第十四話 廃坑の決戦
昼下がりの太陽が森の枝を透かし、緑の影を刻んでいた。
翔太とミナはチロルを宿屋の女将に預け、北の廃坑へ向かっていた。
空気は澄んでいるのに、足を踏み入れるほど胸がざわめく。廃坑の奥に魔物が潜んでいるのを、本能が告げていた。
「……静かに行こう。大勢を相手にしたら不利だ」
「わかってる。でも、いざとなったら……やるしかないよね」
二人は頷き合い、岩肌の裂け目から坑道に入った。
廃坑道の中は昼でも薄暗く、湿った空気がまとわりつく。
進むにつれ、怒声や金属を打つ音が響いてきた。奥では人々が働かされているのだ。
「もっと掘れ! 止まるんじゃねえ!」
「女と子供が、どうなってもいいのか!」
声に混じり、鎖の軋む音がする。翔太は奥歯を噛み締めた。
やがて視界に、粗末な武装の見張りが数人現れた。
翔太は弓を握り、右手の紋章に力を込める。触れた弓が激しく光り、矢じりは黒の気配を穿つ力を帯びた。
ミナが杖を掲げ、小声で呪文を紡ぐ。
「――今だ!」
翔太の矢が放たれ、見張りの剣を弾く。驚く隙にミナの炎が炸裂し、二人が倒れる。
音に気づいた別の山賊が駆けてきた。三人、四人。
翔太はすかさず槍へと弓を変化させ、短時間で制圧する。
「……多いな。これ以上増えたら……」
「どうする? まだ囚われた人たちが残ってる」
迷いが胸に渦巻く。救出を急げば包囲される。だが退けば人々は――。
その時だった。
坑道奥から、低く冷たい声が響いた。
「ふふ〜ん。鼠が2匹、迷い込んだみたいねぇ〜」
闇を裂き、黒衣を纏った男が姿を現した。フードをはずし、こちらを覗くその顔は、
紫色が際立つ厚化粧で、目は氷のように冷たい。
その周囲に、黒い靄が渦を巻き、地面に滴るように形を変えていく。
「あたしは“黒の使い”なる者。ここで、働いている人らの雇い主よぉ」
「あなた達の行動は、見ていたわぁ!……ゆるせない! でもぉ…今、引き返せば、ここで起きた事は無かったことにしてやろうじゃないのぉ~。面倒なの苦手だしぃ」
「さあ、どぅおうするぅ~」
黒の使いと名乗る男は、不快な言葉で問いかけて来る。
「囚われている人達を開放しろ!」
自分達が助かる為に、わざわざ、ここに来たわけじゃない。
囚われている人達を助けるーーーチロルと約束したのだから。
翔太は、そう決心していた。
「うっそぉ~ん、面倒くさいのにぃ…もう……でも、いいわぁ……じゃぁ交渉……決裂ねぇ!」
男が手を振ると、靄が膨れ上がり、頭に大きな角がある獣の形を取った。
黒の魔物が三体、咆哮を上げ翔太たちに襲いかかる。
「くっ……!」
「黒の魔物!? こんな数を同時に……!」
翔太は槍で一体の突進を受け止めるが、重さに押し負けて膝をつく。
そこに、もう一体が襲い掛かる。
「ぐはぁーーっ」
翔太の腹に激痛が走る。黒々とした大きな角が、深々と突き刺さる。
「翔太――っ!」
叫ぶ間もなく、残りの一体がミナ目がけて、突進してくる。
「速い!―――きゃーっ!」
ミナは、咄嗟に防御魔法で防いだが、囚人達が使う道具置き場まで飛ばされる。
「痛ぁ~!」
ミナは足を強く打ち、立つことが出来ない。おまけに、杖の先端も欠け、成す術がない。
「大丈夫かい!お嬢ちゃん」
そこに、囚人の中の一人の巨体な男が心配そうに駆け寄ってくる。
「……どうしよう……これじゃぁ魔法が使えない……
チロルと約束したのに……」
ミナは自分の不甲斐なさに、少し涙目になりながら、呟く。
「……チロル!?」
「チロルは無事なのか!」
男はミナに向かって、声をあらげた。
「……もしかして、ジルクさんーーー?」
「そうだ、オイはジルクだ! それより、娘は無事なのか!?」
「良かった…… はい、あなたの娘さんは、無事よ。今は、知り合いの所で、みてもらっているわ」
それを聞いたジルクは、込み上げてくる涙を抑えられない。
そして、意を決したかのように立ち上がる。
「お嬢ちゃん!そこのオノで、オイの鎖を切り離してくれないか」
ミナは足を庇いながら、オノを手に取り、力いっぱい振りかざした。
「ガシャーン!」
自由になった瞬間、ジルクは地響きのような声をあげて突進した。
「うぉぉぉぉぉーー!!」
炭鉱で鍛え上げた肉体は、岩をも砕く鋼そのもの。
黒の魔物の突進を受け止め、逆に角を掴み取ると、残りの二体へ投げ飛ばした。
「……凄いっ……」
だが、普通の攻撃では魔物は倒せないはず。翔太は痛みをこらえながら叫ぶ。
「そのオノをこっちに!」
受け取った翔太は、紋章の力を込める。
「――巨大な鉄槌に変われ!」
作業用のオノは軋みながら形を変え、両手で抱えるほどの大ハンマーとなった。
翔太はそれをジルクに投げる。ジルクは力強く受け取り、確かな重みを感じて吼えた。
「おめぇらは……許さねぇ!」
振り下ろされた鉄槌は轟音と共に黒の魔物を粉砕する。
一撃ごとに靄が霧散し、坑道が震えた。
ジルクは怒涛のごとく魔物を叩き潰し、最後の一体を砕き散らした。
翔太とミナが押し切れなかった魔物たちを、ジルクは次々と薙ぎ倒していった。
残った最後の一体を砕き散らすと、黒の使いは舌打ちをし、靄の中へと身を消した。
(……ふん。面白い術を持ってるわねぇ。魔法かしら?
あたしの、黒ちゃんが攻撃を受けるなんてぇ~)
ジルクの猛攻に、恐れをなした使い魔は、一時撤退を余儀なくされた。
「―――あたなぁ……面白い!
でも、あたしは面倒なことが嫌いなのぉ~
だからぁ……また今度遊びましょ」
不気味な声を残し、影は消え去った。
やがて坑道は静まり返り、囚人たちが立ち上がる。山賊の連中は炭鉱の男たちに押さえ込まれ、縛られていった。
「……助かった。本当に」
荒い息の翔太が見上げると、ジルクは鉄槌を肩に担ぎ、静かに笑った。
「いや……君らが来てくれたから、オイも立ち上がれたんだ」
巨体に宿る優しさと、圧倒的な力。
翔太は確信する。――この男こそ、稀代の戦士だと。
――こうして翔太たちは、チロルとの約束を果たすことが出来たのであった。
読んでくれて、ありがとうございました。
次回、第十五話 新たな仲間




