第十六話 城下町ドーリン
カインがもたらした情報は、翔太たちを震えさせた。
「……囚われていた女や子供たちは、もう廃坑にはいなかった。隣町ドーリンに“売られた”らしい」
「売られたって……人間を?」
ミナの顔が蒼ざめる。
「そうさ。買い手は貴族筋だとか、地下の競りだとか。噂は入り乱れてる。だが間違いなく、人質はまだ生きてる」
カインは指先で地図を叩き、赤い印を付けた。
翔太は即座に決断した。
「助けに行こう。……放っておけるはずがない」
「オイも賛成だ。チロルのように泣いてる子が、まだいるかもしれねぇ」
ジルクの声は力強く、チロルも大きく頷いた。
こうして四人は、北の森を抜けて隣町ドーリンへと向かった。
―――そこは活気にあふれる城下町だった。石畳の通りに露店が並び、子供たちの笑い声が響く。
通りの角で、焼きたてのパンの香りが漂った。
「いらっしゃい! ベイクドのパンは世界一だよ!」
陽気に笑う大男――パン屋の主人ベイクドが店先で手を振っていた。
ジルクの巨体も負けないが、ベイクドの体躯もまた堂々としている。
「おう!旅人かい? 腹減ってるだろ、うちのパンを買っていっておくれ!」
翔太たちは勧められるままパンを買い、焼きての香りに心をほぐされた。
「うまい……!」
思わず声が漏れる。チロルも目を輝かせ、頬張っていた。
「気に入ったか! じゃあまた寄ってくれよ!」
気のいい笑い声が町に響く。
商売上手だが裏では努力していのるであろう。壁には
びっしりと何かの数字が書かれいていたーーーと、その隅に妙な字が殴り書きされていた。
『女7子3』……と。翔太は、その字に少し違和感を覚えたが、深くは考えなかった。
――夕暮れ。宿の一室で、翔太たちは明日の行動を話し合っていた。
だが、ミナは窓辺に座り、心ここにあらずの様子だった。
「……ミナ?」
翔太が声をかけると、彼女は小さく首を振った。
「ごめん、なんでもない。ただ……」
唇を噛みしめる。
――翔太には恋人がいた。大切な人を失い、そのために命を削る試練を受けている。
その告白を聞いてから、ミナの胸はずっと重かった。
(私は……ただの仲間。でも、どうしてこんなに胸が痛むの……?)
答えの出ない想いを抱えながら、ミナは小さく拳を握りしめた。
一方その頃、ドーリンの城。
高い天井と荘厳な柱に囲まれた謁見では、王ラウスが玉座に座していた。
「陛下。今日も領民が市場に集まり、にぎわっております」
家臣の報告に、ラウスは微笑んだ。
「うむ……民の暮らしが少しでも豊かになるならば、それでよい」
ラウス王は民のことを第一に考える人物であった。だが、その理想は未だ国全体には行き渡っていない。
玉座の横に控えるのは、王の側近ドルトン。
恭しく頭を垂れていたが、その瞳には冷たい光が宿っている。
(……愚かな王め。民のためだと? そんなものはただの夢物語。権力も富も、我が手にあるべきものだ)
謁見が終わると、ドルトンは自室に戻り、密かに一人の男を呼び出した。
「トロイ、来い」
「はっ!」
現れたのは部下のトロイ。黒い外套に身を包み、油断ならぬ目つきをしている。
「もっと人質の数を増やせ。女も子供も構わん。数が揃えば揃うほど、我らの取引は太る」
ドルトンは冷徹に命じる。
「すべては我が財を成し、揺るぎなき地位を築くためだ。……王には決して気取られるなよ」
「かしこまりました」
トロイは深く頭を垂れた。
「で、例の取引を任せられる者は?」
「はい。信頼できる人物を呼んであります」
ドルトンの口元が歪む。
「よかろう。……その者を通せ」
やがて部屋の扉が開き、トロイに続いて現れたのは――昼間、通りで陽気に笑っていた男だった。
「お初にお目にかかります。私はベイクドというものです
ドルトン殿に声をかけてもらえるとは光栄です。そのぉ……報酬もたんまり貰えるとか……」
不気味に笑うその顔に、昼間とは違う冷たい影が差していた。
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次回、第十七話 パン屋の影




