表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
交わり散り咲く咎の華  作者: あらまき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/41

月と貴方に恋文を

 刃が舞う。


 鋭利な剣閃は闇を裂き、夜に踊っていた。

 煌めく閃光には、迷いも容赦もない。

 いずれも、相手の命を奪うに足るものであった。


 だが、それは決して殺意ではない。

 それは信頼。


 殺すつもりで刀を振るう。

 だが、それでもお前は死ぬはずがないという確信。

 互いが互いの力量を知り尽くしているがゆえの、絶対的な信頼。


 「私の知る朔矢が」「俺の知るにいさんが」、この程度の技に遅れを取るはずがない。

 ゆえに、二人は必殺の一撃を、踊るよう気軽に振るい刃を交える。

 全力を解き放つ歓びと、すべてを曝け出せる相手と向き合う悦びとを胸に。


 一閃が、闇に煌めいた。

 その数、三。

 寸分狂わぬ三つの軌跡に志紀は追い詰められる。


 朔矢の剣は、もはや新たな境地に至っていた。


 魔剣――《咢》。

 一振りの刀から、二度の斬撃を放つ不可思議なる技。

 両側から敵を挟撃するその異能により、その名に定めた。


 だが、今やそれも過去のもの。


 朔矢は、最後の舞台にて自らの壁を超えた。

 斬撃は二ではなく三。

 しかも方角に一定の自由すら許される。

 一振りで三度の斬撃を自在に放つ。

 それが、昇華した魔剣の力。


 ただし、ただ一つ、絶対の制約があった。

 ――すべての斬撃は、志紀に到達する。

 因果の逆転。宿命の歪曲。


 朔矢がいかなる方向へ刀を振ろうとも、放たれた刃は、必ず志紀へと至る。

 すべては、この一瞬のために。

 この交わりは、朔矢にとって人生のすべてを積み重ねた末の結晶だった。


 魔剣《咢》改め――魔剣《宵月巡り》。


 朔矢がその生涯をかけて鍛え抜いた剣術と、心を尽くして育てた全霊の呪い。

 それらすべてを、今、最愛の兄に――叩きつける。


 一たび煌めくごとに、三つの斬撃が奔る。

 死すら覚悟せねばならぬ強烈無比な魔技――。

 しかし、志紀の顔には誇らしげな微笑みが浮かんでいた。


 ――どうだ、見たか。これが私の弟だ。

 私の誇り。世界で最も美しき剣士だと。


 そんな想いが、表情からにじみ出ていた。


 防ぐ術など思いつかない。

 両手の二刀を交互に防御に回し、距離を取りながら命を繋ぎとめるのがやっと。


 ――これは、もう、死ぬかもしれない。

 そう思いながらも、志紀は否定する。


 死ぬことは、構わない。

 弟の手にかかって死ぬならば、それは本望なくらいだ。


 許せないのは死ぬことなどではなく――弟の願いを果たせぬまま、道半ばで果てること。

 それだけは、決して許されぬ。


 最愛の弟が最期に願った想いを成せずして、なにが兄か。


 剣戟が鳴る。

 志紀は笑みを絶やさず、その瞬間を待ち続ける。

 わずかな勝機――ただ一度きりの、反撃の刻を。


 


《宵月巡り》。


 その名の由来は、単純だった。


 ――志紀という男は、朔矢にとって月であった。


 どれほど月が美しくとも、目の前の志紀《月》から目を離すことはできなかった。


 常に見守ってくれた。

 常に傍にいてくれた。

 友として、兄として、寄り添い続けてくれた。


 優しく、真面目で、不器用。

 その不器用な優しさが、たまらなく愛おしかった。


 見ているだけで、満たされた。

 ……そう思おうとしていた。だが、そうではなくなった。


 いつからか、志紀を心から欲してしまった。

 刀という手段しか持たぬ己ではあったが、それでも志紀は――受け入れてくれた。


 だから、幸せだった。

 心から、いまこの瞬間が幸福であると確信できた。


 自分は、この一瞬のために生きてきたのだと――。


 ……鈍く、不快な剣戟の音が二つ鳴った。

 疲労の所為か、志紀がらしくもなく乱雑に剣を振るったがゆえに。


 志紀の刀が、一瞬で限界を迎える。

 刀とは、硬く脆いという矛盾した性質を併せ持つ。

 技を知る者にとっては頼れるが、そうでなければ脆く折れる。


 その乱暴な扱いに耐えきれず、二刀は粉砕した。

 刃の破片が宙に舞い、月光を浴びて硝子のように煌く。


 舞い散る刃粉の中――志紀は、一振りの刃を抜く。


 それこそが本命。

 二振りの安物は、すべてこの一瞬のための布石に過ぎなかった。

 志紀の剣術の本質は、そこにあった。


 清嶺直心一刀流秘奥、《朧月夜》の崩し――《月下》。


 下段に重きを置いた、高速の抜刀術。

 虚と実を織り交ぜ、月のごとき剣筋を描くその技は、楕円を描き、まるで地に映った月光のような光跡を残す。


 だからこそ――志紀は、その技を《月下》と名づけた。

 月が地に堕ちたように、己もまた地に堕ちたと戒めるために。


 一閃。

 重く、速く、確実に。


 刃を防ぐ朔矢の刀がわずかに硬直したその瞬間――。

 志紀はさらなる斬撃を重ねてゆく。


 最初から、連撃までの流れを志紀は想定していた。

 自ら編み出したこの秘奥など、朔矢ならば容易く受けきれる。

 そう信じて。


 だから、本命はその次の一撃。


 弟は、自らの魔剣をもって全身全霊を託してくれた。

 今が最も強いと確信するような、素晴らしい剣士としての業を見せてくれた。

 ――ならば、自分もまた、それに応じなければならない。

 そうでなければ、兄を名乗れぬのだから。


 差が埋まりかけたのなら、再び距離を空ける。

 兄としての意地を、誇りを、最後まで貫くために。


 志紀は、兄でありたかった。

 せめて、この最期の瞬間だけでも。

 朔矢にとって、誇れる兄であるために――。



ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ