第三十五話 襲撃の影
夜明けと共に、レーベル村の空気が不穏に変わった。
朝靄の向こうから、低い唸り声が響く。次の瞬間、村の外れにあった納屋が爆ぜるように崩れ、炎が上がった。
「きゃあああっ!」
悲鳴が上がる。村人たちが逃げ惑う中、黒い影がいくつも揺れ動く。
カマルが率いる魔物の群れだった。
狼のような獣、腕が四本ある異形、そして翼のある影。どれもが、地を這うように村へ雪崩れ込んでくる。
「ふふっ……人間の悲鳴は、やっぱり良い音ねぇ」
カマルは屋根の上に立ち、月の残光を背に不気味に微笑んだ。
「さぁ、壊しなさい。できるだけ多く――
民の悲鳴をドルトン様に届けるのよぉ!」
魔物たちが一斉に動き出す。
遠くの森道を駆ける影が三つ。翔太、リィナ、ジルクが先頭に立ち、後方にシーカとカイが続く。
「煙が見える! あの方向だ!」
「間違いない、魔物が村に入ってきてる!」
翔太の胸がざわつく。右手の紋章が、わずかに脈打っていた。
村に辿り着くと、既に数軒が炎に包まれ、村人たちが倒れている。
翔太は弓を構え、右手に力を集中させる。黒い靄が立ちのぼり、矢が闇の色を帯びた。
「はあああっ!」
放たれた矢が、一直線に魔物を貫く。黒煙のように崩れ落ちる影。
「シーカ! 右側を頼む!」
「了解!」
シーカの魔法陣が輝き、無数の光弾が魔物を吹き飛ばす。
「《ライト・バースト》!」
カイも負けじと爆弾を投げ込む。
「おりゃあっ! 魔物どもが―――っ!」
爆音と共に、土煙が立ちこめた。
「ふふ……やっぱり来やがったわねぇ」
屋根の上から、カマルが楽しげに声を上げる。
その余裕の態度に、翔太の眉が険しくなる。
「お前の仕業だな!」
「ええ、そうよ? あなたが倒したトロイ、そしてイーヴァンの邪魔……許さない!」
リィナが弓を構え、冷ややかに言う。
「それは、こっちのセリフ!
お前は絶対許さない!ミナの無念を晴らす。
ここで消えろーーーっ!!!」
だが、放った矢はカマルの体を通り抜け、空を切った。
「……幻影っ!?」
リィナが目を見開いた瞬間、背後から囁き声がした。
「ふふ……残像を追うなんて、甘いわねぇ」
長いローブに仮面をつけた女――ハマイ。
淡々とした声。その瞬間、空間が歪み、リィナは地面に倒れこむ。―――そして、顔色を変え立ち上がる。
リィナの目が虚ろになり、翔太に向かって矢を放つ。
「……リィナ!?……」
翔太は弓を剣に変化させ、弾く。だが、そこにカマルが不意打ちを決める。
「グサッ」
翔太は左手を深く切り込まれる。
カマルは慎重に姿を消しながら戦う。一方のハマイは
次の標的をジルクに定める。
地面から現れ、なんなく幻影に落とす。
「やめて!…ジルク」
シーカはジルクに鉄槌を振り落とされるが、なんとか避ける。
「やめろっ!!」
隣にいたカイが驚きながら叫ぶ。
「くそっ……幻術にかかってやがる!」
「お前か……あの時、イーヴァンに――」
翔太が言いかけた時、ハマイは楽しそうに答える。
「催眠をかけたのは、確かに私です。面白いでしょう……ハハハッ」
右手の紋章が灼けるように光り、周囲の空気が震える。
「……もう許さない」
黒い靄が翔太を包み、剣が黒々しい長弓へと変わる。
矢が形を成すと同時に、翔太は叫んだ。
「避けられるもんなら避けてみろぉーーーっ!」
ハマイは驚愕の表情を浮かべ、後方へ飛び退く。
「チッ……これは想定外ね……こっちだ!」
そこに、ジルクが現れハマイの盾になる。
「そんなっ……」
相手に攻撃をしたくても、味方に当ててしまう。
なすすべを失くした翔太が途方に暮れている時、ジルクの攻撃をかわしながらシーカが叫ぶ。
「私とカイで二人の気を引く!あいつは翔太が何とかして!」
「……分った!やってみる」
翔太はもう一度、ハマイに向かって矢を放とうとした、その時。
姿を消していたカマルが邪魔に入る。
「私を忘れちゃいないわよねぇ~」
万事休す。味方二人が敵になり、三対四。
おまけに魔物も襲ってくる。今度こそ駄目かと思っていた、その時。
遠くから黒い人の様なものが、こちらに飛んでくる。
「あれは何だ!?」
翔太が声にするも直ぐに、それは黒煙と共に降り立つ。
イーヴァンだ。
以前の様な人型の魔物ではなく、明らかに人間の姿だった。
「……貴様ぁ!―――イーヴァン!」
カマルが戸惑いと怒りをぶつける。
「話は後で……今は私も戦う!」
(……一緒に戦ってくれるのか……!?)
呆気に取られながらも、翔太は大きく頷いた。
「頼む!」
煙の向こうで、カマルが舌打ちする。
「……ハマイ! あいつら皆、幻影に落としなさい!」
「ふんっ…言われなくても、そうするつもりよ」
だが、次の瞬間、目に見えぬ速さでハマイの後ろを取るイーヴァン。
「今度はあなたが幻影を見る番よ。永遠にね」
ハマイは最後の言葉すら出ず、地に倒れる。
ハマイの死で、幻影から抜け出したリィナとジルクが翔太の所へと集う。
そこら中にいた魔物はシーカとカイが殆ど片付けていた。
残されたカマルは、又しても逃走をはかる。だが、それをイーヴァンは許さなかった。
双剣が交差し、十字の傷を胸に刻んだカマルは、地上へと落ちていく。
「……倒したのか!?」
翔太は半信半疑で、イーヴァンを見つめる。
皆も同様。イーヴァンの創造を絶する強さに驚きを隠せない。
結局、イーヴァンのおかげで、強者二人を倒すことが出来たのだ。
悪魔の様な姿だった女。でも、今は違う。
ルシアのお陰で、自分を取り戻せたのだろう。
風が血の匂いを漂わせる森の中。それぞれが頭を過る。
イーヴァン……味方なのか、それとも…………
読んでくれて、ありがとうございました。
次回、第三十六話 記憶




