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交わり散り咲く咎の華  作者: あらまき


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胡蝶之夢 急――明暗


 始まりがあれば、終わりがある。

 ハレの日が終わりに、ケの日が来るように。


 寂しいという気持ちは、楽しかった裏返し。

 終わりたくないという願いと、終わらせて欲しいという願い。

 矛盾していながら、両立する気持ち。

 つまるところ、この一時の戯れは、これまでの人生よりも、濃厚な瞬間だった。


 ここまでは、上がるだけの戦い。

 体を温め、場を温め、本気でぶつかり合った。


 だからここからは、終わりへと歩む時間。

 願い叶う、終局の瞬間。


 互いに全力を出し切る。

 途中で止めない。

 その結果待っているのは――敗者の死。


 その時はもう、間近に迫っていた。


 互いに腕試しとして秘奥を放ち、互いの調子は確認した。

 文句なし、万全の状態。


 故に、朔矢は徐々に、追い詰められていくような感覚を覚えていた。

 互いの調子が万全なら、百度戦っても同じ結果を迎えるであろう。


 奥義『影を宿さぬ写し水』にて剛腕から繰り出される斬撃を躱し、朔矢の身体は志紀の真上。

 通常の立ち振る舞いでは絶対にあり得ぬその位置は、剣士としての死角。

 視野からも外れた天空の一撃を放とうとする朔矢に、鈍い衝撃が伝わった。


 朔矢を襲ったのは刀ではなく、鞘。

 

 志紀の剛腕にて叩きつけられた鞘は朔矢を吹き飛ばし、地面に叩きつけた。


「ひ、卑怯だ! 神聖なる剣士の戦いに鞘を用いるなんて――」

 立ち上がり、叫ぶ門下生は朔矢派閥の者だった。

 その声に同意する者は多く、半数以上が志紀に非難の目を向ける。

 そんな中で――。


「――黙れ!」

 朔矢の一喝が、場を静寂へと変える。

 その表情は、怒りの形相そのものだった。


 良い流れを壊されたこと。

 せっかくの二人の世界に水を差したこと。

 そしてなにより……。


「俺達は何だ!? ここはどこだ!? 綺麗な剣をお勉強するお座敷道場と勘違いしてんのか!? あぁ!? 違うだろうがよ!? 負けが許される立場じゃない。勝てるならあらゆる手段を使う。それが清嶺館だ! それが俺達の在り方だろうが!」

 ビリビリと、肌が震える叱責の声に、周りは小さくなっていく。

 正しいことしか言っていない。

 だが、その正しさは納得とはまた別の話であった。


 朔矢は痛めた自分の肩に触れる。

 ――良かった、外れただけだ。

 朔矢は自分の手で、無理やり肩を嵌め直した。


 ガゴッと鈍い音と共に、鋭く激しい痛みが身体に走る。

 とはいえ、それもまた心地よいものであった。

 大切な人から与えられる痛みが、心地よくない訳がなかった。


「ちっ! 下らないことで中断させられた。御当主様。再開の合図を――」

 朔矢の言葉の後に正玄は志紀の方に目を向ける。

 志紀が小さく頷いたのを見て、正玄は再び戦いの火ぶたを切った。


「もう、戦わずとも宜しいのに……」

 ぽつりと、沙夜が呟く。

 その気持ちは正玄も理解出来る。

 その戦いは、愛する兄弟の戯れにしては、あまりにも痛々しい。

 もはや殺し合いである。


 だが同時に、正玄は彼らの気持ちも痛い程に理解出来た。


 最後まで走らないと気が済まない。

 それは正義や守護とは関係なく、むしろ相反する感情だろう。

 言葉にするなら……。


「剣士としてのごう……なのだろうな」

「私には、わかりません」

「それで良い。そうでなければならぬのだ」

 そう――本来ならば、そんな気持ち持ってはならない。

 それでも、正玄はその戦いを、止める気にはなれなかった。




 斬撃を放ち、打ち払い、躱し、防ぎ、放ち、剣戟を鳴らし。

 繰り返される攻防は、当初よりも、大分落ち着いていた。


 それは手を抜いているからではなく、お互いが本当の意味で本気であるからだ。

 本気の斬撃を放ち、死の予感を覚えながらそれを打ち払う。

 綱渡りの繰り返し、死にたがりの舞踏。


 互いに一撃必殺の剣のため、安易に受けると大怪我をする。

 彼らが学んだ清嶺直心一刀流というのはそういった『剛の剣』であった。


 志紀が首を狙った突きを放つと、朔矢はそれをしゃがんで回避し、低い無理な姿勢のまま足を狙う。

 直に受ければ、足首を失う。

 その朔矢の斬撃を志紀は後退し、切り払った。


 朔矢は剣を受け止め剣戟を鳴らしながら、身体を起こし構えを取る。


 まるで演舞のような、綺麗な動き。

 互いに技を出し合い、その技を理想的な方法で防ぎ合っている。


 朔矢は怠け癖により、天才であっても技量は低いと思われていた。

 だけどそうじゃない。

 多人数での訓練が苦手なだけであり、志紀と二人の訓練と自首訓練を合わせたら門下生よりも多くの時間を修練に費やしている。


 当然、その技量も技も完成の域に達している。

 当主となるに相応しき程。


 違うのは、志紀の技量がその遥か上にいるということ。

 緩やかに、だけど完成することなく成長を続ける。

 それが志紀の剣。


 誰もがおろそかにする基礎技に命を費やした。

 故に、全てが奥義に匹敵する。

 それこそが志紀の恐ろしさだ。


 身体が竦みそうになる。

 終わりが見える。


 朔矢の目には、宙に浮かぶ骸骨の幻影が見えていた。

 おそらく、本能的に死を悟ったからの幻覚だろう。


 怖い。

 このまま諦めたい。

 だけど同時に、こうも思う。


 ――ああ、やっと殺して貰える。

 それは、どのような果実でも届かぬ程の、あまりにも甘美な誘いであった。


 踊るように舞い、その果てに命を奪われる。

 兄により手折られるその誘惑は、恐怖さえもが恍惚たる喜びに変わる。


 言い切れた。

 自分は、幸せだと。

 確信をもって、言い切れた。


 この終わりの為に、自分は生きたのだと――。


 あと《《五手》》。

 それが、残りの時間。

 不思議と、朔矢にはそれが見えていた。


 追い詰められ、為す術なくなった朔矢は、渾身の力を籠め斬撃を放つ。

 上段から振り下ろされるそれは、朔矢らしからぬ基本的な剣。


 その剣を、上段で防ぎ、志紀は受け流す。


 体勢を崩されながらも、朔矢は強引に腕力で横薙ぎの剣を放った。

 己が全てを賭した、渾身の一撃。

 文句なしに言い切れる、本当の全力。


 それを志紀が耐え、返し刃で一撃。

 それが、朔矢の見えている未来。

 お互い本気で戦った末の、迎えるべき果ての結末――。


 だが――。


 朔矢の斬撃により、志紀の剣はその腕から弾かれ、地面に落ちた。


「――え?」

 からんと、乾いた音。

 それに誰よりも驚いたのは朔矢だった。


 そんなわけがない。

 にいさんの実力ならあれくらい止められた。

 こんなことはあり得ない。

 他の人なら手汗が滑ったりということもあるが、ことにいさんだけはそれはあり得ない。

 なのになんで、なんでこんなことに――。

 

「……参った。朔矢、良い剣だった」

 終わった風な口調で、微笑を浮かべる志紀。


 違う、違う、違う……。

 違う違う違う違う違う違う違う違う。

 

 違う!


 終わってない。

 だってまだ、生きている。

 俺はまだ生きてしまっている!


 こんなことあるわけがない。

 あって良いわけがない。


 周りの歓声も、拍手も、兄の健闘の声も、全てが間違い。


 どうして、なんで。

 なんで俺がそれを受けている。

 にいさんが受けるべき賞賛が、何故俺が……。

 ただそれだけが頭の中を巡る。


「素晴らしき、戦いでした」

 そう言って、沙夜が頬を染め近寄って来る。

 二人の間を裂くように――。


 ふざけるな!


 だけど、朔矢は何も言えない。

 全力の死闘末の疲労感と、死さえも奪われた絶望による脱力。

 いまや、言葉を放つ余力さえ失っていた。


 朔矢の誤算はたった一つ。

 甘美な死に、目を奪われていたこと。


 冷静になって考えたら、わかることのはずだった。

『最愛の兄である志紀が、例え全力だろうとも愛しき弟、朔矢の命を奪うわけがない』


 紛れもなく、志紀は全力だった。

 だけど、朔矢の考える『死闘』の全力ではない。

 あくまで『競い合い』として、全力であった。


 だから、最初から死闘のつもりで戦っていた朔矢に敗れた。

 実力ではなく、気概の問題。

 気持ちで、朔矢は勝ってしまっていた。


 なんてことはない。

 誰よりも知っていたはずの志紀の《善性》を、朔矢は甘美な死という目先に囚われ忘れていた。

 ただ、それだけのことだった――。


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
殺すくらいなら負けるよね……でも、卑怯者、朔矢に力で及ばない、などと思われていそうだ……愛だ、愛なんだ、でもそれじゃあ救われないんだ……破滅が見たくてしょうがないのに破滅が怖い私を許して
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