第三十話 交錯する刃、目覚める呪い
曇り空の下、レーベル村の風は冷たく湿っていた。
翔太は丘の上で弓を手に、森の向こうを見つめていた。
胸の奥には、まだミナを守れなかった後悔が残っている。
――地響き。
森の方角で爆発音が響く。
「な、なんだ!?」
村人たちがざわめく中、翔太はすでに走り出していた。
木々の間を抜けると、黒煙の中に立つ一人の女の姿が見える。
長い髪、黒い外套、そして腰の両手剣。
一見、普通の人間だが、背中には黒い羽根のようなものがある。
「女の魔物……まさか、ジルクが言ってた“イーヴァン”ってのは……」
女はゆっくりと翔太の方へ歩み寄る。
その瞳には、冷たくも不安定な光が宿っていた。
問いかける間もなく、イーヴァンは地を蹴った。
風を裂き、両手剣が閃く。
「――速い!」
翔太は咄嗟に矢を放ち、間一髪で軌道を逸らす。
それでも衝撃が肩に走り、身体が数歩後退した。
イーヴァンの動きは淀みなく、まるで命令だけで動く人形のようだった。
翔太は攻撃をかわすので精一杯。
矢を撃っても、すべて剣で弾かれてしまう。
「このままじゃ――」
その時。背後から声が飛ぶ。
「なんか、凄そうなのとやってるなぁお前」
振り向くと、シーカとカイが現れていた。
「翔太っ! 加勢するわ!」
シーカは両手を前に構え、カイは爆弾を片手に笑っている。
「どうして……お前らがここに?」
翔太が問うと、シーカは息を整えながら答える。
「月が――重なるの。もうすぐ“試練”が現れる」
「……月が?」
「そう……けど、それより先にこの女を止めなきゃ!」
シーカがイーヴァンを一瞥し、すぐに顔をしかめた。
「この女、操られてる。精神に干渉されてるわ!」
「そうなのか!? わかった、協力してくれ!」
「ちゃっちゃと終わらせて、試練に向かうぞ!」
カイが笑い、手の中の爆弾を構える。
シーカは手を上に構え、詠唱を始めた。
「“氷壁”」
氷の蔓が地面から立ち上がり、イーヴァンの動きを束縛する。
その隙を狙い、翔太が矢を放つ。
だが、イーヴァンは驚異的な力で氷を砕き、瞬時に反撃に転じた。
「速すぎるっ……!」
翔太が後退する。カイが前に出て爆炎で牽制する。
シーカが再び詠唱するが、イーヴァンの剣がそれを阻む。
「邪魔をするな―――っ!!」
村を襲えと命令を受けているイーヴァンにとって、今は戦うことよりも
目的を遂行することが先決。
「このままじゃ……押し切られる!」
「なら、全力で行く!」
翔太は右手を見つめた。
呪いの紋章が赤黒く光り、弓が形を変える。
「……黒弓・双刃形態!」
放たれた二本の矢が光の軌跡を描き、イーヴァンの剣を弾き飛ばす。
同時にカイの爆炎が地を焼き、シーカの氷柱が背後を突いた。
「……今だ、翔太っ!」
翔太は狙いを定め、最後の一矢を放つ。
「――“貫けっ!”」
黒き光が一直線に走り、イーヴァンの胸を貫いた。
鈍い音とともに、彼女は膝をつく。
その身体から紫の煙が溢れ出し、風に溶けるように消えていく。
「……操りが、解けたわね」
シーカが腕を下ろす。
イーヴァンは苦しげに息をしながら、地に伏せた。
翔太は警戒を解かずに近づく。
すると、イーヴァンは消え入りそうな声で呟いた。
「……やっと……死ねる」
その声は、あまりにも静かで、哀しかった。
イーヴァンの身体から黒い靄が立ち上り、風に溶けるように消えていく。
「……まさか……死に場所を探してたのか」
翔太は弓を下ろし、ただ彼女を見つめた。
シーカが急ぎ足で翔太のもとに駆け寄る。
「翔太! 早くしないと、月が……!」
「待ってくれ! 頼むシーカ。こいつを治癒魔法で治してやってくれ」
「はあ……? なにいってるの…」
「この女……預けたい人がいる。放っておけない」
「翔太……?」
「治してやれよ。こいつに考えがあるんだろう。それより試練に間に合わなくらるぞ」
カイが急かすように言うと、シーカはため息をつきながら治癒魔法を使った。
「…ありがとう」
翔太はイーヴァンの体を抱き上げた。
「必ず間に合わせる。だから――少しだけ待っててくれ!」
シーカとカイが顔を見合わせ、そして頷いた。
「わかった。急ぎなさい」
「行け、翔太!」
翔太はイーヴァンを背負い、森の奥へと駆け出した。
その背に、月光が静かに降り注いでいた。
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次回、三十一話 集う者たち ―光の導き―




