前編: 夢の中の人生
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
最初は幼き日、夢の中の僕はどこかヨーロッパ風の【王国】に暮らしていた。
世界中を旅して回ることに憧れてひたすら勉強し、とりわけ外国語と航海術、そして医学に関しては教師も唸らせるほどだった。
やがて若くして大きな商船のクルーに抜擢され、最初の航海へと出港する。
朝、子ども部屋のベッドで目覚めた僕は、あまりにもリアルな夢の内容から、しばらくどちらが現実なのか分からず戸惑ったものだ。
とは言え、それを改めて思い出そうとしてみても細部をまるで覚えておらず、すぐ我に返って激しく落胆することになったが……。
これ以来、この現実での夢が船乗りになったことは言うまでもないだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二度目に見たのは小学校の半ば。
内容は、前の夢の続き――出港した商船の航海中から始まっていた。
未曾有の大嵐に巻き込まれて船が難破するという非常事態から辛くも脱出し、漂流物にしがみついたまま流れ着いたのは、現実ではあり得ない場所だった。
小鳥ほどの大きさしかない小人たちが暮らし、絶えず花が咲き誇る常春の楽園【花の国】だ。
芳しい花の蜜と香りを摂取し、昨日を忘れ、明日を憂えず、享楽的に今だけを生きている小人たちと共に一年近く暮らした僕は、この国が抱える様々な問題に直面し、その多くを解決するに至った。
そして、最後は英雄巨人と讃えられながらヨットで海原へ旅立ったである。
このときは、目が覚めてからも長らく英雄気分に浮かされ、ガキ大将のようにはしゃいでいた記憶がある。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
三度目の夢は小学校を卒業する頃だ。
夢の僕は無事に故郷へと帰り着いていたが、冒険心が抑えきれず、新たな船に船医として雇われて二度目の航海へ乗り出す。
またも大嵐に見舞われるも、今度は座礁することなく陸地に漂着すれば。
そこは心も体も大きな異形の人々が暮らす広大な樹海【樹の国】だった。
大らかでのんびりとした空気に満ちたそこで、僕ら船員は何年もの間、快適に過ごさせてもらえはしたものの、実質的に見世物やペットのような生活に飽き、最後は自由を求めて全員で逃げ出すことになる。
目覚めた後、ひどくちっぽけになったような自分自身に落ち着かなかった。
周りの大人たちが実際以上の巨人に見えて仕方なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の夢を見るまで、当時は相当な間が空いたように感じられた。
四度目は中学三年生の受験勉強に臨んでいた頃のこと。
船主である豪商の娘と婚約して順風満帆な人生をしていた夢の僕は、箔付けに貿易船の船長として長距離航海へ乗り出すことになる。
この旅では数多くの国を巡ったが、始めに夢で訪れた二つの国は印象深い。
空飛ぶ船団に船ごと捕らわれ、曳航されていった天空に浮かぶ城【光の国】、それに植民地支配を受けている地上の貧民区【影の国】だ。
光の国により風雨と日光を完全に遮られてしまう状況にある影の国は、もはや生殺与奪の権を握られたも同然であった。
しかし、あらゆるものを搾取されながら、影の民は自らを幸福だと笑う。
幾世代にも及ぶ光の支配によって疾うに洗脳されてしまっていたのである。
この二国の状況を変えることは若輩の身ではどうあっても不可能だった。
夢から覚めた後、無力感に苛まれた僕は引き籠もり、高校受験に失敗した。
思い返せば、現実の僕はここから人生のレールを踏み外したのだろう。





