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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

腕下くぐりんしゃい

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 腕下くぐりんしゃい、という文句、つぶらやくんは聞いたことあるかい?

 意味的には「腕下を、くぐりなさい」とのことだけど、発音するときはひといきに、「腕下くぐりんしゃい」という。

 実はこれ、僕の地元にあらわれることがある、妖怪のたぐいだというんだ。

 僕たちの世代ではめったに現れることはないが、ちょうどお父さんやお母さんの世代だと、存在がまことしやかにささやかれた。


 当時に比べると、情報の伝達が非常に早い。

 そのスピードも、話の変遷も、だ。

 中にはずっと語り継がれるような有名な話もあるけど、そのぶんマイナーな話は、存在感が失せるのもスピーディーだ。

 いずれは妖怪たちもメインなものばかりが知られ、少数派は駆逐されていくのかなあ。なんだか寂しい気持ちだよ。

 そのぶん、こーちゃんとかがこうして書き記すネタにしてもらえれば、それもありがたいことなのかな?

 興味があったら、聞いてみないかい?


 腕下くぐりんしゃいが出た、という話は、今から20年くらい前だったという。

 父さんの通う学校で、腕下くぐりんしゃいに遭ったと騒ぐ下級生が現れたのだとか。

 また聞きになるけれど、その話によれば昨日の下校中に、その子はくぐりんしゃいに出くわしたのだという。

 帰り道のひとつになっている、お寺と住宅を囲うブロック塀によって、成される細道。

 夏場は寺に立つ大樹の一角が枝の腕を伸ばし、頭上高くに葉の生い茂るアーチを形成するが、冬になるとこの葉もすっかり枯れ落ちて、くすんだ茶色い枝を伸ばすばかり。

 その勢いも、たいていは塀の中へ引っ込みがちであり、いつもはさほど気にするようなものでもなかった。


 けれども、その子が通ったときには違った。

 塀に囲われる道を抜けるかと思った、直前。

 車のワイパーが動くように、自分の視界をにわかに上から下へ横切る影があった。

 それはすぐにまた飛び上がり、その子の頭上へのぼっていく。

 反射的にそれを追いかけた子供が見たのは、先まであった枝たちとは明らかに違う、しわをたっぷりと浮かばせた、老人の腕だったという。


 人間のそれにしては、あまりに長すぎる。

 寺の塀から隣の塀へ、ゆうに届かせながら、その根元にいるだろう腕の持ち主の姿が見えない。

 長い腕はそのまま、見えない幕をずらすかのように、頭上を前方から後方へ向けて大きく空を横切る動きを見せる。

 それはちょうど、真下にいるその子を、腕の下へくぐらせるかのような動きにも思えたのだとか。


 とたん、子供はどどっと雨に打たれたかのように、全身を無数のつぶてに叩かれる感触に襲われた。

 服も肌も髪も、どこも汚れた様子はない。けれども、殴打されたような痛みと、身体のだるさ。

 そしてつい鼻をひくつかせてしまう、ギンナンに似た香りが、たちまち身体中を覆いつくしたんだ。


 その子は夢中で家へ逃げ帰る。その間も、痛みとだるさとギンナンの臭いは健在で、待っていた親へも、早口で説明していく。

 しかし、家族の誰も、彼からするはずのギンナンの臭いを感じ取ることはできなかったんだ。いくら鼻を寄せても、嗅覚は彼の訴えるような異常を感知してはくれない。

 けれども、彼の見た一部始終を知ったなら、大人の誰もが答えたんだ。

「腕下くぐりんしゃい」の仕業だろう、と。



 その子が声を大にして学校中へ触れ回ったのも、知る人への周知のためだという。

 とはいえ、そのくぐりんしゃいが大ごとであるなら、すでに親から学校へ報せていそうなものだ。

 実際、その日の最初のコマは、全体集会。それもレクリエーションになったよ。

「ロンドン橋落ちた」のゲーム、君は知っているかい?

 いわゆる関所遊び歌の一種だね。

 代表者二名が手をつなぎ、アーチを作って、他の子たちがロンドン橋落ちたの歌を歌いながら、その中をくぐっていく。

 そうして、歌の終わりに腕のアーチを落とすことで、ひと区切り。このとき、たまたま腕の中にいた子と、アーチ役を交代していく……というものだ。


 しかし、こいつは単なる遊びにとどまらない。

 腕下くぐりんしゃいが出たと報せが受けたとき、それがウソかまことか、見極めて対策をするためのものらしいんだ。

 学年ごとに分かれて実施する運びとなった、このゲーム。歌の終わる間際になると、捕まるまいと歌や歩きのペースを乱すヤツが現れるのは、お約束。

 が、それらの意図を越えて、橋役の作ったロンドン橋を「落とし続ける」ヤツがいたのさ。


 くだんの、くぐりんしゃいの被害に遭ったと自称する子も、そのひとりだった。

 彼が橋役のもうけた、腕のアーチをくぐろうとすると、決まって橋役は腕を下ろし、彼を通行止めにしてしまう。

 いじわるをしているわけじゃない。橋役を担当する子たちは、勝手に腕が落ちてしまうのだと、訴えてはばからない。

 誰に代わっても、決まって彼は崩れる橋にとらえられてしまい、先へ進むことはかなわなかったよ。


 そして学年を別にする人にも、同じような者があらわれる。

 父さん自身も、その一人だった。

 歌の途中にもかかわらず、動きをせき止められるから、食らうほうとしては不愉快の極みさ。

 が、くぐりんしゃいの被害は感染する。その被害に遭った者は人間の本能が、そいつをやすやすとくぐらせまいとしてしまうのだとか。


 くぐりんしゃいがくぐらせるのは、この世とあの世のはざまのトンネル。

 はじめの内は薄くとも、やがては通る面積が増え、色濃く口を開けていく。そうして通り切ってしまったときに、社会的には突然死を迎えるのだとか。

 その相性があまりに良いのが、僕たちなのだと。


 空き教室に通された僕たちを出迎えてくれたものを見て、つい目を丸くしてしまったよ。

 理科室にあるような、骨格標本と人体模型。

 普段、理科室で見るよりも大きく、3メートル近くあるそれらは、向かい合って肩を組むような格好でもって、教室の入口に立っていた。

 両者の身体を使ったアーチ。しかも彼らは汗のように、全身からぽたりぽたりと、透明な液体を垂らして、床へいくつか水たまりを作っていたらしい。

 そこをくぐるように、父さんたちは指示をされたんだ。


 そうして、自分たちの異状をたちまち思い知ることになる。

 彼らのアーチをくぐるや、どっと冷水を浴びせられた心地がした。

 シャワーというより、大きなバケツをひっくり返され、真っ向から中身を受け止めたかのようだ。

 それとともに、身体から足元へ矢継ぎ早に落ちていくのは、手のひら大の土団子。

 肥やし玉のような臭いを放つそれらは、そこかしこがひびわれて、内側から小さなイトミミズらしき連中の顔を出させたが、長くは続かない。

 アーチを通り抜けてしまうと、それらはウソのように消え去ってしまうからだ。

 父さん以外の面々も驚いた顔をしていたそうだから、父さんと同じようなものが見え、体験したに違いない。

 全員がくぐり終わった後、じっとアーチを設け続けていた骨格標本と人体模型が、たっぷりと垂らしていた水滴も止まっている。

 それどころか、床にたっぷり浮かんでいた水たまりも、すっかりなくなっていたのだとか。


 その後、彼らはいずこかへかたされたのだけど、父さんは学校中を回っても、再び彼らを見つけることはできなかったらしい。

 例のお寺の道は、しばらく生徒の通行を禁止されるも、くぐりんしゃい自身はまたよそで急に姿を見せるかもしれず。

 そのときにはまた、すぐ先生たちへ報せるように注意が促されたとか。

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