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冒険者ギルドの登録騒動


街に着いた頃には、すでに夜は深まっていた。道中、運よくスライム数匹にしか遭遇しなかった。ぷるぷるしていて、なんとも可愛らしい。俺は特に気にも留めなかったが、アネさは気に入ったのか、何度も振り返っていた。


城門をくぐると、町の中は明かりに照らされ、活気に満ちていた。俺はナンパ男から宿や重要な施設の場所を聞き出し、適当にあしらって追い払った。


ちなみに、彼の名前はベンジー。俺の名前は鳥巣道人。そして、哀れなアネさは、ベンジーのしつこい質問(という名の拷問)に耐えきれず、自分の名前を明かしてしまった。


彼が去っていく背中を見つめながら、俺はなぜかほんの少しだけ寂しさを感じた。……まあ、彼は俺がこの世界に来てから、初めて出会った現地人だったからな。


「ねぇ、これからどうする?宿探す?それとも先に飯?」


「女神って食事が必要なのか?」


「……お前が食べるんでしょ?」


「ふむ、やはり優しい人だな……」


「な、なんだよ急に……」


「ただ、もうちょっと賢ければよかったのに。」


「黙れ。」


俺たちは街をぶらぶらと歩いた。アネさの横顔を見ると、ワクワクしながらも周囲に興味津々で、どこか慎重な様子だった。まるで旅行に来た妹のようだ。……そうか、女神も結局は女の子なんだな。


そういえば、妹はどうしてるんだろう? 俺と一緒に転移してきたはずだけど、もし勇者だったら、それなりに良い生活を送っているんじゃないか?


そんなことを考えながら歩いていると、気づけば俺たちは冒険者ギルドの前に立っていた。


「ちょっと、ここで登録してみるか?お前、金なくて飯食えなくなっても俺は知らんぞ?」


「できれば働きたいんだけどな。モンスターなんて狩れないし。」


「ハーレム作る男ってみんな強いんじゃないの?なんか、龍の字がつくやつとか……」


「はい登録行きます!」


「ほんと、わかりやすい男ね。」


彼女はくすっと笑った。


ギルドの扉を開けると、中は騒がしく、まさに定番のギルド酒場といった雰囲気だった。とりあえずカウンターを探して……あそこか。


周囲の冒険者たちが俺たちをちらっと見てくるが、絡んでくる者はいない。……なるほどな。この世界では、必死に生き残らなきゃいけない奴らばかりで、無駄に喧嘩を売る暇なんてないってことか。


「いらっしゃいませ~!初めてのお客様ですかニャ? 初めてなら、おすすめの『ギルド特製カレー』を試してみるといいニャ♪」


カウンターの奥には、満面の笑みを浮かべた猫耳の受付嬢がいた。


「なるほど、猫娘か……なら、断る理由はないな。」


「じゃあ、二人分頼むわ。」


「了解ニャ~!少々お待ちくださいニャ!」


「待て待て待て待て!展開が違うだろ!!何しにギルド来たんだよ!(飯食いに)違うわ!! それにギルドの受付って注文窓口だったっけ!?(一応会計窓口もあるけど)いや、違う違う違う!!! あぁあああもう、俺の頭がどうにかなりそうだ!!」


「「……」」


「すみませ~ん、もう一…皿…ブヒッ……」


空気の読めない客が、沈黙を破ってしまった。


「……コホン、と、とにかく!俺たちは冒険者登録をしに来たんだ! ここでできるよな?」


「ニャ?」


「ニャじゃねぇ!ギルドって冒険者の管理しないのかよ!?」


「ニャ……いや、最近平和すぎて、全然依頼が来ないニャ。それに、冒険者って大変ニャ。危険ばかりで、報酬は少なく、暇もなく、恋人もできないニャ。二人とも本当に登録するニャ? 稼ぎたいなら、ギルドで働いたほうがマシニャ。人手不足でちょうどよかったニャ。女の子なら料理を覚えるのもアリニャ。」


アネさは少し考えた後、俺の腕を肘で小突いた。


「どうする?」


「わからん。でも、なんとなく冒険者にならないとイベントが発生しない気がする。」


「……まあ、あんたの直感を信じてみるわ。」


え、お前キャラ変わった?


彼女は受付嬢に向き直り、きっぱりと言った。


「それでも、ひとまず登録するわ。別に損はないでしょ。」


「ふむ……まあ、そうニャね。登録料は一人銀貨一枚ニャ。」


「意外と高いな。」


「でしょニャ。」受付嬢は書類を取り出しながら答えた。


「字が書けない場合は、口頭で教えてくれれば代筆するニャ。なお、情報は秘密厳守ニャ。もし見られたくなければ、セルフ記入もOKニャ。」


「……」アネさは少し考え込んだ。


「まずは名前ニャ。……あなたは?」


「鳥巣道人。」


「鳥巣道人、っと。そちらの方は?」


「アネさ。」


「了解ニャ!二人とも、戦闘経験はあるニャ?」


「ない。」「ないわ。」


「……ニャ?」


受付嬢は不思議そうに首をかしげた。


──


アネさは身分を誤魔化すために「神職」と記入した。


「さて、最後のステップニャ! こっちを見て、写真を撮るニャ!」


「おお、写真まで撮るのか。」


「当然ニャ!じゃないと証明書の顔写真はどうやって載せるニャ?」


「なるほど。」


──


「はい、あとは審査待ちニャ。すぐ終わるニャ~……あ、来たニャ!……ごめんニャ、ちょっとお客さん対応するニャ。そのうちここから証明書が出てくるはずニャ。ただ、もし申請が不備だったら元の用紙がそのまま戻ってくるニャ。」


「「……おぉ」」


受付嬢が指さしたのは、見た目はプリンターのような、しかし材質は黒水晶のような不思議な機械だった。


俺はそれを見ながら、ため息をついた。


──


しばらくすると、機械が緑色に光り、俺の証明書と申請用紙が吐き出された。


……なるほど、なかなか儀式めいているな。


その直後、機械が赤く光り、アネさの申請用紙が吐き出された。


「なんでよ!!」


「ハハハハハ!さすが……痛っ、やめろ、殴るな!」


「チッ……もういいわ。冒険者なんてやらない。あんた一人で働きなさいよ。」


「いやいや、ちょっと待て。とりあえず、お前の申請用紙を見せろ。」


……


読めない。


けれど、名前の欄らしき場所が俺のと並んでいるのは分かった。


……よし、いけるな。


俺は自分の証明書を参考にしながら、空白の欄に適当に字を埋め、それを再び機械に投入した。


──


機械が緑に光る。


「通った。」


「え?何したの?」


「いや、これからは『アネさ・チョウカ』な。」


「ち、チョウカ……?………………えっ?」


彼女は俺の手からカードを奪い、自分の証明書と見比べる。


「うわあああああああああ!!!」


その場にしゃがみ込み、頭を抱えて泣き出した。


「うぅぅ……私はもう……汚れてしまった……」


「ただいまニャ……ニャニャ?これは何があったニャ?」


受付嬢が状況を見て驚き、眉をひそめて俺を指差した。


「女の子を泣かせるのは、男の責任ニャ。」


「いやいや、これは俺の……せい…………かもしれないな。」


「ならば、ちゃんと慰めるニャ!」


「ぐっ……」反論の余地なし。仕方なく、俺はため息をつき、彼女に近づいた。


「えーっと……その?」俺は彼女の肩を軽く叩く。


「うわああああああ!全部あんたのせいよ!こんな鬼畜なことされて、私はもう……結婚できない……いや、違う……その…………うわあああああ!!!」


さらに号泣。


受付嬢は俺を呆れたように見つめ、そっとアネさの手元を覗き込んだ。


それを見た瞬間、彼女はすべてを察したようで、口元を押さえて震え始めた。


「……にゃ、にゃふふふ……にゃ、にゃう……」


必死に笑いをこらえているが、耳も尻尾も嬉しそうにピクピク動いている。


……フワフワしてて、ちょっと触りたいな。いっそ嫁にしようか。


ん?なんか今、頭が一瞬クリアになった気が……?いや、気のせいか。


──


しばらくして、受付嬢は限界に達したのか、しゃがみ込みながらアネさの背中を優しく撫でた。


「ほらほら、そんなに気にすることじゃないニャ。大したことじゃないニャ?」


……おお、泣き止んだ。何か神秘的な力でもあるのか?


「いや……これ……そんな簡単に済むことじゃ……ないんだけど…………でも……あ、ありがとう……」


「気にしないニャ。」


……いや、待てよ?なんか二人の会話がかみ合ってない気がするんだが?


俺はこっそり受付嬢の猫耳に近づき、小声で聞いた。


「お前、彼女がなんで泣いてるか分かってるのか?」


「そりゃ、結婚バレしたからニャ。これから証明書を出すたびに、周りにバレるニャ?正直、こんなに良い旦那さんがいるなんて羨ましいニャ……私なんか、まだ独り身ニャ……」


──これは、とんでもない誤解が生まれてしまったな。

私、頑張ろう(哭)

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