第二十四話 謎の女イーヴァン
レーベル村の宿屋には、明かりがともっていた。
長い一日を終え、翔太たちはそこでようやく腰を下ろしていた。
「ジルク、まだ帰ってこないね……」
ミナがカップを両手で包みながら呟いた。
チロルも心配そうにテーブルに頬をつける。
「お父さん、遅い……」
「討伐依頼って言っても、そう遠くはない場所のはずなんだけど……」
翔太は窓の外に視線を向ける。
黒の魔物の動きが活発になってから、油断はできない。
二つの月が交わる夜は、何かが“狂う”――そんな嫌な感覚があった。
――その時、重い足音が近づいた。
「ギィ~」
と扉が開く。
そこに立っていたのは、傷だらけの大男だった。
「ジルク!」
ミナが立ち上がる。
ジルクは片腕を押さえながら入ってきた。服は裂け、血にまみれている。
だが、しっかりと歩いていた。
「……依頼は、終わった」
「…お父さん凄い傷! すぐ治さなきゃ!」
チロルが慌てて治癒魔法を使う。癒しの光がジルクの腕を包み、血が止まっていく。
「魔物の討伐……よっぽど強い魔物だったんだな」
翔太が驚きながら聞くが、ジルクの口からは意外な答えが返ってきた。
「……いや。魔物は直ぐに仕留めた。そのあとだ」
ジルクは深く息を吐いた。
「黒の魔物を倒した直後に……“イーヴァン”と名乗る女が現れた」
「イーヴァン……?」
翔太が眉をひそめる。
「両手剣の使い手だ。信じられんほど速かった……
あの動き、見えなかった。力も桁違いだ」
ジルクは手を握りしめ、テーブルに拳を置くと、ゆっくりと話し始めた。
―――遡ること2時間前―――
「依頼完了……っ」
肩で息をしながら呟く。
その瞬間、背後から突風が吹き抜けた。
ジルクの頬を、刃が掠める。
「……今のは、何だ?」
「へぇ、あれを倒すとは。やるね…」
霧の向こうから、人型の魔物が現れた。しかも女だ。
長い黒髪に、血のように赤い瞳。
鋭い両手剣を片手で担ぎ、冷静沈着な目で、こちらを見下ろす。
「お前……何者だ?」
「名はイーヴァン。強き者を求めてるいる」
「強き者……?」
「言葉より行動で確かめなさい。勝負よ!」
言うが早いか、イーヴァンは疾風のように駆け出した。
剣閃が閃き、ジルクの鉄槌とぶつかる。
火花が散り、衝撃が森を震わせる。
「なっ……速ぇ!」
「鈍重な武器ね。でも悪くない、力はある!」
彼女の動きはしなやかで、美しかった。
まるで踊るように刃を操り、ジルクの死角を突く。
鉄槌を振るたびに、風が裂け、地面が抉れた。
何度も打ち合ううち、ジルクの息が荒くなる。
イーヴァンは一切息を乱さない。
だが、その表情は、どこか寂し気に感じた。
「くっ……まるで歯が立たない……」
イーヴァンの剣が唸り、ジルクの肩をかすめた。血が滲む。
しかし、トドメを刺すことはなかった。
彼女は剣を収め、がっかりした様子で見つめる。
「とんだ見当違いだな……」
「なに……?」
「それでは私を殺せない…」
そう言い残し、霧の中に消えていった。
残されたのは、血の匂いだけ。
「俺の鉄槌が、あんなに軽くいなされたのは初めてだ」
ジルクは肩の傷を押さえながら、森を後にした。
―――現在―――
翔太とミナは、顔を見合わせた。
ジルクほどの男をここまで追い詰める相手。
ただ者ではない。
「……殺されかけたの?」
「いや。あの女は……最初から殺すつもりはなかったんだろう」
「どういう意味?」
ミナが首をかしげる。
「強い奴と戦いたい、それだけのようだった。
戦う理由も、目的も、何もない。ただ……どこか悲しい目をしていた」
―――そのころ、ドーリン城では。
高価な絨毯を敷き詰めた執務室に、ドルトンの笑い声が響いていた。
「ふむ、順調だ。王の目を欺くのは、実に容易い」
ドルトンは窓辺に立ち、城下を見下ろす。
民に施しを与え、慈悲深い大臣を演じるその姿は、偽りの仮面に過ぎない。
「今はまだ時期ではない。民の信頼を得てから――王を葬る」
その時、扉が叩かれた。
現れたのは、包帯だらけのトロイだった。
「ドルトン様……奴ら、女たちが居る洞窟に……」
「無様だな、トロイ。まあいい、まだ駒はある」
ドルトンは薄く笑い、指を鳴らした。
闇の奥から現れたのは、異形の影――かつて廃坑で翔太たちを苦しめた“人型の魔物”
カマルだった。
「命令を下す。邪魔者どもを排除しろ」
「……承知ぃ」
カマルの低い声が響き、部屋の空気が凍りつく。
ドルトンはワインを口に含み、愉悦の笑みを浮かべた。
「王よ、民よ――皆、私の舞台装置にすぎぬ。さあ、幕を上げよう」
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次回、第二十五話 ミナの本心




