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とある道場のいつもの日常

はじめましたの方ははじめまして。


そうでないかたは良く来て下さいました。

あらまきです。


新しいことに挑戦したくなり耽美系に走りました。

少々不安ですが、楽しんで頂けたら幸いです。


ちなみに私は執着的な、ねちっこい愛が大好きなのでそういう感じになります。

ただし肉体的接触は限りなく薄く、精神的なものをメインとしますのでねっちょりを期待した方は申し訳ありません。

代わりに男性でも問題なく読むことが出来るかと思います。


それと、私の趣味で申し訳ないのですが『BL長編にハッピーエンドは似合わない』と考えてますのである程度悲恋やビターになると思いますが、ご了承下さい。


では、長々とお付き合い頂きありがとうございました。

どうぞお楽しみください。





 振り下ろされる木刀の風切り音が、乾いた空気に小気味よく響く。

 朝焼けに染まる道場の庭で、十数名の訓練生たちが、声を張り上げながら素振りを繰り返していた。


「鬼に逢うては鬼を斬る! 悪に逢うては悪を斬る──!」

 叫びとともに、剣を振るう。

 彼らの額には、すでに滲んだ汗が光っていた。


 ──人の世には、陰の道を歩む者たちがいる。

 死者を操り、生者を蹂躙し、尊厳すらも踏みにじる術を使う冥府魔導の底に堕ちし欲深き邪悪。

 そいつらを断ち、世界に仄かな光を取り戻すこと。

 それが、彼ら道場剣士たちの務めだった。


 とはいえ──ここにいる剣士たちは皆、まだひよこですらない、卵のようなものだが。


 剣士たちを見回る男──道場の師範代の一人である『神代志紀』は、静かにその様子を見つめていた。

 二十代半ば。

 まだ若いが引き締まった体躯と鋭い目が、鍛錬の深さを物語っている。

 長く伸ばした黒髪を後ろで一つに括り、素朴な顔立ちに似合わぬほど、立ち姿は整っていた。


 しばらく門下生を監督したのち、志紀は小さくため息をつく。

 本来ならば、この時間にもう一人、師範代がいるはずだった。


「……またか」

 そう呟き、志紀は訓練生たちに休憩を命じる。

 庭に張り詰めていた空気が、ふっと緩んだ。


 それが自分への畏怖も含まれるということを知っている志紀は何とも言えない気持ちとなる。

 それでも、厳しさを和らげるつもりはまったくない。


 恐れられ、嫌われてでも、彼らを鍛えなければならない。

 少しでも、彼らが長く生きられるように――。




 訓練場の傍にある裏庭。

 そこから更に細く続く小道を進むと、朝日に照らされた一本の古木が現れる。

 その太い枝の上に、無造作に寝そべる人影があった。


 小柄で、可愛らしい顔をした男は目を細めすやすやと気持ちよさそうに朝日を浴びている。

 その様子は、まるで猫のようでさえあった。


 朔矢──。


 彼の柔らかな表情をみて、志紀はつい頬を緩める。

 だがすぐ、眉を寄せ困り顔になった。


 剣士であり、同じ師範代であり、幼い頃から兄弟のように育った存在。

 天才肌で自由奔放。

 気まぐれで、まるで手懐けられぬ獣のような男。

 彼は、志紀にとってそんな存在であった。


「朔矢、とうに時間は過ぎているぞ」

 低く、しかしどこか優しげな声で呼びかけると──


「にいさん!」

 眩しいほどの笑顔を浮かべ、朔矢が木の上から飛び降りてきた。

 普通なら大怪我では済まない高さだというのに、朔矢はふわりと宙を舞い、そのまま志紀に飛びつく。

 二人の体はごく自然に受け止め合い、地面に転がることすらなかった。


 ──もはや人間業とは思えない。


 志紀は、抱き留めた朔矢を見下ろしながら、心の奥でそう思う。

 天賦の才、あるいは、常軌を逸した何か。


 朔矢は志紀の顔に頬を擦りつけ、子犬のように甘えてくる。

 志紀はその頭に、ごつんとげんこつを落とした。

 罰も兼ね、やや強めに叩くと、朔矢は目尻に涙を浮かべ、頭を押さえる。

 それでも、彼は離れるそぶりを見せなかった。


 志紀は、今度は隠そうともせず、盛大にため息をついた。


 その様子を遠目に見ていた訓練生たちが、顔を見合わせ、苦笑を漏らす。


(……師範代たち、またやってるよ)


 そんな空気が流れるのも無理はない。

 この道場でも有数の実力者である二人が、兄弟のように、あるいはそれ以上に親しく接する光景は、日常茶飯事だった。


 本来、志紀は非常に厳格な男である。

 無断で訓練を休む者がいれば、門下生たちは震え上がるほどに叱責されるだろう。


 なのに朔矢に対しては、師範代の役割放棄に対しげんこつ一発のみ。

 あまりにも軽い対応に、門下生たちは『よほど弟分が可愛いのだろう』と思っていた。


 だが──付き合いの長い者は、違う理由だと知っている。


 志紀は、愛ゆえに甘くするような男ではない。

 むしろ、本当に大切な者ほど彼は人一倍厳しく接する。

 それが志紀のあり方だ。


 実際、志紀の自主訓練に朔矢は良く参加している。

 怠けた時間の倍以上は間違いなく訓練している。


 朔矢だけが志紀にとって例外なのは、相応の実力があるから。

 それに加えて、志紀がかつての彼を知っているからだ。

 すべてを失い、生気のない瞳で世界を見ていた、幼い頃の朔矢を──。

 あの姿を見たことがあるからこそ、誰も朔矢に強く言えなかった。




 志紀が朔矢と出会ったのは、十五年以上も昔。

 己が七つか八つの頃だった。


 この剣術道場『清嶺館』にやって来る者は、例外なく何らかの不幸を背負っている。

 なにせここは、剣術を教えるなど表向きの建前に過ぎず――『邪悪』を斬るためだけに存在する、人斬り組織だからだ。


 一応は、国防組織という体裁は整えている。

 だが実際その扱いは、使い捨ての駒と大差ない。

 それでも、誰かがやらねばならないことであった。


 この世界に、邪悪が蔓延る以上は……。


 そんな不幸な者の多い道場の中でも、朔矢は一際酷い不幸を背負い、この場所へと運び込まれてきた。


 彼の瞳には正気の光がなく、身じろぎ一つせず、言葉も発さない。

 笑うことも、泣くこともない。

 食事を前にしても腹は鳴らず、涎も流さず、どれだけ目が乾こうともまばたき一つ見せない。


 そこにいたのは、人間ではなく、人形だった。


 今の道場一のお調子者と言われる朔矢を知る者には、にわかには信じられないだろう。

 当時の彼は、まぎれもなく廃人だった。

 清嶺館の誰もが、『この子はもう駄目だ』と匙を投げた程に。


 何が彼をそうしたのか――それを知る者は、朔矢自身しかいない。

 大人たちが彼の出身地に赴いたとき、そこはすでに終焉の地獄と化していたからだ。


 燃え盛る劫火と進煙に決して負けていない、眩暈を覚える程酷い血の香り。

 青黒く変色した屍が動き回り、町を破壊し尽くす光景。

 清嶺館の歴戦の者たちでさえ、『今まで見た惨劇は、児戯に過ぎなかった』と語るほど、あまりに惨たらしい有様だった。


 特に――その町に暮らす朔矢にとっては、絶望するに十分すぎる出来事だっただろう。

 その暴れ回る屍たちは、すべて、かつて彼の知人であったのだから。


 なぜ、この世には清嶺館のような人斬り組織が必要なのか。

 なぜ、子供すらも戦いに駆り出さねばならないのか。


 全ては、こうした惨劇を生み出す『邪悪』が、この世に蔓延っているからに他ならない。


 人を『死鬼』へと変える悍ましい呪法――。

 それが、《陰奇術おんきじゅつ》。


 生きた肉体に呪いを植え付け、死してなお操る、異形の魔術。

 冥府魔道に堕ちた術士どもが振るう、邪悪の極み。


 そして朔矢は、直接術士の悪意を、目の前で、余すところなく見せつけられた。

 人の所業とは思えぬことを、人の道を捨てた外道の行いを、彼は体験した。


 あの町で彼だけが生き残ったのは、決して偶然ではない。

 朔矢は――あえて生かされた。

 主犯たる術士の、歪んだ悦楽のために。


 その間、どんな仕打ちを受けたのか。

 どんな絶望を味わったのか。

 想像するだに、おぞましい。


 だからこそ、大人たちは廃人となった彼を救うことを諦めた。


 これまで無数の命を救えず、取りこぼしてきた者たちである。

 彼らにとって、救えぬ者が出ることは常識だった。

 むしろ、これ以上苦しませぬために、いっそ介錯してやるべきではないか――そう思ってさえいた。


 だが、道場に暮らす子供たちは違った。

 挫折も、絶望も知らぬ子供たちは、朔矢が元に戻ると、無邪気に信じていた。

 自分達の仲間だと、子供達は朔矢を受け入れた。


『私は、藤守志紀と申します。君の名前は?』


 物言わぬ少年に、無邪気な少年はそう問いかけた。

 当然、返事はない。

 それでも志紀は、朔矢に対して、他の子と変わらぬ態度で接し続けた。


 天気が良いですね。

 散歩に行きませんか。

 食事に不満はありませんか?

 何か、欲しいものはありますか?


 まるで、それが当然であるかのように。

 ずっと、ずっと……。




 そして二年が経った。


 それは、大人たちにとって、奇跡以外の何ものでもなかった。


 廃人だったはずの少年が、今や、普通の子供のように笑い、言葉を交わしている。

 むしろ修行をサボったり食事をつまみ食いしたりと他の子以上に我儘で自由な存在になった。

 まるで、何も不幸なんてなかったかのような天真爛漫で純粋な少年に戻った。


 この奇跡を目の当たりにして、清嶺館の大人たちはようやく理解した。


 自分たちが命を削り、魂をすり減らしてまで護り、受け継いできたものは――。

 決して、無駄ではなかった。


 当たり前のように寄り添う二人。


 一人は、無邪気な笑顔を。

 一人は、ぎこちないながらも確かな温もりを。


 二人こそが、大人たちにとって、未来そのものであった。



ありがとうございました。

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