第二十八話 ルシアの試練
薄暗い森の中。
翔太は焚き火のそばに座っていた。
右腕の包帯の下では、呪いの紋様がまだ脈打っている。
「その手……お前の心に反応している。怒りを抱けば、呪いは増す」
向かいに座るルシアの声は静かだった。
焚き火の光が銀髪を照らし、瞳が淡く光る。
「……どうすれば、抑えられる?」
「心を鎮め、己を観ろ。呪いとは、お前の“負の感情”の写し鏡だ」
ルシアは立ち上がり、翔太の額に指先を当てた。
その瞬間、翔太の意識が闇に沈んだ。
そこは――何もない虚無の空間。
足元も空もない世界の中心に、自分と同じ姿の“黒い翔太”が立っていた。
「……誰だ、お前」
「オレはお前だよ。ミナを殺された時、怒りに任せて動いた“お前”だ」
黒翔太は笑う。
その声は、まるで心の底から響いてくるようだった。
「結局、お前も同じだ。人を救うなんて言いながら、殺意で動いた。
ミナを救うことさえできなかった」
「……違う。俺は――!」
「否定するな。認めろ。そうでなければ、この手は永遠に黒のままだ」
翔太は拳を握りしめた。
右手の黒が、闇のように広がる。
その時、ルシアの声が遠くから聞こえた。
「翔太、逃げるな。お前が戦うべきは他人ではなく――己の心だ」
翔太は目を見開き、叫んだ。
「俺は……! ミナを守れなかった。だけど、まだ終わりじゃない!」
黒翔太が笑う。
その瞬間、互いの弓が形を成した。
矢が放たれ、光と闇がぶつかる。
閃光が弾け、闇が裂けた。
翔太は息を荒げながら、現実へと戻る。
ルシアが目の前で頷いた。
「よくやった。少しは抑えられるようになったな」
「……あれは、俺の中の闇だったのか」
「そうだ。人は皆、光と闇を持つ。お前がそれを制す時、右手の呪いもまた、お前の力となる」
翔太は拳を握った。
ミナの笑顔が、脳裏に浮かぶ。
「……ありがとう、ルシア。俺は――必ず、試練を越えてみせる」
ルシアは微笑んだ。
「ならば、本当の試練に進め。お前の心が揺らいだ時、私にはもう助けられない」
焚き火の炎が揺れ、夜空には二つの月が、互いに引き寄せられるかのように、近づき始めていた。
その光の下で、翔太の影が静かに伸びていく。
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次回、第二十九話 帰郷の決意




