第九話 レーベル村
森を抜けた先に、小さな集落が広がっていた。
茅葺きの屋根からは煙が立ち上り、通りには灯火がぽつぽつと並んでいる。焚き火の匂い、子どもたち の笑い声。人の営みの気配が、翔太の胸を温めた。
「見えた! あれがレーベル村!」
隣でミナが嬉しそうに跳ねる。焦げ跡だらけのローブを翻しながら、彼女は誇らしげに胸を張った。
「私の村にようこそ〜!」
「……本当に、村だな」
翔太は感慨深げに呟き、目が少し熱くなる。久しぶりに人間の生活圏に足を踏み入れる安心感があった。
村の通りを進み、二人が辿り着いたのは木造の宿屋だった。
看板には 「宿」とだけ書かれ、窓から漏れる灯りがあたたかい。
「ここよ。知り合いがやってる宿屋。今日はここに泊まってね!」
ミナが元気よく扉を開けると、ふくよかな女将が顔を出した。
「まあ、ミナじゃない! 無事でよかったよ。……そっちの子は?」
「魔法の練習中に会ったんだ! 翔太っていうの」
「初めまして翔太です。よろしくお願いします」
「あら~ いい男じゃないーーー」
「私は、ここの女将をやってる、アキっていうの」
「よろしくね♡」
今にでも、食べちゃうぞと言わんばかりの、目つきで、こっちを見ている。
翔太は、耐え切れず目をそらした。
「それでさぁ~ アキちゃん!」
「翔太……いま硬貨を持ってなくて今日だけ……そのぉ~ ツケにしてくれない?」
「かまわないよ! うちは、のらりくらりやってるからね」
「払える時に払っておくれ~」
「ありがとう! だからアキちゃん好き~」
(調子がいいのは、俺にだけではないみたいだな)
でも、明るくて、それがミナらしくていいのだろう。
「ありがとうございます!」
翔太は呆れつつも、ベッドに案内されると深く息をついた。
「……ツケって、本当に大丈夫なのかな」
「大丈夫だよ! 明日、私が硬貨の稼ぎ方を教えるから!」
「……不安しかないんだけど」
「ひどいなあ、信用してよ〜!」
笑って誤魔化すミナに、翔太も少しだけ笑みを返した。
「じゃあ、私は家に帰るね。家でおじいちゃんが待ってるの。
魔法使いで私の師匠でもあるの。眠りの魔法が得意で、
私が眠れない時なんか、いつも眠らせてくれるんだぁ。
じゃあ、明日の朝迎えに来るから!」
そう言って手を振り、ミナは夜道を駆けていった。
(おじいさんの魔法って……)
ーーー翌朝
「おはよ! 起きてる? ギルワークに行くよ!」
扉を叩く音で翔太は目を覚ました。
ギルワーク——依頼を仲介し、報酬を得る場所らしい。
村の中央にそびえる石造りの建物は、人々の活気で溢れていた。戦士や旅人が出入りし、掲示板には依頼書がぎっしり貼られている。
「ここで依頼を受けて、硬貨を稼ぐんだよ!」
「なるほど……仕事場ってわけか」
翔太が感心していると、背後から声が飛んだ。
「……お前っ」
振り返った瞬間、息をのむ。
「リィナ……!」
弓を背負い、鋭い眼差しを向ける少女。
亜麻色の髪が光を帯び、真っ直ぐな立ち姿は以前と変わらない。
「無事だったんだな、お前」
「ああ……」
短いやり取り。しかしその瞳には一瞬、安堵の色がよぎった。だがリィナは決して表に出さない。
「……で、ミナ。なんでお前がこいつを連れてきた」
「え?」
「そいつがどんな力を持ってるか知らないだろぅ。危険かもしれないんだぞ」
鋭い言葉に、翔太は息を呑む。
だがミナはきっぱりと首を振った。
「力のことは知ってる」
「翔太は危険なんかじゃないよ! 私、一緒に戦ったんだもん!」
「……本当にそう言い切れるのか」
「言い切れる!」
真っ直ぐな声に、リィナの瞳がかすかに揺れる。
本当はあの時——翔太を森に置いてきたことを、今も後悔している。
だが彼女はそれを表に出さず、冷ややかな口調を保った。
「……好きにしろ。ただし、村の人には言うなよ」
「え?」
「こいつの力のことだ。村の人が知ったらどうなるか……考えなくてもわかるだろう」
その言葉はミナに向けられていた。
リィナは鋭い視線を翔太に投げてから、背を向けて歩き去る。
「リィナ……」
ミナは小さく呟き、唇をかんだ。彼女とは友達だ。だからこそ、その言葉の重みを理解していた。
しばらく沈黙が続いた後、ミナはぱっと顔を上げた。
「じゃあ翔太! 一緒に討伐依頼受けよ!」
「えっ……!」」
「だってグジグジ考えていてもしょうがないでしょ。それに、宿代を稼がないと!」
「依頼をこなして、硬貨を手に入れるんでしょ? それで美味しい物をご馳走してもらうんだから!」
「……そこが目的かよ」
「……しょうがない! 乗りかかったら船だ―――私が依頼に付き合ってあげる!」
「乗りかかったらって……」
呆れつつも、翔太は少し笑ってしまう。
彼女の無邪気さが、冷たい言葉の余韻を打ち消してくれていた。
(……しばらく、この村に寝泊まりすることになるよなぁ……
力のことは、黙っていれば、村の人に気づかれることはないだろうけど……不安だ)
右手の紋章を見ながら、翔太は心の奥に小さな決意を宿した。
ミナと共に歩む道の先に、どんな未来が待っているのか―――まだわからない。
だが、ひとつだけ確かなことがあった。
今、翔太には初めて仲間と呼べる者が隣にいるということだった。
読んでくれて、ありがとうございました。
次回、第十話 初めての討伐依頼




