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3/7

ある男

「失敗した……完全に道に迷った……!」


 とある山奥で、遭難した男が汗をだらだらと流しながら焦っていた。


 髭を剃る余裕がなかったようで、無精髭が生えてしまい若干老けて見える三十歳ほどの男。更に地味な色合いの服はあちこち破れているので、外見はかなりみすぼらしい。


 そしてこの周辺ではあまり見かけない短い黒髪黒目だが、中肉中背で多くの人間が凡人そうだと評するだろう。


「薬草を取りに来たら大事に……」


 さてこの男、各地を巡る行商の様なことをしているのだが、薬草を探し求めた末に山で遭難していた。


「ちょっとヤバいぞ……川が近くに……ありそうな気はするんだけど……これ死ぬかも……あ」


 食料はなく、川も見つけることもできていない状況はほぼ詰んでいると言っていい。


 死の危惧は意識が朦朧としていくことで現実になり始め、湿った大地は倒れた男を柔らかく受け止めた。


「あれ?」


 ぱちりと目を覚ました男は、見覚えのない天井を認識すると疑問の声を漏らし、首だけを左右に振って状況を確認しようとした。


「ん? 起きたか。お前さん、一人でなにしてたんだ?」


 すると少し離れた場所に、青い布を頭に巻き付けた青年が床に座っていて、目が覚めた男に首を傾げながら尋ねた。


「薬草を探してたら遭難しちゃいました」


「ははあ」


「助けていただいて本当にありがとうございます。このご恩は死んでもお返ししますので」


「重いなおい」


 男は簡素な寝床から起き上がるとそのまま頭を下げるが、青年の方は妙に重い恩返し宣言に少し引いたようだった。


「青布族の方ですか?」


「ああそうだ。名前はルーク。よろしくな」


 青年の名はルーク。まさにこれからが最盛期だと言わんばかりに逞しい若者で、巻き付けた布と同じ青い瞳が意思に比例するかのように強く輝いている。


「ケントです。こちらこそよろしくお願いします」


 一方、助けられた男もケントと名乗り、ルークには全く及ばない緩んだ雰囲気を全身から醸し出していた。


 そしてケントの口から発せられた青布族と言う単語だが、これは見た目通り体の一部に青い布を巻き付ける習慣を持った者達の総称だ。


 歴史を紐解けば祖先があちこちで揉めたため、古い教えを厳守しているような者達から忌避されていたが、それは千年以上も前の話であり、現代で気にするような者はほぼいなかった。


 ほぼ。


「確か、三日後くらいに街へ買い出しに行く連中がいるはずだから、引っ付いて山から下りるといい。それまでうちにいていいぞ」


「なにからなにまで本当にありがとうございます」


「それでなんだが……三十日くらいしたら結婚でな。ちょっと忙しくて落ち着けないと思う」


「結婚?」


「俺が」


「おめでとうございます!」


 照れたようなルークが頬を掻きながら自分の事情を伝えると、恩人の慶事を知ったケントは心の底から祝福した。


(弱ったなあ。手持ちがなにもないぞ。すぐ街で金を工面しないと)


 ただ、喜びの言葉だけでは終われないのが大人だ。ましてや命の恩人が結婚すると言うのに、ケントは送れる物を持っておらず途方に暮れ、準備が整い次第なんとか街で金を工面する算段を立てた。


「あ、目が覚めたのね」


「こんな山の中で倒れるとはなあ」


 それから少し。ケントが外に出て日の光を浴びようとしたら、子供を連れた夫婦と出くわした。どうやら、ケントが山の中で倒れていたことを知っているらしい。


 そして自己紹介の挨拶を終えると夫婦の子供がケントを見上げて尋ねる。


「おじさんどこから来たのー?」


「お兄さんは遠い遠い海の果て。日本って国が故郷なんだ」


「へー」


 ケントにはどうも譲れない一線があるらしく、お兄さんと訂正しながら自身の故郷について話したが、両親の食いつきの方がよかった。


「なに? 海を渡って来たのか?」


「どんなところなの?」


「平和なところですよ。島国ですので独特な文化が発展して、武士って人達がいたり、神官もお坊さんって呼ばれたり」


「ほうほう」


 このようにケントが故郷について話すと、そう大きくない集落ではあっという間に噂が広がり、尾鰭が付きまくった。


「ルークが拾ってきた男だが、海の果てからやって来た冒険家らしい」


「黒髪黒目なんて初めて見たからな」


「遠方の港町にはいると聞いたことがあるから、やっぱりかなり遠くから来たんだ」


 具体的には山で遭難した男が、未知を求めて大冒険している男に早変わりしたのだ。


(さあて困ったぞ)


 同じ様なことは何度も経験しているケントだが、今回もまた困ってしまった。


 詳しく故郷のことを話すと荒唐無稽で妄言の類だと思われるため、それほどおかしくない範囲で話してはいるのだが、その知識がかなりあやふやで深く突っ込まれたくないのだ。


 そして最終的に、なんだかよく分からないがとても独特な国からやって来た異邦人。という結論に落ち着くのがいつもの流れだった。


(おや? 彼女がルークさんと結婚される方かな?)


 ケントは当たり障りのない故郷の話をしている最中、遠くでルークと仲が良さそうに話している女性を見つけ、彼女が結婚相手なのではないかと考えた。


 ルークと同じような青い布を頭に巻いた女性は純朴そうで、時折見せる笑顔は太陽の様な明るさだった。


(いいところだなあ)


 ケントは人々の雰囲気を感じ取り穏やかな気持ちになる。


 切羽詰まって余裕がない村や、人間関係が拗れに拗れた村は多いが、この地はそういったものがなかった。


 畑仕事をしている夫婦。薪割りをしている男。転んだ子供を抱き寄せる母。当たり前であるべき光景が当たり前でないことをケントは知っている。


「あ、水汲みですか? 手伝いますよ」


「そりゃ助かるよ。近くに川に行くから一緒に来ておくれ」


「はい」


 村人からの質問が収まると、ケントは水瓶を抱えた女性と手伝っている年長の子供達を見かけて同行することにした。


「おじさん、超人百傑に会ったことある?」


「うん。お兄さんは何人かに会ったことあるよ」


「え⁉ 本当⁉」


「山を吹っ飛ばせるの⁉」


「空を飛べるって聞いたことがある!」


「できる人はいるねえ」


「すげえ!」


 その同行している年長の子供達は好奇心が勝るようで、川に向かう途中でよく話題になる人間達に会ったことがあるかと質問し、ケントが頷いたことで興奮し始める。


 良くも悪くも様々な逸話を持つ超人達は、余程の秘境でもない限り興味の対象で、特に色々と夢を見ることができる若者達にとっては憧れとも言えた。


「まあ……超人百傑には犯罪者も普通にいるから気を付けてね」


「なんかおっかねえ話を聞くよ」


「百年前の奴は街を火の海に変えたとか聞いたけど本当かなあ」


 そんな超人も決して善人ばかりという訳ではなく、身に染みているケントはしみじみと呟く。


「さて、お喋りはおしまいだよ。うん?」


 そうこう言っているうちに川は辿り着いた一行は水を汲もうとして……首を傾げた。


 下流の河原から、山に全く相応しくない全身鎧を着た人間がやって来ているではないか。その唐突な非日常の光景は一行の頭に疑問符を溢れさせたが、ケントだけは行動に移した。


「すいませーん! どうされましたー?」


 完全武装している四人に、ケントは能天気な声を発しながら駆け寄る。


 肩に刃が食い込む。背骨にも、胸骨にも、内臓にも。そして刃は空気に触れる。


 川の水に鮮血が混じる。


 ケントの上半身と下半身が斜めにずれて倒れ伏す。


 一瞬の凶行。


 だがケントの顔には、ああやっぱりな。という表情が浮かんでいた。


 偶にいるのだ。昔の教えを忠実に守って青布族を忌避するどころか、駆除すべき害虫や害獣以下だと断言するような者達が。


 そして、青布族と一緒にいるだけで罪のある者達だとみなす連中が、これからもっと酷いことをするのは目に見えていたから、ケントはそれを阻止することに決めた。


 ルークとは半日も経っていない関係。十分。


 知っているのは近いうちに結婚することだけ。十分。


 命を助けてもらったのなら十分すぎる。


 未来はない。ここから先はない。このまま騎士達が悪逆を働くという仮定すらない。


【死は終わりではない】


 命の恩人への誓いを果たすため、妄念に取りつかれた愚か者を一人、命が尽きない無限地獄へ引きずり込んだ。


「え?」


 聖なる騎士を自称する男。ケントを切り捨てたネイサンの手にはなにもなかった。


 積み上げた修練も、輝く武器も、友情も、絆も。


 築き上げてきた全てが単なる積み木だった。


「え?」


 無限回廊に囚われた十代中頃の青年は、自宅の粗末なベッドの上で目が覚めた。

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主人公がなんで精神保ってるのか謎だぁ~
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