの間、父から離れようとしなかった。
(私がもっと早くに来ていれば…………あの魔物がこの子のお父さんを…
なんて声をかければいいのか分からない……ただ……)
「仇を取りたいなら、私たちの所へ来て」
そう言うと、シーカは持っていた紙に場所を記し、ミンミンの傍にそっと置いた。
そして、倒れている残党を氷の縄で縛り、道場を後にした。
ーーーそのころ、路地裏。表通りとは違い、暗がりで人影が集まっていた。
台の上には包まれた箱、帳簿の端らしき紙。数人が声少なに頷き合う。買い手は言葉を発さず、ただ小さく頷き、金貨を差し出す。渡す者もまた、顔を上げずに素早く箱を押し込む。
そこにいた一人の男が、小声で囁く。
「予定通りに進める。
あいつらをまとめて始末する場所で」
相手は無言でうなずき、男は影のように消えていった。
リィナが遅れてその路地を通りかかる。だが人影はもう消え、空気だけが不穏に漂う。彼女は手にしていた袋を握り直し、小さくため息をついた。
「カイは何処にいったの……」
その時、カイがシーカを見つけ、駆け寄ってきた。
「わりぃ、わりぃ、急に腹が痛くなって……」
「ちょっとぉ~ ありえないんだけどっ! 肝心な時に居ないんだから!」
なんとか、合流を果たした二人は、露天通りに向かい歩き出した。
―――さらに遠く、石造りの塔の間に灯りが揺れる。玉座の間でドルトンは薄く笑う。
そこに、銀色の目をした影が現れる。その顔は見えないが、ドルトンに臆することなく近づく。
ドルトンが一目置いている、その影は年端もいかない少年だった。
「右手に紋章を持つ者とその仲間たち。それが、お前のターゲットだ、ノイン。
その者らをお前に任せる。殺しても罪には問わん!この王の力でいくらでも隠蔽してやろうぞ。
存分に殺してくるがよい」
微かな笑い声が返る。
「へぇ~……それは、楽しそうだね。殺してもいいなんて。僕には最高の王様だよ。
………約束だよ、王。人を殺しても、僕ら兄弟は普通に暮らしたいんだ」
健気にも冷徹な表情を浮かべるノイン。
「ふむ。血が好きな兄弟だ……実に頼もしい。
お前の兄は上手くやってるらしいな。
ふはは……あやつらも裏切られるとも知らずに、
可哀想よのう」
ドルトンの瞳が冷たく光る。そして、路地裏に現れた男はいったい誰なのか……
城下の闇は、静かに牙を研いでいた。
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次回、第三十八話 黒き訪問者




