とまる…
目の前でガツガツと食べているアを見て、なぜか無性に腹が立ってきた。さっきまで「食事は必要ない」と言っていたくせに、今や豚よりも食っているじゃないか。
「おい、お前さっき女神は食事がいらないって言ってなかったか?」
「ん?私…(もぐもぐ)…そんなこと言ったっけ?」
「え?」
よく考えると、確かにそんなことは言っていなかったかもしれない。
「まあね(もぐ)、確かに必要ないのは事実だけど。ただ(ごくん)、食べるのは私の趣味なのよ。」
「……」
ダメな女神だ、こいつは間違いなくダメな女神だ。
俺はため息をついて、自分のカレーを食べ始めた。
「……うまい。」
「でしょ!」
お前が作ったわけでもないのに、なぜそんなに誇らしげなんだ……?
冒険者ギルドを出た頃には、すでに深夜に差し掛かっていた。街の人通りはかなり減り、酔っ払いと薄着の女性たちが目立ち始めていた。
「ん……」
「……」
「宿、どこにあったっけ?」
「……」
「おい。」
「クソ女神……」
「え、なに?!今聞こえたぞ!もう一回言ってみろ!」
俺の服の襟を掴んでガクガク揺さぶってくる。
「いや、何でもない。ギルドに戻って聞くか。」
「むぅ……」
俺たちはバカみたいに、さっき出たばかりのギルドに戻った。
「いらっしゃいま……にゃ?」
「えっと……近くに宿ってありますか?」
俺の言葉を聞いた瞬間、猫耳受付嬢の顔に満面の笑みが広がり、耳がピンと立った。
お前、本当に猫か……?
「にゃっ!ギルド宿泊所がおすすめにゃ!超お得にゃ、しかもダブルベッドにゃ!さぁさぁ、行くにゃ!上の階にゃ……そうそう、この階段を上がってにゃ……はいはい、この部屋にゃ!鍵はここにゃ!24時間お湯も出るにゃ~!それでは、ごゆっくりにゃにゃにゃ!」
ドアが閉まった。
「「……」」
俺とダメ女神は、部屋の中に取り残された。
「……おかしい。」
「そりゃおかしいよな。」
部屋の中をざっと見回す。全体的に高級感がある。詳しくはないが、インテリアはどことなく上品な雰囲気を醸し出していた。木材はまるで元の世界の紅木のようで、彫刻の技術も流れるように美しいが、決して過剰な装飾ではない。
「……案外、良い宿なのかもな。」俺はベッドに飛び乗った。
「おい、勝手にベッドに寝転がるなよ!普通こういう時って、どっちが床で寝るか押し付け合うもんじゃないの?」
「お前に決まってるだろ。」
「は?最低、人間のクズ。」
「そもそも、女神は寝る必要ないんじゃないか?」
「私、そんなこと言った?」
「言ってない。」
彼女も俺に倣って、ベッドに寝転がった。
「このベッド、私がいただくわ。」
「おやおや?どうするかな?どう考えても、最後に負けるのはお前だろうけど。」
俺は汚れた上着を脱いで、(たぶん猫耳受付嬢が……今度ダメ女神に名前を聞かせよう)整えられた布団に潜り込んだ。
「ふふ……そうかしら?それはどうかしらね?」
彼女も寝間着に着替え、不敵な笑みを浮かべながら布団に潜り込んできた。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
ヤバい、めっちゃ気まずい。
俺はちらりと彼女を見た。その瞬間、視線が合ってしまい、慌てて顔を背ける。彼女の顔は真っ赤になっていた。俺も、たぶん同じだろう。
突然、部屋の灯りがだんだんと暗くなり、最後には完全に消えた。
……すごいな、これ自動消灯か。
「ね、寝るぞ。」
「お、おう。」
なんとなく流れに身を任せてしまった。完全に雰囲気に負けた形だ。
俺は彼女に背を向けて、目を閉じた。彼女の不器用さを思い出しながら、彼女を女性として意識しないよう努めるのだった。
そういえば、今日は本当にいろんなことがあったな。昼間は森をうろつき、夕方に街へ入り、公会に行って、飯を食って、最後には同じベッドで寝る羽目になった。このポンコツ女神、時々賢いくせに、時々とんでもなくバカだ。
頭の中に、また彼女がいじめられていた時の姿が浮かんできた。
「ぷっ…」
「何笑ってるの?」
「いや、なんでもない。」
……
頭の中で、何度も何度も彼女の姿がよぎる。
ダメだ、全然眠れねえ。
なのに、当の本人は隣で小さな寝息を立てながら熟睡している。
……
夜中、ようやく眠りにつこうとした時だった。後ろから突然腕が伸びてきて、俺の体をガッチリとホールド。そして、顔を俺の背中にすり寄せてきた。
「カレー……えへへ……いいにおい…」
お前、どんだけカレー好きなんだよ!
てか、コイツ寝相悪すぎだろ!!
………………
もう限界だったので、俺は思い切って寝返りを打ち、彼女と向き合った。
「わっ! 近い近い近い…む…ちゅ…っ……かぁ……」
彼女は俺の顔を抱きしめると、まるで赤ん坊がミルクを吸うように俺の唇を吸い、口の中の唾液を飲み込んでいく。さらには、足まで絡めてきて俺の動きを封じ込めた。
「ん……む……おいし……ちゅ……」
俺は必死に彼女の腕を振りほどこうとしたが、ありえないほどの力で押さえ込まれ、まったく身動きが取れなかった。
完全に抵抗を諦めた俺は、彼女が約30分間もキスを続けた後、ようやく深い眠りにつくのを見届けた。しかし、俺は未だに彼女にがっちり抱きつかれたままだった。
……なんかもう、彼女のイメージが崩壊したせいか、逆にあっさり寝落ちしてしまった。
………
朝になった。
コイツはまだ寝ているが、腕の力はだいぶ弱まっていた。
俺はそっと彼女の腕を外し、静かにベッドを抜け出した。上着を羽織り、洗面所で顔を洗う。
……うわ、やっぱりクマできてる。
そういえば、昨日は風呂に入ってないな。どこかに風呂屋でもないか、後で聞いてみるか。
部屋を出て、廊下を抜け、階下の食堂(というか公会?)へと向かう。朝食を食べに来た冒険者たちで、店内は意外と賑わっていた。視線を巡らせると、笑顔で料理を運んでいるミャウちゃんの姿を見つけた。
「おはようニャ~。昨晩は……ん? どうやらあまり寝てないみたいニャ……? ……にゃうにゃうにゃう♪」
またしても、すべてを察したようなニヤニヤ顔で笑い始めるミャウちゃん。
「はぁ……いや、たぶん……そういうんじゃない……と思う、多分。」
「えぇ~? そうニャ?」
「と、とにかく、昨日の宿代を聞きたいんだが。」
彼女は満面の笑みを浮かべ、恐ろしい言葉を口にした。
「12枚の金貨ニャ~♪」
「じゅ、12……枚……の金貨?」
「ニャフフ、720枚の銀貨ニャ! これだけの高級部屋なら、他の宿よりもずっとお得ニャ♪」
「え、じゃあ、昨日の食事代は20枚の銅貨だったよな?」
「そうニャ、昨日の食事なら大体2160回分ニャ♪」
えっと、計算すると……銅貨1枚=約40円、金銀銅の換算比は60倍だから……
1泊172万円!?
「なぁ……ここの人たちの平均月収って、どのくらいなんだ?」
「大体、金貨2枚くらいかニャ?」
「……」
「え?お前、なんでここにいるの?」
無邪気な女神が階下へと降りてきた。
「にゃふふ~、昨日はよく眠れたかニャ?」
「うん……すっごくよく眠れたよ!」
「なるほどニャ、なるほどニャ♪」
「なあ、本当に12枚の金貨なのか?」
俺は意味不明な会話をしている二人を遮った。
「うん。」
「え?」アネさはまだ状況を理解しきれていないようだ。
「ふふん、うちの宿は一流ニャ! 貴族様がこの街に来る時は、必ずうちを選ぶニャ!」
「ま、待って……12枚の金貨……?」
再起動完了。
「そうニャ?」
「終わったあああああああ!!!!!」
「にゃ? にゃにゃ? どうしたニャ?」
「うぅぅぅぅ……俺……売られる……うぅぅぅ……」
「にゃ?」
「全部、お前のせいだろ……」
「にゃ?」
「にゃーって言うな!」
「でも、私は猫娘ニャ……」
彼女は不機嫌そうに耳をしょんぼりさせた。——可愛いな、おい。いや、犬かよ!?
「わ、悪かったよ。好きにしろ。」
「にゃっふふ~♪」
彼女はすぐに機嫌を直した。
俺は、俺たちの未来(借金返済)に不安を感じた。
♪~