やっぱり、婚約破棄しか勝たん
「……なあ、清水。お前、俺のことを利用してたよな?」
目の前の女の顔が凍りつく。三秒ほど沈黙した後、ようやく絞り出すように言葉を返してくる。
「な、なに言ってんの?
利用って……私はただ、あなたのことが好きで……」
俺は静かに首を振った。
「お前のスマホから出てきたLINEのログ、全部見た。『あいつと付き合ってりゃ仕事も人脈もラクになる』『上手くいけば結婚して金も人生も勝ち確』……他にも色々、出てきたよな」
清水香苗——俺の“元・婚約者”だった女は、顔を真っ青にして立ち尽くしている。薄いピンクのリップがやけに下品に感じるのは、彼女の言葉が心からのものじゃなかったとわかったせいか。
「だ、だって……中井君、経営者でしょ? あたしみたいな普通のOLがあなたに選ばれるなんて、奇跡だったんだもん。だから、ちょっとくらい、打算があったって……」
「打算しかなかったろ」
俺は椅子から立ち上がった。ここはホテルのラウンジ。二人で今夜のディナーを楽しむはずだった場所。だが、俺の手には香苗のスマホと、プリントアウトしたLINEのやり取りの束がある。
「婚約は破棄する。今後一切、俺に関わるな。……それと、同僚の渡部にも伝えとけ。“共犯者”として社外に情報流してたこと、全部記録取ってるってな」
香苗の顔が歪んだ。
「な、なんでそんなこと……あんた、最初から疑ってたの!?」
「最初から、じゃない。お前が“俺の会社の顧問弁護士に無断で接触していた”ことがバレた瞬間からだ」
静かな口調だった。怒鳴る必要もない。香苗は自分のやったことの重大さを、ようやく理解し始めたようだった。俺は最後に一言だけ告げる。
「お前、恋人としての俺じゃなく、“企業としての俺”しか見てなかったよな。お前の人生を賭けたギャンブル、ここで終了だ」
俺は後ろも見ずにラウンジを出た。
*
別に俺は、モテたいと思ったわけじゃない。
中井悠翔――俺は、昔はただの冴えないサラリーマンだった。髪はボサボサで、服にも無頓着で、飲み会の隅でひっそり酒を飲むだけの男。そんな俺が一念発起して起業したのは、偶然のようなタイミングだった。
小さなスタートアップだったが、地道に頑張って、運と実力が重なって、三年後には年商十億を突破。メディアに少し取り上げられたこともあり、世間的には「若手起業家のホープ」とか呼ばれた。
……そして、そこからだ。俺の周囲に、
「異様に愛想のいい女」が増え始めたのは。
彼女たちは揃いも揃って“偶然の出会い”を演出し、“運命”を口にし、“仕事を理解できる女です”を気取った。そして俺の身辺を自然に探り始める。
最初は気づかなかった。
だが、交際を重ねていくうちに、「何かがおかしい」と思うようになった。感情の奥に“計算”が見えるのだ。俺が疲れているときは、異常なくらい優しくなる。俺が困っているときは、都合よく“助け舟”を出してくる。
でもそれは全部、自分の立場を確保するための行動だった。
真の意味で、俺のことを心配しているわけじゃなかった。
そうして、三人目の婚約破棄を終えたときには、俺ももう悟っていた。
この世には、クズ女が一定数存在する。そして、そういう女に好かれやすい“立場”に、俺はなってしまったのだ。
だから俺は決めた。
「婚約破棄」という名の“裁き”を下す、と。
*
「まさか、あたしの裏アカまでバレてるとはね……」
「逆になんでバレてないと思ったんだよ、吉田」
その日のカフェ。六人目の婚約者、吉田千咲が呆れたように笑っていた。
「まあ、確かにあたしはあんたの金が目当てだったよ。でも、あたしなりに頑張ったつもりだったけどなー。夜の相性も良かったしさ?」
「本気で言ってる?」
「……うそ。ごめん。あんたのこと、人間として軽視してた。謝る。でも、ちょっとだけ、寂しいね。せっかく婚約指輪もらってたのに」
「その指輪、メルカリに出品しようとしてただろ。俺の会社のロゴ付きで」
吉田はギクリとし、目を逸らした。俺はため息をつく。
「お前がやってた“婚約破棄系インフルエンサー”活動、全部記録取ってる。弁護士も動かす。まあ、警告だけに留めとくけどな。今後二度と俺に近づくな。それだけは忘れるな」
「……わかった。あんた、冷たいけど、正しいわ」
吉田がそう呟いたとき、俺のスマホに一通の通知が届いた。
それは、大学時代のサークル仲間だった“高瀬里帆”からだった。
《久しぶり。いま新宿で働いてるんだってね。よかったら、今度ごはんでも行かない? 懐かしくてメッセしました!》
俺はふっと笑った。
高瀬里帆——昔、俺がどれだけ想いを寄せてもまるで相手にしてくれなかった相手だ。そんな彼女が、なぜ今になって俺に連絡してきたのか?
想像するまでもない。たまたま俺の名前をネットで見かけて、肩書を知ったのだろう。そして“昔の知り合い”というポジションから、距離を詰めようとしている。
やれやれ。また一人、クズが釣れたようだ。
けれど俺は、即座にブロックはしなかった。
今度は、“元同級生”パターンか。婚約破棄には、まだ続きがあるらしい。
*
誰かを傷つけたいわけじゃない。ただ、偽りで近づいてくる女に、天誅を与えてるだけだ。
「お前、俺が無職でも、同じこと言えるのか?」
「……え? なに、それ?」
そう言ったのは、七人目——高瀬里帆だった。
彼女は高級レストランで微笑んでいた。俺はグラスを置いて、彼女の目を見据えた。
「言葉どおりの意味だよ。俺、会社、たたんだんだ」
「………………うそ、でしょ?」
「本当だよ。今は無職。実家暮らし。年収ゼロ」
里帆の笑顔が、崩れた。
「あ、あのさ、ちょっと……トイレ、行ってくるね!」
そのまま、彼女は戻ってこなかった。
……やっぱり、婚約破棄しか勝たん。
これまで、何度も思ってきた言葉だ。
だが今回ほど、深く実感したことはなかった。
“無職”と聞いた瞬間、愛想も何も捨てて逃げ出すような人間に、心を許す価値などない。そんな奴に、これまでの俺の時間を削ってきたことさえ、悔やまれる。
だが、俺は知っている。
この世界には、本当に価値のある女もきっと、どこかにいる。
だが、出会うためには、その前にすべての“クズ”をふるい落とす必要がある。
これは俺にとって、“選ばれる物語”ではない。
“選び、捨てる物語”だ。
そして、俺はまたスマホを開いた。
新たな“偽りの婚約者候補”が、DMを送ってきていた。
笑顔をつくる。静かに返事を打つ。
——舞台は整った。
さあ、次の婚約破棄ショーの幕開けだ。
――――――――
「悠翔くん、今夜は私の手料理で癒されてほしいなって思って」
笑顔でそう言いながら、テーブルに並べられたのは、和洋折衷もいいところのメニューだった。ビーフシチューに、茶碗蒸し、そして刺身。統一感のなさに思わず眉をしかめたが、俺はすぐに表情を整えた。
「ありがとう、泉美。……豪華だな」
「でしょ? がんばっちゃった」
そう言って笑うのは、俺の“婚約者”である小坂泉美。
広告代理店で企画をやっているという彼女は、出会った当初から明るく、そして「ちょっと天然なとこが可愛い」と周囲の男からも評判だった。
……その“天然”が演技でなければ、だが。
この部屋——つまり俺の高層マンションに、泉美が入り浸るようになってから約三ヶ月。共通の知人を介して知り合い、食事を重ね、ある程度の信頼ができたタイミングでプロポーズした。
だが今、俺の心にはひとつの確信がある。
小坂泉美も、俺の肩書に寄ってきたクズの一人だ。
根拠は複数ある。
まず、彼女の勤務する広告代理店が、俺の会社の新規事業と何かと関わりたがっていたこと。そして泉美自身が、その橋渡しを「偶然」に見せかけて何度も提案してきたこと。
さらに、最近になって、俺の会社の内部資料が、外部に漏れている兆候が出てきた。しかも、それは“泉美にしか見せていないファイル”の内容だった。
俺はそれらを裏付ける証拠を、着々と集めていた。
そして今夜が、その“決着”の夜だ。
「泉美」
俺は箸を置き、声を低くした。
「はい?」
「お前、俺の会社の機密資料を第三者に渡したよな」
泉美は、固まった。
数秒の沈黙。だが、その目が泳いでいる。完全に図星だということを、体が正直に表している。
「え、なにそれ……どういうこと?」
「お前の会社、月川広告。その営業部に、“俺の会社の来期戦略概要”が届いたらしい。送信元のIPは、お前がこのマンションで使ってるスマホのもんだった」
「そ、それは……偶然よ! スマホが乗っ取られたとか、考えられない?」
「じゃあこれは?」
俺は封筒を取り出し、テーブルに投げた。中身は印刷されたメールのやり取り。
送り手は泉美、宛先は“月川広告企画部・杉田康孝”という男。
> 『ゆうくん、ちょろい(笑)もうちょい信用させたら、役員のやつも抜けそう。とりま、送っとくね〜♡』
そこには、俺の資料が添付されていた。
「…………」
沈黙。泉美の唇が震えた。
「ちょっと待ってよ……それ、どうして持ってるの?」
「お前、LINEとメール、同期設定オンのままだったぞ。パソコンにもログイン状態のまま置きっぱなしだったし。お前が風呂に入ってる間に、全部コピーした」
「そんなの、違法よ! プライバシーの侵害じゃない!」
「企業スパイ行為のほうが重いな。法的には“背任・情報漏洩”だ」
泉美の顔から血の気が引いた。ついさっきまで、「私の手料理で癒されて」などと能天気なことを言っていた女とは思えない、露骨な狼狽ぶりだった。
「ま、まって、お願い、警察とか弁護士とかやめて……! 違うの、私、本当は好きだったの! 本気で! あんたのこと!」
「そういうの、三人前にも聞いたな」
「ち、違う! 私は、ほんとに……最初は情報取るだけのつもりだったけど、気づいたら好きになってて……!」
「なら、お前の好きってのは、金と権力にだけ向くんだな」
バサリ、と指輪の箱を投げた。ダイヤの指輪は、ソファのクッションにぶつかって床に転がる。
「婚約は破棄する。お前にはもう、何の価値もない」
泉美の顔から、完全に表情が消えた。怒り、悲しみ、焦燥——その全てが混ざって、薄っぺらい女の仮面が崩壊する瞬間だった。
俺は椅子を引いた。
「今夜中に出ていけ。俺の部屋に、お前の痕跡は一切残すな」
「ま、待って……本当に、好きだったのに……!」
「だったら、“俺”を売らなければよかったな」
そのまま俺は、部屋を出た。
*
夜の街は静かだった。人通りの少ない並木通りを歩きながら、俺はスマホを取り出して、先ほどの“証拠”を一つのフォルダにまとめる。
それは既に、弁護士事務所にもバックアップが送られている。泉美が万一逆上して何か仕掛けてきても、証拠ごと潰せる準備は済んでいた。
「……やっぱり、婚約破棄しか勝たん、か」
誰にも聞かれないように、呟いた。
ふと、スマホが震える。
通知は、今はもうほとんど連絡を取っていない弟からだった。
《兄貴、最近どう? こっちはまあまあ。母さん、体調崩してるから、たまには顔出せよ》
俺はスマホを見つめる。
家族とすら距離を取るようになって、もう三年近くになる。
理由は単純だ。
俺が成功してからというもの、親戚中が「頼ってくるようになった」からだ。
父の兄、母の従姉妹、はては知らん親戚まで。金を貸してほしい、会社に口を利いてほしい、相談に乗ってほしい。
だが、弟だけは違った。
弟は、何も求めてこなかった。ただ、俺が変わっていくことを、黙って見ていた。
あいつだけは、“昔の俺”を知ってる唯一の人間だった。
俺は返信を打った。
《わかった。今度、実家戻る。母さんの好きなチーズケーキ、買ってくわ》
送信を押して、深く息をつく。
人に裏切られ続けると、人間関係の再構築がこんなにも難しくなるのかと、しみじみ思った。
そのとき、一人の女性が前から歩いてきた。
白いシャツに、紺のタイトスカート。黒縁メガネに、落ち着いた髪型。
どこかで見たような気がして、目を凝らす。
彼女も俺に気づいたようだった。少しだけ、立ち止まり、驚いたように口を開いた。
「……悠翔くん?」
「……え、もしかして……水原……?」
水原七海。大学時代の後輩だった女。
文学部で物静かだった彼女は、いつも本を読んでいて、人混みに紛れてしまいそうなタイプだった。
「うわ、本当に悠翔くんだ。こんなところで再会するなんて……」
「ほんとにな。……元気にしてたか?」
「うん、まあ、それなりに。出版社で働いてるよ」
「……ああ。やっぱり、似合ってるな」
会話は不思議なほど自然だった。作り笑いも、警戒もなかった。ただ、昔の知人と再会したときの、あの“懐かしさ”が、そこにはあった。
七海は、俺のことを知らなかった。
つまり、“今の俺”を知らなかった。
俺の会社、俺の資産、俺の肩書——そういうものに一切、興味を示さなかった。
「よかったら……また、会えるかな?」
俺がそう言うと、七海はふっと笑ってうなずいた。
「うん。変わってないね、悠翔くん」
たぶん、これは——
婚約破棄じゃない、関係の始まりだった。
―――――――
「ふふっ、やっぱり悠翔くんって昔から変わらないよね」
カフェの窓辺で、七海は静かに笑った。木漏れ日が彼女の紅茶を照らし、穏やかな午後を演出していた。
それは、泉美との婚約破棄から二週間後のこと。
俺はずっと忘れていた“心の安らぎ”という感覚を、久しぶりに取り戻していた。七海との時間は、張り詰めていた糸がゆるんでいくようで、心地よかった。
過去の女たちは、最初から“狙っていた”。
俺の稼ぎ、立場、住まい、コネ——そのすべてを計算に入れて寄ってきた。
だが七海は、俺が何をしているのかすら、会って三回目まで気づいていなかった。
「起業したんだって? すごいね」
そう言ったときの七海の目は、ただの“尊敬”でしかなかった。
何かを期待している目ではなかった。
「そういうのって、寂しくなることとかないの? なんか、がんばる人ほど……」
七海のその言葉に、思わず胸が少し苦しくなった。
「寂しいよ。ずっと、誰にも信頼されないまま仕事してきたから」
正直だった。七海の前では、なぜか嘘を吐こうと思えなかった。
「そっか……でも、今はもう一人じゃないよ」
彼女の言葉は、無理に励まそうとするものではなくて、ただ寄り添ってくれるものだった。
——その夜。
俺の部屋に帰ると、マンションの管理人が血相を変えてやってきた。
「中井さん、大変です。駐車場に……あの、車が、やられまして」
エレベーターのドアが閉まる直前、俺は直感した。
——来たか。
地下駐車場に降りると、愛車のフェラーリに赤いスプレーで“最低男”と殴り書きされていた。
タイヤはパンクし、窓ガラスは割られている。
俺はその様子を見て、ため息ひとつ。
すでに想定済みだった。
そのままスマホを取り出し、アプリを起動。
ダッシュボードに仕込んであった小型カメラの録画映像を確認すると——
映っていたのは、小坂泉美と、もう一人、かつて婚約破棄した元婚約者・大橋玲奈の姿だった。
玲奈。
自称・フリーのクリエイターだったが、実際は親の会社の金を使って“セレブぶっていた”女だった。
あの時も、婚約後に俺の会社の株式を譲渡しようとした途端、「もっと生活費を増やして」「海外口座作っておいて」など、真っ黒な発言が出始めた。
もちろん、すぐに証拠を押さえて破棄したが、どうやらその恨みが尾を引いていたらしい。
——数日後、泉美と玲奈が“週刊報道GATE”というゴシップ誌に、俺に関するデマを売り込んだ。
「元婚約者が語る、天才起業家の裏の顔!」
「年収億超えの冷酷モラハラ男、その仮面を剥ぐ!」
記事の内容はでたらめだった。
「彼は私に、整形しろと命じた」「精神的に追い詰められて、入院した」など、完全なフィクション。
ネットの一部では騒がれたが、俺はすぐに反撃した。
まず、記事を掲載した雑誌社に対して法的措置を開始。
次に、泉美と玲奈、それぞれに対し、名誉毀損と業務妨害の民事訴訟を同時に起こした。
さらに、彼女らが送っていたLINE・メール・通話ログ——すべてを時系列に並べた資料を公開。
「婚約破棄された元婚約者が、虚偽の証言を行い、業務妨害を行いました。私の名誉、及び会社の信用に対する重大な損害と判断し、法的手段に出ます」
俺は一切、怒らなかった。
静かに、確実に、潰した。
結果、週刊誌側はすぐに謝罪文を掲載。ネット記事も削除。
泉美と玲奈の実名が晒され、SNSも閉鎖。
彼女たちは今、表に出ることもできなくなっていた。
ざまぁ、だ。
でも、ただそれだけじゃない。
今まで、何人もの“クズ”に関わってきた俺自身にも、責任はあると、初めて自覚した。
「見る目がなかったってだけじゃ、もう済ませられない」
俺は、七海にその話をした。
すべてを話した。
婚約破棄の過去も、訴訟も、仕返しも、怒りも、無力さも。
彼女は黙って聞いていた。
すべてを聞いたあとで、七海はぽつりと言った。
「悠翔くんって、優しいね」
「は?」
「本当に冷酷な人は、そんなふうに全部自分の責任だなんて思わないよ。……たぶん、最初から誠実だったんだと思う。ただ、周りがそれを利用しただけ」
俺は言葉を失った。
そんなふうに言われたのは、生まれて初めてだった。
「だから……そんな人が、誰にも信じてもらえないなんて、おかしいよ」
七海の目には、涙が浮かんでいた。
「私は、ちゃんと信じるよ」
俺の心のどこかにあった、薄い氷みたいなものが、ようやく溶けた気がした。
その夜、俺は七海の手を取って言った。
「婚約ってのは、紙でも、指輪でもない。信頼なんだなって、今さらわかった」
「うん」
「だから俺は、もう“婚約破棄”はしない。次が、最後でいい」
彼女は、少しだけ驚いた顔で俺を見て、そっと頷いた。
「……私も、そう思ってた」
*
数ヶ月後。
七海との婚約は、正式に発表された。
どこにも金の匂いはしない、ただの静かな届け出だった。
そして俺は会社で、ある新しい制度をスタートさせた。
「契約前に相手の人間性を調査する“企業人間信用スクリーニング”制度」
過去の自分の経験を元に作った仕組みだった。
社員がパートナーや協業相手とのトラブルに巻き込まれないよう、人格的な背景を調査・共有するための仕組み。
賛否はあった。だが、現実的に役立つという声が多かった。
そして俺は、心のなかでつぶやいた。
「やっぱり——婚約破棄しか勝たん、だったな」
でも、それは過去の話だ。
今は、違う。
それは確かなことなのだ。
「これからは、信じるしか勝たん、かな」
七海が笑って頷いた。
それが、どこか微笑ましく思えた。
静かで、穏やかな風が、二人の未来を照らしていた。
そして、これからも照らされるであろう、この二人の未来が、幸せそうにどこかに映し出されていた。