第三十六話 記憶
レーベル村には、まだ戦いの爪痕が残っていた。
焼け焦げた木材の匂いが風に混じり、倒壊した家の前で村人たちが黙々と片付けをしている。
「……酷いね」
シーカがつぶやく。隣でリィナは静かに頷いた。
「昨日の戦いで、これだけの被害。カマルたちがいなくても、もう十分すぎるわ」
ふたりは市場で、宿屋の女将、アキさんに頼まれた食材の買い出しに来ていた。
村の復興を手伝いながら、魔物を退治する翔太たちのために食事をご馳走してくれるというのだ。
通りを歩くと、子どもたちの泣き声や、壊れた柵を修理する音があちこちから聞こえてくる。
「……みんな、まだ怖いんだね」
「仕方ないよ。あんなに多くの魔物が襲って来たんだもの」
そう言いながらも、シーカの目には迷いがあった。
あの夜、戦場に現れたイーヴァン――かつて敵だった彼女の存在が、今でも心に影を落としていた。
―――食材の袋を抱え、宿屋のドアを開ける。
「ただいま~」
中に入ると、そこには――イーヴァンの姿があった。
―――遡ること三日前の戦闘後―――
イーヴァンがゆっくりと顔を上げる。その瞳は、以前の冷たい紅ではなく、深い悲しみをたたえた色に戻っていた。
イーヴァンは言葉を詰まらせる。
「私……みんなに酷いことを……本当にごめんなさい…」
沈黙が落ちる。
そんな中、翔太が一歩前へ出た。
「…俺も呪いに飲み込まれたからわかるよ。本心じゃなかったんだよな」
「それも、私が弱かったせい!みんなを傷つけたことに変わりはない。
許してもらえるなんて思ってない。でも、今は、みんなと共に戦わせてほしい」
「なら、俺たちのところに来いよ」
その一言に、全員が目を丸くした。
翔太は笑いながら言葉を続ける。
「仲間は多い方がいい。試練はまだ二つ残ってるんだ。……お前の力が必要だ」
「翔太……」
リィナが一瞬驚いたが、すぐに頷いた。
「いいわ。あの夜、あなたが本気で戦ってくれたのは分かったもの」
シーカも笑って言う。
「もう敵って感じじゃないしね!」
ジルクも無骨に腕を組み、低い声で言った。
「お前が斬ったこの傷……オイは忘れなっ…いでっ」
「あんた、体は大きいくせに、心は狭いのねぇ~」
ジルクはリィナにどつかれて小さくなる。そこで、カイが笑いながら話し出す。
「大げさだなぁ~ 傷の一つや二つ。男には勲章だろう!
過去よりも、これからどうするかだろ……あれっ…俺、今いいこと言った!?」
全員が呆れている中、イーヴァンの目に、初めて光が宿った。
「……ありがとう」
かすかに震える声でそう呟いた時、みんなは笑顔で迎えていた………ただ一人を除いて…
―――現在―――
「よし!リィナ達も帰って来たことだし、アキさんに沢山ご馳走してもらいますか」
皆が部屋から出て、階段を降り始めた時、イーヴァンが翔太の袖を引く。
「……君がルシアの所へ運んでくれたんだよね……助けてくれて、本当にありがとう。
私…何かに絶望して、生きる希望を失っていたような……どうして魔物化したのかも思い出せない。
……記憶がないの。今まで自分がどう生きて来たのかも。
だから、君たちと一緒に居れば、もしかして何か思い出せるのかもしれない。
そう思ったの。これが、本当の理由」
言いずらそうに打ち明けたイーヴァンに、翔太は笑顔で答える。
「どんな理由でも、一緒に戦うなら仲間だよ。俺にも助けたい人がいる。
その人を取り戻すために試練に挑戦してるんだ。
―――さぁ、お腹も空いたし、先ずは、食べよう。アキさんの料理は美味しいよ」
その頃、ドーリン城ではドルトンの新たな企みが進んでいた。
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次回、第三十七話 揺らぐ影




