追放の余波①
<王国への帰還—馬車の中で>
陽が傾き始めた頃、一行を乗せた馬車が王都へと続く街道を進んでいた。馬車の中では、戦いの疲れを癒すように、仲間たちの笑い声が響いている。
「いやー、今回の遠征も骨が折れたな!」
ダリウスが豪快に笑いながら酒瓶を傾ける。
「ええ、本当に。でも、今回の成果は大きかったわ」
エレナが優雅に微笑む。彼女の言う通り、討伐した魔物の群れは強敵揃いだったが、それを退けたことで王国の領土は安全を取り戻した。
「俺たちの勝利ってわけだ!」
ゼノが満足げに笑う。彼の表情には、これまでの戦いを誇る自信が満ちていた。
「ゼノ、もう無理をしないでください。あなた、また怪我を隠してるでしょ?」
フローラが心配そうにゼノの腕に手を伸ばす。彼の戦闘服にはまだ小さな切り傷が残っていた。
「これくらい大したことねえよ。戦場じゃ、こんなの気にしてたら生き残れねえしな」
ゼノは軽く笑いながらフローラの手を振り払おうとしたが、彼女の手はしっかりとゼノの腕を握っていた。
「だめです。ちゃんと治療しないと、後で痛くなりますよ」
フローラの指先が光り、微かな癒しの魔法がゼノの傷口に染み込んでいく。
「はは、ありがとな。でも俺は大丈夫だから」
ゼノはそう言いながらも、彼女の気遣いを素直に受け入れた。
「そうよ、ゼノ。お前はこれから聖騎士になるんだからな」
ダリウスがにやりと笑いながら言うと、ゼノは少し得意げに肩をすくめた。
「まあ、当然だな。俺はこの王国のために戦うために召喚された勇者だ。それに、まもなく魔王が復活する。俺が聖騎士にならないで誰がなるって話だろ?」
馬車の中にはゼノの言葉に頷く仲間たちの声が響いた。しかし、レオンだけは窓の外を静かに見つめていた。
(……本当にそうなのか?)
ゼノは勇者として召喚され、聖騎士となるべく王国に迎えられた。しかし、彼には聖騎士に求められる『光属性への適正』がなかった。それを知っているのは、ごく一部の王宮の人間とレオンだけだった。レオンは勇者の成長の旅に同行する筆頭騎士だが同時にお目付け役も兼ねていた。
胸の奥に嫌な予感が重くのしかかる。
(王国はゼノを聖騎士として選ばないかもしれない……だとしたら、この先何が起こる?)
ゼノの無邪気な笑顔を見つめながら、レオンは言いようのない不安を抱えていた。
王国に戻れば、いよいよ聖騎士の任命が待っている——ゼノはそう信じて疑っていなかった。
「それにしても、ついにゼノが正式に聖騎士に選ばれるんだろうな」
ダリウスが肩を叩くと、ゼノは少し照れくさそうに笑った。
「まあ、順当にいけばな。王国のために戦ってきたんだ。ここで認められなかったら、俺は何のために戦ってきたのかわからねえ」
そう言いながら、ゼノはレオンの方を見た。
「なあ、レオン?」
レオンは曖昧に微笑んだが、心の奥には拭いきれない不安が渦巻いていた。
(ゼノ、お前はまだ知らないんだ……)
王都へ帰るこの道が、ゼノにとって最後の穏やかな旅路になることを。
馬車は王国の門へと近づいていく——