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交わり散り咲く咎の華  作者: あらまき


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陽気寮の男

『陽気寮』。

 それは、闇に蠢く外道と戦う宿命を背負った、清嶺館のような道場の上位機関にあたる。

 もっとも、明確な上下関係が存在するわけではない。

 陽気寮に属する術士の価値は、道場門下の剣士とは根本的に異なるためである。


 道場門下生は単なる剣士であり、いわば使い捨てに過ぎない。

 言葉を選ばずに言えば、誰しもがその門をくぐり、修めることができる。


 だが、術士となるには膨大な知識の蓄積と、ある種の才覚が不可欠である。

 必要とされる育成期間も諸経費も、桁が違う。


 広く人々を守るために量産されるのが道場の剣士。

 対して、国家の中枢を担う陰奇術士殲滅の切り札こそが陽気寮。


 故に、陽気寮の術士は実質的に清嶺館の上位に位置づけられ、その命には従う義務があった。


「ま、僕のことは雨隆とでも呼んでくれたらええよ」

 細めた目でも分かるほどに柔らかな笑みを浮かべつつ、男は名乗った。


 人懐こく、どこか愛嬌のある笑顔であった。

 年の頃は二十代ほど。

 だが、その印象は掴みにくい。


 容姿もどこか優美で、剣士というよりは、和歌や舞などの雅な世界の住人のようでもあった。


 とはいえ、侮ることはできない。

 細身で一見ひ弱にすら映る体躯の内に、間違いなく《《それ》》は宿っている。

 圧のような、あるいは深海のような、強者特有の気配。

 下手をすれば、先の当主、正玄をも超える領域にあるかもしれない。


 この男が陽気寮の術士であるという事実に、疑いを挟む余地はない。

 だが――志紀はどうにも、男のことを心からは信じきれなかった。


 その理由は単純明快である。

 胡散臭いのだ。


「私は……」

「自己紹介は要らんよ、藤守志紀殿。仕事柄、おおよその情報は把握しとるから」

 表情には出さないが、志紀はこの男の態度にどこか無礼なものを感じ取った。

「……では、その《《仕事》》というのを、お尋ねしても?」

「ええ、もちろん。僕の任は君の補佐や。君、あの陰奇術士と戦うことになったやろ?」

「はい」

「で、今の道場は混乱の最中にある。せやから、君が万全の状態で戦いに臨めるよう、僕が援助・支援を行うというわけや」

「なるほど、理解しました」

「ありがとう。ということで、大船に乗った気でおってな」


 穏やかな笑みを浮かべたまま、雨隆は右手を差し出す。

 だが、志紀はその手に応じようとはしなかった。


「……おや?」

「申し訳ありません。私は不器用な人間ですので、単刀直入に申し上げます。雨隆様、私はあなたを信用できません」

「いやいや、僕、本当に陽気寮の術士やで?」

「ええ、それについては疑っておりません。疑っているのは、貴方個人です。……真を語らぬ人物に、私の背中を預けることはできません」


 言葉を淡々と紡ぎながら、志紀は雨隆の張りつけたような笑みをまっすぐに見据えた。


「……ふぅん。そう来るんか。困ったなぁ」

 そう言いながらも、男の声音には妙な愉悦が滲んでいた。




 陽気寮という組織の多くを占めるのは、華やかにして高貴なる公家の出身者である。

 ゆえに当然――陽気寮は、常に殺伐とした地獄の如き様相を呈する。


 彼らは、戦場に命を賭す武家とは異なり、まつりごとに命を懸ける。

 その彼らが、武力という名の権能さえも有すればどうなるかなど、想像に難くない。


 道場内における政略など、陽気寮にとっては戯れに等しい。

 むしろ、花畑である。


 他勢力の毒杯を恐れ、何ら過失なきままに追放され、昨日まで親しげに酒を酌み交わした友に裏切られる――。

 それが、公家という社会だ。

 彼らにとっては、政が戦。

 彼らは歌一つで人を殺す術を知っている。


 そんな怪物たちが海千山千、深き伏魔殿に蠢く場所――それこそが陽気寮である。


 そして、その陽気寮にあって、自称・雨隆は少々どころではなく、特異な出自を持つ。

 具体的に言えば、彼は《《陰陽寮》》よりの出向組に該当する。


 陰気を活用する陰奇術、およびそれを操る陰奇術士の存在により、陰陽寮は現在、きわめて不穏な位置にある。

 陰陽寮にはその名の通り、陰の気を扱う術が存在する。

 否、むしろその危険性を理由に、新たに陽気寮が設立されたと見做す向きさえあるほどだ。


 表向きの格式は今も保たれているが、実際には陰陽寮に真っ当な術士はほとんど残っていない。

 陽気寮内の権力闘争の余波を受け、陰陽寮は凋落を極めた。

 本来であればそれを律すべき立場であるお上さえも、いまや陽気寮に与している。


 それほどまでに、陰奇術士という存在、ならびに陰の気というものが忌避され、畏れられていた。


 かくして、雨隆は凋落した陰陽寮の中でも、数少ない『真っ当な』術士であった。

 陽気寮内に出向組の術士は数こそ多いが、その地位は著しく低く、道場門下生ほどではないにせよ、ほぼ使い潰しと同義である。


 彼は出向組というあまり好まれていない系統を束ねる者であり、その立場は極めて煩雑である。

 すなわち、彼の背後には厄介極まりない思惑がいくつも絡んでいるということだ。


 ゆえに当然、彼とて利を求め、打算を巡らす。

 志紀を利用するなど、前提にすらならぬ当然の話であった。


 だが、だからこそ。

 今しがたの志紀の対応は、彼にとって望ましいものであった。


 なにしろ、道具として用いるのだ。

 それが無能であっては困るのは使い手の側である。

 多少なりとも物事を見極める目を持っていなければ、使い物にはならぬ。


 山育ちの粗野なる青年ゆえ、政の読みには期待できぬ。

 しかし、天性の嗅覚とも呼ぶべき感性が、彼の本性を見抜いていた。

 それは、極めて好ましい反応であった。


 笑顔の仮面の裏で、互いに刃を突きつけ合うこと。

 それこそが、自称・雨隆にとっての交渉である。




「それで、どうすれば僕のことを信じてくれるのかな?」

「――貴方が、真実を語ってくだされば、それで十分です」

「それだけ? 『友達になろう』とか、そういうのは必要ないの?」

「不要です。私は、不器用ですので」

「さよか。そりゃ残念。でも、本当のことって、どうやって見分けるの? たとえば――僕が君を殺したいって言ったら、それを信じる?」

 にたりとした、嫌な雰囲気を纏い雨隆は尋ねる。

 だが、志紀は平然とした表情をしていた。

「それは、嘘でしょう」

「じゃあ、僕が君を見下してるって言ったら?」

「それは、真でしょう。初めから、雨隆様が私を見る目は……そうした類のものでしたから」

「『目』って、僕の目が見えるの? 『お前の目、外見えてる?』って友達から評判なんやけど」

「失礼しました。比喩表現のつもりです。……雰囲気、のようなものだと思って下されば」

 渾身の冗談を軽く受け流されて、雨隆は少しだけ肩を落とした。


「では……僕が《《陽気寮が嫌いだ》》と言ったら、君はどう思う?」

「――それは、どうやら真のようですね」

「へぇ……。じゃ、それを聞いて、君はどうするかな? 僕を密告する?」

「いたしません。私が知りたいのは、貴方が信を預けるに足る存在かどうか――それだけです」

 雨隆はわずかに困ったように微笑んだ。


 野生児かと思っていたが、どうも少し違う。

 これは野生というより――稚児だ。

 周囲に無関心で、ただ一つのものだけを求め、それ以外は癇癪を起こして拒絶する。


 かつて《《ただ一振りの刀》》であった男は、今や《《ただ一人の男》》に固執し、その役割を見失っていた。


 ほんの少しだけだが、雨隆は志紀という男に興味を抱いた。

 多少は譲歩してやってもよいか――そう思う程度には。


「僕の役目は、君を補佐することに変わりはないよ? けれど、それだけじゃない。君が失敗したその後が、むしろ本命かな」

 志紀は黙ってその言葉に耳を傾けた。

「君が死んだ後の後始末。それが僕達術士の務めになっとる。……正直に言えば、僕にとって最も望ましい形でもあるよ。君が倒すより、僕達が倒した方が、僕の功績になるからね」

「……私を出し抜いて、あるいは殺して、手柄を横取りするつもりと」

「そこまでは考えていないよ。君を気遣って……というよりも、そんなことすれば周囲の信頼を失う。……だけど『君を助けるため』という口実で、トドメだけ奪う――その程度なら、正直考えていたかな」

 そう言って、雨隆は志紀の反応を楽しむように見つめる。

 志紀は、まるで当然のことのように、無表情のままであった。


「……それで?」

「え?」

「過去形で語ったということは、今はもうそのつもりはないのでしょう?」

「おや……鋭い。さすがだ」

「……流石の私でも、それは馬鹿にしているとわかります」

「あはは。すんません、悪気はないんや。ともかく、お互いに歩み寄れるかと思うたから考え直したんや」

「回りくどいのは、好みません」

「なら単刀直入に。――正直、僕は危険を冒したくない。だから君を利用した方が、僕達にとって都合が良い」


「危険……陰奇術士の討伐に、危険が伴うのは当然では?」

「既に、術士が三人も命を落としている」

「っ……」

 志紀は口をつぐみ、感情が漏れぬよう唇を噛んだ。

「成り立てだと侮ったのが誤りだった。だが三人は異常過ぎる。ちょいと強すぎるんや。……だからこそ、君に白羽の矢が立った。志紀殿」

「つまり……陽気寮は元々私に任せず、術士で討たんとしたが――」

「脅しを受けて黙っていれば陽気寮の沽券に関わるってやつやな。だから襲撃して……返り討ちに遭った。そんで、今さらながら《《約束は守る》》とばかりに、保身に走って君に丸投げ。そういう流れや」

 ……そしてもう一つ、重要な事実がある。


 この作戦は、成功する見込みが極めて薄いということである。


 たかが門下生に過ぎぬ君が、術士三人を討った陰奇術士を倒せるはずがない。

 それでも志紀に任せたのは、陽気寮は端から時間稼ぎが目的であった。

 そして同時に、雨隆自身に《《失敗の責任》》を押しつけることもまた、陽気寮の目論見であった。


 それでも、雨隆は『成果』を欲した。評価が欲しかった。

 だから、自ら陰奇術士『朔矢』の討伐を狙った。


 ――これが、当初の計画だった。


 志紀に戦わせ、疲弊したところで我々が討つ。

 そうして功績をかすめ取る。


 だが、今は考えを改めるに至った。


 何故なら――。


「志紀殿、君は僕達が邪魔をすれば、……僕達を殺すよね?」

 志紀は明らかに動揺した様子で、雨隆を見返した。

「わ、私が、そのようなことをするはずが……」

「じゃあ……そういうことにしておこか。けれど、僕が方針を変えたんは、君と僕達の利害が一致しうると考えたからや。平和が一番でしょ?」

「具体的には?」

「君を助けない。君が術士に殺されかけようと、嬲られようと、苦しめられようと――僕達は見ているだけ。……僕なら、その『二人の世界』を邪魔しないことができるよ」

 雨隆は、笑みを浮かべる。

 それは、偽りではない、本物の表情だった。


 常人であれば、決して納得しない条件である。

 見殺しにする協定に、利があるはずがない。

 だが、志紀は違う。


 弟をあのような存在にしてしまった責任を、彼は背負っていた。

 それを果たすために、誰にも邪魔されぬことこそが、彼の願いであり理想だった。


 そして、その重責と、弟への深い愛を――雨隆は正しく感じ取っていた。

 志紀の利を、雨隆は正しく把握出来ていた。


「代わりに、私に何を求める?」

「お役目以外、何も。……強いて言えば、君が死ねば、次は僕達の番というだけ。つまり――君には《《名誉ある一番槍》》を差し上げましょう」

 わざとらしく、仰々しい態度。

 だから、言いたいことが何となく理解出来た。


 他の陽気寮の奴なら茶々を入れるところだが、死んだところで損はないから、見捨ててやる。

 他にも色々腹黒らしく考えているのだろうが、本筋はそういう物であった。


「――成程。利害の一致、か。言い得て妙だ」

 死ぬことが想定された契約に、志紀は深く納得出来た。

「あれ? 怒らないんだ? 君を助けない僕達に」

「怒るなど、とんでもない。……私が失敗したその後を託せるというのは、意外にも、救われる想いだ。改めて、よろしくお願いします。雨隆様」

 そう言って、志紀は静かに手を差し出した。

「それは、契約成立ということで?」

「無論です」

 雨隆はその手を取り、握手を交わす。

「様付けじゃなくてええよ? 雨隆ちゃんでも」

「では……雨隆殿と」

「真面目すぎるって、言われへん?」

「……よく、言われましたね」

 最後の一言で墓穴を掘ったことに気づき、雨隆は握手のまま微かに顔をしかめた。


「ま、まあ……これで正式に、君が心残りなく戦えるようにするのが、僕の役目ってことになるね。んで、何か用意して欲しい物はあるかな? 何でも――とまではいかんけど、大抵のものなら用意できるよ?」

「――では、一つ、お願いが」

「ほう。何なりと。お兄さんに言ってごらん」

「……陽気の術を、教えてはいただけませんか?」

 志紀の言葉に、雨隆は静かに眉をひそめた。

ありがとうございました。

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王道の兄が暗殺を目指す……いいですねぇ…… 胡散臭い役人×愚直な武人、  こっちもこっちですごくいい空気吸ってますね……
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