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24時間充電して3分限定の魔法人形。

作者: くれは

ひっそりと、少しだけ改良しました。

「それじゃあ、今日も魔法ネットショッピング漁りますか~」


 朝の7時にも関わらず、既に外の気温が30度を越える暑い夏の日。

 今日も朝から面倒なゴミ出しをして、その熱気に眉を寄せた。



 学校の方針で、朝7時までに起床を定められている高校一年の俺、不動要(ふどうかなめ)は、22時に寝て6時に起きるという健康男児である。


 しかも、学校が遠いという理由でボロアパートだが、高校生の憧れである一人暮らしを満喫していた。


 男で一人暮らしをしていると言ったらクラス中の女子からカッコイイと言われるほど、ポイントが高い。

 そうでなくても、俺は勉強以外は褒められる逸材だと思っている。


 それは、入学した高校は容姿端麗なことと魔法適正のあることが必須条件だから。

 母さんに「アンタは勉強が駄目だけど、お父さんに似て顔はまぁまぁだと思うから、受験してみたら」と言われて受けたのは正解だったと今なら言える。

 それから、高校デビューで黒だった色を、アッシュグレーに染めた。

 黒髪の奴は少なかったから、俺みたいな奴が多いんだろう。


 それにしても……まさか魔法適正も上位の成績だとは思わなかったが――。



「さ〜てと、掘り出し物はないかねぇ……」


 昨日から夏休みに突入した俺は、朝から暇な一日を有意義に過ごしている。

 一人暮らし最高ー!!


 ネットサーフィンをするように、ノートパソコンを目の前にカチカチと軽快にマウスを鳴らす。


 そんな俺はベッドに寝転がりながら励んでいた。

 魔法文明によって、誰かが浮遊魔導具を作ってくれたおかげで、寝ながらでも有意義にパソコンが使える。


 実をいうと、魔法学校ではタッチパネルが使えた。しかも、本当に凄いのは良くあるスマホのデッカイ版じゃない。何もない空間に、透明な画面が標示されるSFに出てくるアレ。


 まぁ、小遣いすら手元に一万円(諭吉)しかない俺が持っているわけがない。


「えっ……これ、破格じゃん!?」


 脳みそを使わずに流すように画面を見つめていた俺の目に、赤い字でセール中という文字が横切っていく。

 直ぐにスクロールで戻すと、【魔法人形(・・・・)】と書かれていた。


「えっ、嘘だろ!? これ、去年モデルだぞ!?」



 ハイスペック去年モデル。数量限定セール販売!

 1体限り!!



 当然だけど残り1点と書かれているのを見て、俺は詳細を開くことなくポチッた。


 まさか、俺の一万円(諭吉)が紙切れになるとは考えもしないで――。



* * *


 この世界には魔素(まそ)が溢れていた。

 だけど、それを魔力として扱えるのは魔法生物と呼ばれる人間以外の未知の生物だけである。


 そう思っていた人類に変化が起きたのは約50年前。

 俺が生まれた街には、数千年前から魔法樹(まほうじゅ)という魔素(まそ)を生み出している巨大な木がある。

 それが大地震を引き起こして成長した。


 そのとき吹き荒れた魔素(まそ)を吸った人間も魔力を得る。

 人類は大きな天災によって大きく成長し、あるモノ(・・・・)が生まれた。


 それは『魔法人形(・・・・)


 今まで利便性を考えて生み出されてきた機械文明を大きく変えた。



 まぁ、その反面魔法人形は高額で、俺のような学生には到底手が出せない。今はまだ金持ちにしか普及していないわけだ。



 そうして今日も魔法ネットショッピングを(たぎ)らせた結果、念願の魔法人形(・・・・)がこの手に!

 今から届くのが待ち遠しい。




 それから数日が経ったある朝、今日も魔法ネットショッピングに勤しむ俺は、インターホンの音でベッドから飛び起きる。

 最近購入した商品は、一つしかない!


「待ってましたー!」


 夏休みに入ったが、学校外で遊ぶ友人のいない寂しい俺は、半引きこもりと化している。

 月の小遣いとは別に、生活費として仕送りをしてもらっている金は、自炊なんてするわけもなく、ネット注文出来る弁当に消えていた。



 玄関に置かれたままのダンボール箱に視線を向ける。

 さっきの宅配業者が軽々と大人一人入っていそうな長方形のダンボール箱を担いできたが、本当に魔法人形が入っているのだろうか。


 玄関で開けるのもどうかと部屋に運ぼうとして両手で持ち上げると軽くて目を見開いた。


「えっ……本当に、俺の魔法人形入ってるのかよ。サイズとか見てなかったけど、まさか子供型とか」


 魔法人形にも、子供と成人が存在する。いや、確か子供型は店舗販売しか認められてなかったはずだ。

 生身の子供に不埒(ふらち)な真似を出来ない変態が購入して、犯罪者が増えると母親たちから叩かれたことで、店舗販売で個人情報に加え、独身は男女共に買えない決まりになっている。



 部屋に戻って直ぐに開封すると、中には包装紙に包まれた、成人型の魔法人形が入っていた。

 ホッとしたと同時に包装紙を取り払った瞬間、心臓が跳ね上がる。


 その姿は、寝ている人間の少女にしか見えない。

 容姿端麗なクラスメイトの女子よりも、目を奪われるほどキレイだった――。


「――ハッ! 脳がバグってた……。こんなにキレイな人形だとは思わなかった」


 触れてもいいものか、思わず辺りをキョロキョロと見回してから両手を肩に添えて持ち上げると、身体全体がダンボール箱から抜ける。

 軽すぎて驚く暇もなく、ツルッと手からすり抜けて落下する魔法人形を、スライディングするように背中でキャッチした。


「あっぶな! 軽すぎだろ!? 魔法人形って、人間と変わらないはずじゃ?」


 ゆっくりと這うようにして抜け出ると、座るような形で床に置かれた魔法人形をマジマジと見つめる。

 ハッと思い出した俺は、ダンボール箱を漁って説明書を取り出した。


「なになに。魔力が無く稼働していない魔法人形は、羽根のように軽い……。臭いセリフだな。今どき言う奴はいないだろう」


 初めての魔法人形ということもあって、彼女を放置して説明書を読みふけること30分。

 ある程度理解すると前に向き直る。ちょこんと体育座りとなった魔法人形に再び目を奪われた。


「――本当にキレイだ……。えーっと、届いたら初期設定をするんだっけ? 先ずは、充電だな」


 初期設定をするにも充電が0%じゃ、なんの反応もしない。

 再びダンボール箱を漁ると充電コードを見つけた。説明書に書いてあった左耳を覗くと差口がある。

 魔法人形なのに充電はコードで、電気に流れている微量の魔力を、(コア)に流し込むらしい。


 良くある背中じゃなくて良かったと思う反面、服を脱がしてみたいという男の欲望もあった。

 いや、断じて眠っている女性に対して、(よこしま)な行動はしないと誓う。


 ただ、考えるだけは許してほしい。



 改めて魔法人形を眺めると、ちょうど腰辺りまで伸びた艶のある黒髪が、三編みに束ねられツインテールになっている。

 俺と違って癖のないストレートヘアーだ。前髪は真っ直ぐ揃えられていて、目を瞑っていても分かる端正な顔立ち。


 容姿端麗な魔法人形が生まれたのもまだ新しく、需要によって今ではポンポン作られている。


「確か、若き天才児が生み出した……だったか? あのとき、俺も13歳で中等部になったばかりだったからなぁ」


 次の工程を確認して、初期不良がないか確認のため、人間にしか見えない魔法人形の目を開けさせないといけないらしい。


「うわぁー……眼科の先生にやられたことはあったけど、自ら他人にやることになるなんて……」


 これは、一気にやるべきだろう。


 俺がされるなら一度に片付けてほしい!


 親指と薬指を使って両目を開けると、ガラス玉の透明な空色をしたキレイな瞳があった。

 それに、さっきも感じたけど……。金属と同じ冷たさがある。

 よく見ると肌も血色がないため、透き通っているように錯覚するほど白い。


 座っているから身長は分からないけど、さすがに174cmの俺よりは低いと信じている。


 服は最初から着させてくれていて安心した。

 黒地に白いフリルがついたメイド服。頭にも同じフリルのカチューシャをつけていた。

 黒いハイソックスが少しだけ色っぽくみえるのは気のせいだろう……。


「あっ……見惚れて充電忘れてた。24時間充電しなきゃいけないのは、面倒だよなぁ。せめて12時間だろう」


 24時間充電させて、6時間稼働すると書かれていた。スマホとかみたいに残量を残して、再充電は可能らしく、上手く使いこなす方法も書いてある。


「まぁ、そうじゃなくちゃ高級な魔法人形をメイドさん代わりに買わないよなぁ……」


 主な役割は、家事全般。俺が格安で購入した、この魔法人形はハイスペックだと話題になった去年の(かた)らしく、家事全般に加えてボディーガードもしてくれるらしい。


 ――万能すぎる。


 それが、なんでセール品で一万円(諭吉)という破格だったのか。

 少しだけ不安がよぎる。


 でも、見た目がこんなにキレイなんだから偽物ではないはずだ。

 ただ、売り主も匿名(とくめい)だったんだよな。うーん。


 考えていても仕方ないから、俺は動かない彼女をベッドの横に移動させると充電コードを左耳に挿す。


「本当に軽いな。あっ、初期設定も忘れてた。えーっと、先ずは……魔法人形の名前をつける、と」


 名前かぁ。候補として、何か――。


「そうだ。確か首元に、シリアル・ナンバーが書いてあるって……あった! それと、型番……」


 充電したまま魔法人形を横に向けると、少しだけ髪を上げ、うなじを露わにする。金色で印字された番号があった。

 さてと……。シリアル・ナンバーは――007!?


 7号機、みたいなものだよな?

 本当に掘り出し物? それとも、そもそも造られた数が少ない説もあるのか。


「型番は……HS30-MICT。んー……ミコト? ミ……ソラ。ミソラにしよう! MICTのミに、空のようにキレイな瞳で、ミソラだ」


『――接続されました……』


「うわっ!? な、なんだよ、今の」


 どこからともなく脳内に直接声が響いたような感覚に、驚いて尻もちをつく。

 すると目の前が急に暗くなり、流れるように左から文字が現れた。


「Name……? あっ――」


 Nameと書かれた場所に、ミソラが入力された。

 いや、この空間? 脳内なのか? どうなっているんだ。


 暗い空間に、シリアル・ナンバーと同じ金の文字で、説明書と同じ文言が書かれていく様子を眺める。


「――さすが、魔法人形。驚くことばかりだけど……。えーっと、次は、自分の一人称か〜。やっぱり、ここは……私だろう」


 声と言うよりは脳で考えたことに反応するように、文字が書き込まれていった。


 面白すぎる!

 あー……でも、この暗闇は正直少し怖い――。


 サクサク決めて、脱出を図ろう!


「えーっと、俺の呼び方……。ここは、無難に(かなめ)様っと。あと〜。……えっ? ノーマルモードと、アダルトモード――」


 暗闇の空間が俺の妄想を後押ししているような。

 思わず、脳内でアダルトモードを念じてみる。


 ブー


 頭の中で、警戒音が鳴った。

 これは良くある駄目なやつ。


『――アダルトモードは、18歳以上限定です。ご主人様は、未成年のためご利用出来ません……』


「あっ……。魔法ネットショッピング! 年齢登録してるから、引っかかったのか。えっ? 一度設定したら、変えられない!?」


 クソがーーー!!


 いや、決して大人的なことを想像していたわけじゃないぞ。

 ただ、出来心で……。俺も、思春期の健康男児だから!


 感覚もなく実際は分からないが、俺はガックリと肩を落とす。

 そのままノーマルモードと念じて、次に充電が切れた際の自動充電をオンにした。

 それから一日のスケジュール管理が出てきて、夏休みモードに設定する。


「よし、最後は……。えっ、声も変えられるのかー。そういえば、度々聞こえてきた声……初期の声なんだ。よし、このままで!」


『――入力を完了致しますか?』


 脳内で完了と強く念じると、再び視界が開けるように部屋が見えてきた。

 少しの間、目眩のような感覚に襲われて魔法人形こと、ミソラ(・・・)の隣で壁を背にボーッとする。



 何分経ったか、ポケットに入れていたスマホを取り出して確認すると、30分も経過していた。

 ゆっくりと身体を起こすが、24時間経たないと目を覚まさないミソラに、今日も普通の日常を送る。




 翌日の朝、ミソラを充電したのは10時頃だったため、時計の秒針を今か今かと眺めた。


「3、2、1! 起動!」


『――初めまして、おはようございます、(かなめ)様。貴方様の魔法人形、ミソラでございます……。どうぞ宜しくお願い致します』


「思っていた以上に、感動が凄い押し寄せてくるな。あっ、初めまして……と、おはよう。ミソラ。改めて、今日から宜しく!」


 透き通ったキレイな空色の瞳が開くと、ミソラは立ち上がる。その両目に見つめられただけで、心臓が飛び跳ねるような感覚に襲われた。

 自己紹介も終わったことで、今日のスケジュールについて訪ねようとした時、ミソラが妙な動きを始める。


 それは、自動充電をしようとする動きだった。


「えっ……ミソラ?」


『申し訳……ござ、いません……充電が、間に合い――』


 ドサッ


 金属音を鳴らして、床に倒れ込むミソラに駆け寄ると充電が切れたことを表すように身体が軽い。


 俺は、ミソラを抱えたまま思考が停止した。


「嘘だろ!? ふざけんなー! 問い合わせ番号……」


 身体は軽いが、金属のような冷たさのミソラを定位置に戻して充電コードを耳に挿す。

 直ぐに問い合わせに電話をかけると繋がった。


「魔法人形取り扱い店、マジックドールです。この度は、当店の商品をお買い上げいただき誠に有難うございま〜す」

「あの……数日前に購入した、セール品の魔法人形なんですが、稼働して数分もしない内に停止したんですが。故障ですか?」

「あー、型番HS30-MICTですか〜。高性能なんですが、そのせいで3分(・・)で充電切れちゃうんで、型落ちなんですよー。見ませんでしたか?」


 俺は食い入るように購入履歴を確認する。注意書きの端っこに書いてある他の文字の何倍も小さな文言を見つけた。


 ドーン!!!


 衝撃のあまり、俺の脳内で鈍い音が鳴り響く。当然、幻聴だ……。


 だが、説明書には『24時間充電したら6時間使えます』と書いてある。

 つまり、インチキだ!


「大変申し訳ございませんが、お客様の都合による返品は不可となっておりますので、ご了承くださいませ〜」

「あっ……ちょっと!」


 プチッ


 普通、店側が電話を切るか!?

 つか、3分って言ったか?


 思わず店に電話した時間を表示させる。10時03分……。


「――カップラーメンかよ!!」


 怒りのあまり続けざまに、消費者センターに訴えようと電話番号を探すが、ふと眠っているミソラに目を奪われる。


 冷静に考えて俺は電話をかけるのを辞めた。俺の一万円(諭吉)が紙切れになるか、ミソラが処分されるかの二択しかない。


「当然、紙切れを選ぶに決まってんだろう!!」


 また24時間経たないと起動出来ないミソラを横目に、再びベッドへ寝転がって今更ながら、去年のハイスペック魔法人形について調べ始める。

 直ぐに出てきたのは、忌々(いまいま)しく感じる宣伝文句の広告だった。



 家事から、ボディーガードまで、なんでも出来る! 魔法人形、ハイスペックモデルが新登場〜!



「――どこにも、3分のみって書いてねぇ。えーっと、発売当初は500万円!? 嘘だろッ。限定10体。なるほど……。つまり、7体目であってたわけか」


 その後からは、批判のツイートや掲示板で溢れかえっている。

 しかも、1体を残し9体の魔法人形は回収されて、010番以外は廃棄処分と書かれていた。


 思わず顔が曇る中、横に眠るミソラに情が湧く。まだ3分しか話せていないのに……。そもそも、挨拶も交わしたと言っていいのかすら怪しかった。


「――500万円が、1万円になったからとかじゃないけど……。俺は捨てないからな、ミソラ」


 それから有益な情報はないかとネットサーフィンをしていて、批評家掲示板というサイトに目が留まる。

 匿名で意見交換する良くある掲示板の一つだ。


 クリックして中を覗くと、つい最近新しい書き込みがされている。




1 名前:匿名:2023/05/24(水) 00:58:04 ID:55KusHel62

あーあ。本当に最低最悪だったなー。しかも、あんな可愛い子ちゃん達、廃棄処分とか意味不明ー。


148 名前:匿名:2024/06/10(月) 22:40:00 ID:08AimBgp13

無機質なカノジョは超一級品……。


149 名前:匿名:2024/07/22(月) 07:07:07 ID:55KusHel62

まだ見てる人いる~?


150 名前:匿名:2024/07/22(月) 07:07:17 ID:38TektFa72

いるいるー。もしかして、最近セール品で出て来て、今日買われたアレ?


151 名前:匿名:2024/07/22(月) 07:07:07 ID:55KusHel62

そうそう。アレには驚いたし、出品者匿名だしで、絶対嘘だと思ったし、1万円紙くずにする奴いるのかよーって思ったらウケたわ。


152 名前:匿名:2024/07/22(月) 07:07:47 ID:82OmsILi90

>>150 アレ、1日経過して見守ってたけど、無知な奴もいるんだねー。


153 名前:匿名:2024/07/22(月) 07:08:17 ID:38TektFa72

元500万って言っても、1万も大事だよなー。




 その通り……。

 無知とは、俺のことだーーー!!!


 魔法ネットショッピングを疑うこともせずにポチったのは、この俺。

 数日前に、このスレッドを覗いていたら購入していなかった気がする。

 そう思うと、見なくて良かったかも……と、今なら思えなくはない。


 見ていたら、ミソラと出会えなかったから。

 それくらい、高校生で貧乏人な俺にとって1万円(諭吉)はデカい。




154 名前:匿名:2024/07/22(月) 07:07:07 ID:38TektFa72

購入された日から逆算して、そろそろ届いてるだろうし今頃、紙切れになった1万円に泣いてそ~。




 泣いてるよ! 泣けなしの1万円(諭吉)

 あと少ししたら呼べなくなる1万円(諭吉)に対しても、悲しくなってきた。




155 名前:匿名:2024/07/22(月) 07:07:17 ID:82OmsIL90

言えてるー。特定班とかいる~?今、ダメなんだっけ?魔法の規則半端ないよなー。


156 名前:匿名:2024/07/22(月) 07:07:07 ID:55KusHel62

分かるわー。魔法って便利だけど、犯罪者増えたしねー。


157 名前:匿名:2024/07/22(月) 07:07:47 ID:82OmsIL90

俺も、透明になれる魔法とか使えたら、覗きしまくってるわ~。




 特定班とか、恐ろしいこと言ってるし……。それに、コイツらクソだな。


 それなのに、俺のスクロールは止まらない。少しでも何か情報が欲しくて、最新になっている一番下までスクロールする。




189 名前:匿名:2024/07/24(水) 05:50:07 ID:46YoNde49

つか、この購入者。絶対、大人じゃないだろー。


190 名前:匿名:2024/07/24(水) 06:32:16 ID:31AsobB50

あー。分かる分かる。きっと、高校デビューとかしちゃって、女子のポイント取りたかったんだよー。


191 名前:匿名:2024/07/24(水) 07:07:17 ID:38TektFa72

言ってやるな。可哀想だろ?


192 名前:匿名:2024/07/24(水) 07:07:07 ID:55KusHel62

wwwwwwww


193 名前:匿名:2024/07/24(水) 07:07:47 ID:82OmsIL90

3分で何出来るんだろうな~?ちょっとだけ、興味あるわー。




 そうだよ!


 俺の通っている魔法学校は、顔面偏差値高い奴しかいないんだよ!

 俺よりイケメンな奴らが多い中で、魔法人形っていう、普通の高校生じゃ手に入らないアイテムで、ポイントを上げてカワイイ彼女を作る予定が……。


 それにしても、ミソラを見るまではカワイイ女の子が好みだったけど……。美人な子もいいなと思った。


「有益な情報はなかったけど。3分で、何が出来るかか……。よし! ミソラも明日まで動かないし、考えてみるかー」


 それから、スケジュールはオフにする。3分じゃ、何も出来ないから。




 翌日の朝、まだ08時00分ということもあってミソラは充電中。

 その間に、俺は性懲りもなく魔法ネットショッピングで購入をポチっていた。もちろん、ベッドに寝転がって。


「――つい、ポチってしまった。悪いのは、この右手だ」


 俺が今回ポチったのは、魔法人形専用機器。見た目はスマホと変わらなくて、主な使い方は日記らしい。

 それから、開発者の有り難い話が定期的に送られてくることと――。

 まさかの、専用アプリで魔法ネットショッピング限定だけど、ポイントが貯まるという(うた)い文句付き!


 いや、今回は騙されていない。

 5千円したけど。しかも商品名が『推ししか勝たん!』っていうセンスの欠片もないが……。


 今どきオタクでもこんなこと言う奴は、そういないだろう。


「あー……生活費から出したから、今週はもやし生活だ」


 送料無料で速達可能だったため、明日届くのが楽しみだ。

 ポイントを貯めるためにも、届いたら速攻で日記を書こう。



 そろそろ10時を回るから、ミソラが稼働可能になる時間。

 あの掲示板でもあったように、3分で出来ることかぁ。まったく浮かばなくて考えていない。


 寝転がったまま横を向くと、充電が完了した合図なのか、微かに黄色く光っていることに気がついた。

 多分、魔力の粒子みたいなもの。


 俺は、少しだけ確かめたいことがあった。ベッドから降りて、充電コードを抜かずミソラに近づくと、床についた手のひらに触れてみる。


「うわっ! やっぱり、思ったとおりだ……人間の皮膚みたいな柔らかさがある」


 魔力があるときだけ稼働出来て、重たくなる構造。基本的には、金属のように冷たい身体に変わりはないが……。

 目を覚ましたミソラの身体と、再び眠ってしまった身体に違いがある気がして。

 勝手に確認した空色の瞳も、白い身体にも、温かみを感じたんだ。


「それにしても、良く出来てるよなー。これ以上、触るのは止めよう。今のも、確認しただけだから!」


 誰もいない部屋で、俺は眠ったままのミソラに言い訳をする。

 ハイスペックなだけあって、眠ったままでも俺の声が聞こえている可能性も無くはない。

 初期設定のときだって、起動していなかったし、充電も開始したばかりで、あの芸当だ。

 魔法は凄い力で、まだ研究も進んでいない現在(いま)、怖くもある。


「よし、一つ思いついたことをやってみるか。ミソラ、起動!」


 空色の両目が開かれると、自分で耳の充電コードを引き抜いて立ち上がるミソラは、高速で挨拶を始めた。


『要様、本日はどのような仕事をしたら宜しいでしょうか?』


「うわー……高速すぎて、俺の脳みそが処理しきれなくて何言ってるか、全然分からん!」


 うーんうーんと悩んでいる暇も与えてくれず、タイムリミットは訪れる。


『そろそろ充電が切れそうです。充電を開始――』


 再び言葉が途切れると、昨日と同じくドサッと音を立てて床に倒れるミソラに、自然とため息が漏れた。

 高速での会話は駄目、と。


 再び意識を失って軽くなったミソラを定位置に戻す。重かったら一苦労だから、この設定は有り難い。

 魔法人形なんて一生購入出来ないと思っていたから、ハイスペックじゃない普通のも同じ材質なんだろうか……。


 話す速度を普通に設定し直して、再び充電コードを左耳に挿し込む。


「でも、3分とはいえ起動させて、少しでも話をしたいからなぁ。あ、そうだ。最初の挨拶を省こう」


 挨拶モードオフがあったのを思い出して変更した。ミソラが停止すると同時に、俺の日がな1日も終わる。




 今日は朝から楽しみにしている例の『推ししか勝たん!』が来る日。

 毎日魔法ネットショッピングか、夏休みの勉強しかやることがない、高校一年の俺。暇だけど暇じゃない!


 夏休みが始まってから、週に一度は外出もすることに決めている。

 健康男児だからな。


 インターホンが鳴ると、思わず部屋から駆け出して荷物を受け取って緩む表情でベッドに転がる。

 スマホサイズの商品だけあって、小さなダンボール箱を開けると、載っていた写真と同じシルバーのスマホより少し小振りな機械が入っていた。


 説明書は簡単だったため、半分充電されているらしく直ぐに起動させる。


「おっ……本当に専用アプリしか入ってないな。しかも、専用のネットにしか繋がってないから、他のことは出来ないと」


 俺に、5千円の価値を示してくれ!

 なんせ、今日からモヤシ生活なんだ!


 キッチンの隅っこにある昨日購入した黒モヤシが詰まったダンボール箱を想像する。

 今日は炒めモヤシでいいか。母さんが調味料だけは前に置いていってくれて感謝しかない。


 アプリを起動させると、ご丁寧に日記、写真、掲示板、メール、ポイントと書かれたリンクがある。

 掲示板は、情報共有らしく、このスマホを購入した奴らが、昨日パソコンで見たような会話をしていた。


 ――俺の話題は……ない。


 メールは、例の開発者からの有り難い話か。あとは、不具合の問い合わせくらい。


 早速、日記を開いて書き込みを始める。




ミソラ日記

7月27日(土) 09:05

今日は、人生でも初めての日記を書く。日記の名前は、魔法人形の名前である『ミソラ日記』

型番の頭文字と、透き通るような空色の瞳から取って、ミソラっていう名前にした。

女の子に名前をつけるなんて、これも人生初だったが、我ながら良いセンスだと思っている。


実は、俺の魔法人形は、3分しか動かない。届いてから、今日で3日目だが、3分しか稼働しないのを知ったのは、初日。それから、昨日は話す速度を高速モードにしてみたけど、俺の脳みそがバグって聞き取れないほどで失敗に終わる。


今日は、どうしようかと考えながら彼女が起きる前に初めての日記を書いてみた。折角だから、このアプリにあるカメラで写真を取って載せてみることにする。




「よし、こんなところだろう。ってことで、今日はミソラが起動したら3分の間に写真を取りまくる!」


 あと1時間猶予が残されている間に、俺は部屋を整えて写真が撮れそうなマシな場所を探すことにした。



 それから1時間が経過して、ミソラを起動できる時間帯になる。

 俺は、直ぐに撮影ができるように整えたベッドの上に彼女を置いて、壁にはちょっとしたポスターを貼って誤魔化した。


 ハイスペックなだけあって、起動時のみ、魔法人形の姿勢についても設定出来るらしく、女の子座りをしたままと伝えている。


「よし……ミソラ、起動!」


 シャッターチャンスを逃すな!


 心の中で叫ぶと、専用アプリスマホをミソラに向ける。

 20枚連写モードがついているらしく、空色の瞳が開いた瞬間を狙ってタップした。


『――(かなめ)様、本日はいかが致しましょうか?』


 ――パシャパシャパシャ


 部屋に鳴り響く音に、ハイスペックの彼女は、魔法人形だから表情はないはずなのに、キョトンとして見える。


「あー……悪い、ミソラ。今日は撮影会だ! 実は、魔法人形専用アプリっていう機器を購入して、お前の日記を書くことにしたから」


『――魔法人形専用アプリ……検索中――そろそろ充電が切れ――』


 ミソラは検索と判断したようで、ハイスペックでも検索を完了したと同時に、充電が切れることが分かって伝えようとしてくるところが健気に感じてきた……。


 俺は再び目を閉じた眠り姫の寝顔も1枚だけ撮ると、連写した写真を確認して1枚を選ぶ。選んだ2枚を写真一覧に貼り付けて満足した。


 ミソラを定位置に戻して充電コードを挿すと、俺も定位置に戻る。

 すると、ポロンと可愛らしい音が専用スマホから流れてきて画面を確認して、ポイントのリンク右上に赤い点がついているのに気がついた。


 直ぐにリンクを開いてみると、40ポイントになっている。


「へぇ……直ぐにポイントになるんだなー。確か、日記が30ポイントで、写真が10ポイント……1日1回付与だったか」


 10ポイントで1円って書いてあったから。40ポイントってことは、4円……。

 でも、金であることには変わらない!


 人生初となる日記と写真を撮って小遣いを稼ぐぞー!




 そんなある日、ポロンという音がして2度寝をしていた俺は目を覚ます。

 あれから毎日ミソラと3分間、出来る限り会話をして二人で出来ることを増やそうと話していた。

 さすが、ハイスペックな魔法人形だけあって、AI機能のように学習していき、自分の置かれた状況を直ぐに理解する。


 相変わらず可愛らしい音に専用スマホを手にすると、メールに赤い点がついていた。

 つまり、約1週間経って開発者から有り難いメールが届いたらしい。


 眠たい目をこすり、メール画面を開くと『推ししか勝たん開発者』と名乗る人物からメールが届いていた。



個人的な要件になります。 13:08


推ししか勝たん開発者

宛先:oshisikakatan@dmail.jp 詳細


初めまして。『推ししか勝たん』開発者の古賀(こが)と申します。この度は、折り入ってお話させて頂きたいことがございましたので、個人的にご連絡させて頂きました。


もし宜しければ、ご都合が宜しい土日のどちらかにお会い出来ないでしょうか?

良い返答をお待ちしております。



「えっ……嘘だろ。どんなオタクかと思っていたら、まさかのアポイントのメール」


 こんな商品名をつけるオタクに、正直言って一切興味がないわけじゃない。

 そういえば、ポイントが貰える代わりに開発者には日記と、写真が閲覧可能だったっけ……?


 個人情報は、プライバシーポリシーで守られていると思っているけど。というか、魔法のおかげで個人情報を抜き取るのは難しくなったんだった。


 その代わりに、攻撃魔法とか、精神魔法とかによる犯罪は増えているけど。


「まぁ、推ししか勝たんとか言ってるようなオタクなら、無害だろう。明日でも大丈夫ですよ、と送信」


 夏休みの俺には、土日も関係ない。それよりも、有り難い話をしてくるということは、魔法人形に詳しいと言うことになる。

 買えない魔法人形すら関心のなかった俺にとって、情報収集するのに打って付けだ。


 もしかしたら、実際に魔法人形も持っているかもしれない。


「あっ、もう返信が来た……あっちも暇なんだなー。場所は、魔法学校の近くだぞ? まさか、同じ生徒か教職員だったりしてな」


 魔法学校の近くは、色んな魔法に関する施設があって退屈しないんだよなー。

 その一角で人気な『魔法人形の館』ねぇ……。筋金入りの、魔法人形オタクだわ。


「あー初めましてだから、目印は必要だよなー。んー……猫のキーホルダーっと」



 約束の時間は、昼にしてもらった。

 毎日恒例になっているミソラとの限定3分は貴重なのと、日記を書くため。

 ミソラ日記なんだから、ミソラと話をしないと意味がない。


 調べたところ店自体も開店が昼からのようで丁度良かった。カフェにしては昼からというのは珍しいけど。


 そんなこんなで、ミソラを起こす時間が来た。


 いつもは部屋着だけど、今日は出かけるため少しだけオシャレをしている。オタク男子と会うにしても、高校デビューをキメた俺は、普段着もそれなりじゃないといけない。


「ミソラ、起動!」


(かなめ)様、本日はとても素敵な御召し物をされていますね。どこかにお出かけですか? それでしたら、こちらもいかがでしょうか?』


「あっ! それ良いかも。実は、カバンはどうしようか悩んでたんだ。有難う、ミソラ」


 ミソラは3分という短い時間で賢明に俺の世話をしようとしてくれている。

 だけど、3分はあまりにも短い。


 カップラーメンを待つ3分は長く感じるのに、なんでだよ!


 直ぐにタイムリミットとなり、無表情にしか見えないはずなのに、ミソラの目は曇って見えた。


「ミソラ……」


『――(かなめ)様。充電を、お願――』


「最後の最後まで、俺の世話をしてくれようとして、自動充電が出来なかったんだよな……」


 今は、自動充電モードをオフにしている。

 それと、ミソラの定位置には絨毯(じゅうたん)を敷いたことで、もう倒れた際の金属音は聞こえない。


 ミソラの充電を済ませると、机に向かって専用スマホを手に取った。

 それから、ミソラが選んでくれた去年買った5千円の焦げ茶色のショルダーバッグを肩から下げて。


 今日の日記を書き終えると、もちろん写真も貼り付けてポイントを眺める。


「よしっ。そろそろ500ポイントが見えてきたぞ。それでも、50円か〜。モヤシは買えるな」



 約束時間の30分前になったことで、ミソラに「行ってきます」と声をかけて家を出た。

 この家は学校に近いからという理由で決めた、立地だけは悪くないボロアパート。


 だから、時間より10分早く魔法人形の館に辿(たど)り着くと、ドキドキしながら店内に入る。


「こんなオシャレなカフェに、俺みたいな田舎者が入っていいのか……」


 チリン――


 ドアを開けると今では珍しいベルの音が鳴った。

 すると、此処の主らしい黒髪の執事と足元に黒猫がいる。

 いや、この執事は人間じゃない。それに、この黒猫も。


『お坊ちゃま、お帰りなさいませ。どこかソワソワされていらっしゃるようにお見受けします。お待ちの方がいらっしゃるようでしたら、ドアから近い窓際の席が宜しいかと存じます』


「えっ……お坊ちゃま!? えーっと、この店は初めてで……待ち人もいます!」


『それでは、そちらへどうぞ。此処、魔法人形の館の支配人を任されております魔法人形の(わたくし)マリクと、黒猫のベルがご奉仕させて頂きます。ごゆるりと、ご堪能くださいませ』


 とても整った黒髪イケメンの魔法人形だった。まさか、猫まで。本物にしか見えない!

 うわー……猫は実家で飼ってるから、一人暮らししてから会えてないし触りてぇ!


 後ろ髪を引かれながら、勧められた窓際の席に座ると、視線の先に栗色の髪を風になびかせて外を歩く美少女が目に留まった。


『――お坊ちゃま、本日のメニューをお持ちしました』


 思わず目が釘付けになると、先ほどの魔法人形マリクに声をかけられる。

 慌ててメニューを受け取って思い出したように猫のキーホルダーをテーブルに置いた。


 その一連の最中、去っていくマリクの先にドアを開けて入ってくる、さっきの美少女に気がつくと心拍数が上がる。

 思わず2度見すると、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。


 心臓がバクバクと音をたてるように早くなる。

 いや、まさかな? 相手は、魔法人形とはいえ正真正銘のオタクだぞ……。


 これは決してオタクを馬鹿にしているわけじゃない。俺も猫オタクだ。

 家の食器棚には、猫のカップが大量にある。


「初めまして、魔法人形新米くん。前に座っても、いいかしら?」


 これは、俺が適当につけたペンネームみたいなものだった。

 予想もしなかった美少女に面食らう。まさかの魔法人形オタクは、美少女だった。


「あの、聞いてますの?」

「あっ! 悪い……まさか、()――。俺と年が変わらない女の子だとは思わなくてさ……」

「……なるほど。それは、言えてますの」


 話し方からもお嬢様感が出ていて、一般庶民な俺は上手い言葉を考える。

 これでお嬢様じゃなかったら、詐欺だ……。いや、オタク用語があるように、魔法人形になりきっている可能性も捨てきれない。


 俺は、立ったままだった彼女に席を勧めてから、おもむろにメニューを眺めて誤魔化す。

 すると、待ち人が来たと解釈したマリクが再び現れて彼女にメニューを渡していた。

 それに軽く対応をしている姿を見て、さすが魔法人形オタクだと感心する。


 そう思ったのだが……しばらく経っても、こちらを向かない彼女に身体を斜めにしてみて分かった。

 その表情と目は、明らかにうっとりとマリクに見惚れている。


「あー……悪いんだけど、今日呼んだ理由を……」

「ハッ! コホン。そうですの。魔法人形新米さん、貴方が所持している魔法人形は、もしかしなくても――HS30-MICTでなくって?」

「えっ……!? 俺の日記と、写真だけで分かったのか?」


 俺の驚きと裏腹に目の前にいる美少女は、分かりやすく口元を緩めていた。


 ――これは、俗にいうドヤ顔!


 昔、同級生の男子にやられたときイラッとした記憶しかなかったのに。美少女がやると嫌味にならないんだな。


「当然ですの。私を誰だと思っているのかしら? それで、本当に3分しか動きませんの?」

「あ、ああ……。販売元に聞いたら、同じことを言われて。あっちも把握済みだったみたいでさ。出品者は匿名だったから、完全に俺の落ち度だ」

「なるほど……。でも貴方は、その魔法人形を手放さなかった。さすがですの! そんな貴方に何か出来ないかと思って、お呼び出しさせていただきましたの」


 急に身を乗り出す美少女には、距離の近さに思わずドキッとする。

 窓から初めて見たときと同じ、思春期特有の恥ずかしさかもしれない。


 俺は反対にソファーの背に身体をつけて距離を取る。その行動に首を傾げる様子は男子との距離感をまったく分かっていない。


「どうかしましたの? それで、ミソラさんのことを一度拝見させていただきたいの!」

「えっ……ミソラを? って、話が進みすぎて……。君は、このアプリを作っただけじゃないのか?」

「私は、自分の趣味のために容姿端麗な魔法人形を生みだした開発者ですの!」


 彼女の完全なドヤ顔が決まる。

 開店して間もないことから、人の出入りが少なくて良かった。

 それと、この口調……絶対偽物(・・)だと思う。


 だけど、驚いて言葉を失った。

 まさか、ただの魔法人形オタクじゃなくて開発者だったなんて。

 つまり、最新の人形を作った第一人者みたいなものか?


 そこにいる黒猫のベルみたいに動物型が出来たのも10年くらい前の話。多くの魔法人形は、見た目より機能重視だった。


「そういえば、若き天才児って……。えっ、じゃあミソラを作ったのも?」

「そんな呼ばれ方もしましたの。ですが私は、あくまで土台を作ったまでですの。なので、初号機以外は丸投げしました」

「なるほど……。あっ、ついでに。その話し方って作ってるんだよな? 今、素が出てたし」


 そう口にした直後、壊れた家電製品のように肩を小刻みに震わせて、明らかに動揺してプルプルしている彼女に、禁句だったと思ったときには、時すでに遅し。

 と堅苦しい言葉が浮かぶ。


 気まずい空気が流れる中、苦し紛れにテーブルの端に置かれた備え付けの鈴でマリクを呼んだ。


『――本日のお食事は、お決まりですか? それとも、お飲み物だけにしますか?』


 マリクの低く透明感のある声と口調に少しだけ癒やされる。


「えっと……この、ベルの肉球クリームソーダで。彼女は、ま――」

「わ、私も同じものを……」


 俺の言葉を遮るように重ねられる声と視線に、心臓がバクバクするのを感じた。自分で爆弾を投下したとはいえ、なぜか後ろめたさがある。


『――かしこまりました』


 昼どきではあるが、初対面なのもあって食事はせずに別れる予定ではあった。

 『ベルの肉球クリームソーダ』とか、いつもなら食いつくはずなのに、今の俺にそんな余裕はない!


 メニュー表を回収されて、再び訪れる沈黙を破ったのは彼女だった。


「その……ナイショにして。それから、貴方……この近くにある魔法学校の生徒でしょう」

「えっ……!? あ、うん……。もしかしなくても、君もあそこの学生?」

「ええ、そうよ。この際だから、自己紹介をしましょうか。私の名前は、望月アリス……。母が、アリスと言う女の子の物語が好きで、つけたらしいの」


 言い訳のような説明をする間、目を泳がせる彼女にドキッと胸の高鳴りがする。


「そう、なんだ……。でも、とてもキレイで似合っていると思うよ? あっ、俺の名前は不動要(ふどうかなめ)。改めて、宜しく」


 今の俺、物凄い平常心を装っているぞ!


 未だに身体を揺らしてソワソワしてみえる彼女は、まったく気がついていないようだった。


「ふ、不動くんって言うのね……。その、有難う。実は、今日呼び出しておいて……一対一で男の人と話したことが殆どなかったから、不安だったんだけど。貴方みたいな人で良かった」

「えっ……!? そ、そうなのか。そういえば、学校で見かけたことがないけど、俺と同じ一年?」

「あっ……学校では、三編みツインテールで、伊達メガネをかけて誤魔化しているから……。ええ、私も一年よ」


 たまに聞く、学校とプライベートでは別人を装っている王道スタイル!

 でも、三編みツインテールはミソラも同じだけど、まったく(いん)の影はない。メガネ効果なのか……?


「これを飲み終えたら、不動くんの家に連れて行ってくれない?」

「えっ……? 今!? へ、部屋が散らかってるというか……。女の子を呼べる家じゃないというか……。ミソラも寝てるけど!」

「私は気にしないわ。男の人の家とか、行ったことがないから良し悪しも分からないし。見たいのはミソラちゃんの(コア)だから、寝ていた方がいいわ」


 俺も、女の子を家に招いたことすらしたことないけど。警戒心なさすぎだろう!?

 高校デビューした男子だぞ!?


 いや、俺は狼じゃないし……そもそも、こんな美少女を襲おうなんて勇気はない。


 運ばれてきて、まだ数分も経っていない『ベルの肉球クリームソーダ』は、猫の足形をしたガラスのグラスに注がれていて、クリームの部分も肉球の形をした斬新さだった。

 味も、まろやかで、こだわりのメロン果汁が50%も入っているだけあって濃厚でもある。

 だてに900円もしないわけだ。


「分かったよ。それじゃあ、この美味しいベルの肉球クリームソーダを堪能してから行こう。すぐ近くだからさ」

「えっ……そうなの? 一人暮らしなのよね? この近辺に、高校生が一人暮らしできるような低価格の物件なんてあったかしら……」

「あー……俺の住まいを見たら腰抜かすかもなー……。なんで、あの魔法学校、今は流行らないバイト禁止なのかねぇ」


 俺が通う魔法学校は、校則でバイトが禁止にされている。

 当初は意味が分からなかったが、安物件が見つかって良かった。


 それに今はもうバイトもない悠々自適ライフは辞められない。学校の寮もあるらしいが、窮屈な環境はまっぴらごめんだ。


「そ、そう……。なんだか、とても怖いのだけど。名門を謳っているから……魔法にも力を入れているからかしら? それに慈善活動で、支給される補助金もあるわ」

「あー、アレってそういうことだったのか。でも、二年生からだったよな? 魔法を上手く使いこなせないからとかかねぇ……」

「そうかもしれないわね。私も、本格的に魔法を習いだしたのは、中等部からだったわ」


 13歳の若き天才児は、彼女のことだったらしい。


 魔法人形の構造を理解して、新たにボディと中身を作っただけで凄いと思う。

 魔法文字を使って動かすシステムは誰でも扱えるものじゃない。それが、彼女が言う(コア)に当たる。


 俺たちは、ベルの肉球クリームソーダを飲み干すと、割り勘して俺の家に向かった。



 二階建ての屋根が青い古びたアパート。

 至るところが錆びていて、人が住んでいるように思えない街の外れにある。

 まぁ、右を曲がると直ぐに大通りだ。



 俺の家を見て、彼女が停止してから5分経つ。これが、ドン引きというやつだろうか……。

 怖くて彼女の顔を見られなかったが、手と足が同時に動くようなぎごちなさで、こちらを向く。


「その……古風ね。それで、貴方の部屋は……どこかしら」

「えーっと……俺しか、住民はいないんだけど。二階の一番奥だよ」

「そう……それは、賢明な判断ね。もしも、50年以上前のようなことがあったら、二階ならまだ――。ごめんなさい、案内お願いするわ」


 彼女なりの最大限の配慮だと分かると、今まで気にしていなかったのに、妙に恥ずかしい気持ちが湧き上がってきた。

 それに、今……崩壊の危険について問われた気がする。


 彼女の緊張が伝わってきて、自分の家に帰ってきたのに緊張感を漂わせて鍵を開けた。

 中もボロではあるが、外観よりはマシだと思っている。


 中に入ると直ぐに寝室兼リビングに向かった。普段から大した物がなくて良かったと思う。ミニマリストなど、カッコイイものではなく単純に、小遣いがないだけ。


「えっと……どうぞ。何もない部屋だけど……。あっ、そこにいるのがミソラ」

「――この子が、あの写真のミソラちゃん……! とてもキレイ。それじゃあ、早速だけど……貴方の(コア)を見させてもらうわね」


 電気をつけミソラを紹介すると、素早い動きで座り込む彼女に驚きつつキッチンに向かう。

 まさかの(コア)がある場所が、左目だったことには驚いた。


 ペットボトルのお茶を手に戻ると、電気の灯りに透かすように(コア)を眺めている。そんなので分かるのだろうかと、ド素人な俺は思った。

 直ぐに(コア)を戻した彼女が、物凄い勢いで迫ってきて思わず「ヒッ!」と情けない声がでる。


「あっ……ごめんなさい。興奮してつい。見る限りでは、(コア)に異常はなかったから。多分……魔力を(まかな)えていないのだと思うわ」

「なっ……なるほど? 充電以外に、直接魔力を流す方法とかはないんだな」

「魔法文明も、まだ新しい方だから……魔法人形に流し込む方法が確立されていないわ。直接魔力を流してはみたらしいけれど、浸透しなかったみたい」


 急に難しい話が始まって俺の脳みそが軽くオーバーヒートした。

 それに気がついたようで、それ以上の講義はない代わりに、スマホを手に写真を撮りまくる姿はオタクそのものといえる。


「今日は有難う……。とても、楽しかったわ。その、私たちって……トモダチ、よね?」

「えっ……!? あ、うん……。俺も楽しかったし、友達だと思ってくれるのなら嬉しいよ」

「ええ……私もよ。それじゃあ、今度は私の家に招待するわね。私の愛する初号機エーデルを紹介したいから」


 彼女は笑顔を浮かべ颯爽と帰って行った。



* * *



 実はアレから、家に招かれた俺は、初号機エーデルを紹介されて新たな扉を開きかける。


 彼女は、学校では変装していて友達が居なかったらしく、ボッチの俺と同じだった。

 異性の友達は未経験同士だったけど、今も画面越しに会話をしている。きっと地元の男友達にいったらタコ殴りだ……。



 俺は相変わらずベッドに寝そべって話をしている。

 背景は別な絵に差し替えているが、寝そべっているのはバレていた。


「不動くん、若いのにベッドに寝そべっていると、筋力が低下するわよ? それと、腰も悪くするわ」

「あー……うん。言っていることは全部正論だな。仕方ない、そろそろ身体を動かすか~」

「そういえば、話題になっていた窃盗犯が、最近捕まったのを知っているかしら?」


 そういえば、俺のパソコンの端っこで動いてる画面にも流れていたっけ。


 今までは、魔法人形を手にする未来なんて一生来ないと思っていたから気にしてなかった。

 まぁ、こんなボロアパートに魔法人形がいるなんて、誰も思わないだろう。それに、犯人はもう捕まったらしいし。


「そうだったのか。魔法人形なんて、高価な物……俺が、所有するなんて思わなかったからなぁ」


 チラッと横に眠るミソラへ視線を移す。

 まぁ、それがまさか3分しか動かないとは思わなかったけど……。




 夏休みも終わりに近づく最中、俺は放置していた残りの宿題に励んでいる。


 今は午前9時55分。

 あと少しで、ミソラの起きる時間が近づいている。


 3分で何が出来るか考えてみたら、思ったよりも色々出来ることが分かった。

 3分クッキングなんてものもあるくらいだからな……なんでも出来る。

 まぁ、そんなことよりも俺は、もっとミソラと過ごしたい。


「よし、終わったー。ミソラを起こす前に、パソコンを開いて――」


 ノートパソコンを開いて直ぐ、右側に流れてきたニュースに心が奪われる。


「えっ……。つい最近捕まった窃盗犯が、移送中に逃げた? 速すぎだろ!? はぁー。逃がすなよなぁ」


 まぁ、逃げている最中なら新たに魔法人形を盗む暇はないだろうけど。

 パソコンの下に出ている時間を確認すると、キッカリ10時を回ったところだった。


「おっ。ミソラを起こす時間だ。んー……今日は、何をするかなぁ」


 椅子から立ち上がってミソラに近づいてから、普段から玄関の鍵をかけていなかったことを思い出す。

 まぁ、ボロアパートの二階になんて、わざわざ来る奴はいないだろうけど……。


 望月さんの言葉を思い出して、重い足を玄関に向けてドアを閉めようと鍵に手を付けたときだった。

 外から思い切りドアが開けられる。


「えっ……? だ、誰……だよ!?」

「――ようやく鍵が開いてる部屋を見つけたら、住民と鉢合わせるとはツイてねぇな!」


 見ず知らずの男は、俺の顔を見ると啖呵(たんか)を切ってきた。

 しかも、違和感を覚えて視線を下に向けると、両手に手錠が嵌められている。


 あー……これは、マズイやつだ。


「えっ……黒い色の、それって――」

「あん? ああ、コレか。当然、ホンモノだぜぇ……警官から奪ってきたからな!」


 手錠で動かせないはずの手には、黒い拳銃が握られている。

 しかも、男が言うように警官から奪ったのが明白となる、鎖を銃で切った痕もあった。

 意気揚々と語る男に握られた拳銃は、もちろん俺の方に向けられている。


「勝手に動くんじゃねぇえ!!!」


 思わず一歩下がろうとして、怒鳴り声が部屋に響き渡った。

 そのとき、寝室兼リビングから微かに音が聞こえた気がしたが、振り向けない。

 身体は恐怖で小刻みに震えて止まらなかった。


 ――怖い。俺の人生(物語)は、此処で終わりなのか……?



『――緊急モード、強制起動……最重要事項……。(かなめ)様を、お護りすること。殺さずに、脅威の排除――』


 さっきよりも身近に聞こえた声と共に、銃口が向けられたことでカタカタと震える歯と身体は止まらない。


「あん? 気のせいか……よし。動かなかったら撃たないでやる。この手錠を外せ」

「そ、そんなこと……鍵がないと、出来ない――」

「ペンチでも、なんでもねぇのか!! お前、学生だろ……魔法は使えねぇのか? まぁ、俺を攻撃しようなんてしたら、直ぐに撃ち殺すけ――」


 脅し文句が最後まで口に出る間際、突風が吹いたように、俺の髪が乱れて身体が揺れた。


 時間が止まったかのように、辛うじて目視出来たのは、黒髪で三編みのツインテールに、メイド服。

 その姿は、男が反応するよりも速く、くるっと横から上に向かって半回転する飛び蹴りで拳銃を天井にふっ飛ばした。

 その速さに落ちてこない拳銃に気がついて上を向くと、銃口が天井に刺さって穴を空けている。


「ひっ……!?」

「なっ……なんだ、お前!!?」


『――(かなめ)様に、(あだ)なす者を始末します……』


 その姿は、紛れもないミソラだった。

 勢いを殺すことなく振りかぶる飛び蹴りが、男の腹部を直撃する。


「――し、ろ……ぐぁぁ……!!」


 開いたままだった玄関から吹っ飛んで、二階の()びた手すりに背中を強打した男は、くぐもった声をあげた。


「――ミソラ……? あれ、俺……起動なんて言ってないのに」


『――(かなめ)様の緊急事態を確認し、強制起動しました……』


 そうだ。ミソラはハイスペックだから、ボディーガードもって。


 あと、この男……今、()って言わなかったか?

 ふざけやがって。俺だって、勝手に覗いてないのに。


「あっ! ミソラ、助けてくれて有難う……時間が、あっ! あと、1分しかない」


『――ミソラは、(かなめ)様をお護り出来て、この上なく幸せです。この男は、まだ危険です……必要な機関にご連絡を。また、明日。お会いしましょう(かなめ)様――』


 魔法人形だから、相変わらず表情は変わらないのに彼女の顔は晴れやかに見えた。


 時間が来て、その場に倒れる彼女に駆け寄って抱き止める。

 もう、いつものように重さのない抜け殻のような彼女の身体を軽く抱きしめた。


 俺は、無我夢中で少し離れた上空に飛んでいたドローンの姿に気が付かずにドアを閉める。


「今、ブーンって……なんか聞こえた気がするけど、気のせいか?」




 翌日、早朝から望月さんに起こされた俺は、時間を確認して目を擦った。


「――まだ、5時30分なんだけど……」

「良いから、早くネットニュースを観て! あと、魔法人形についての考察掲示板も!」


 普段起きている時間より、30分……早いぞ。いや、最近は6時30分だったかな。

 スマホを手にベッドからモゾモゾと這い出て腕を伸ばしてからパソコンを開く。


「へっ……?」


《――逃げ出した魔法人形窃盗犯が再逮捕されたのですが、なんと犯人が逃げ込んだと思われる民家にいた、魔法人形の少女によって完膚なきまでに返り討ちにあったようです!》


 アナウンサーと思われる女性が流す映像には、バッチリとミソラが映し出されていた。

 なぜか俺の姿は映っていない。そして、あのとき犯人が見ただろうミソラの下着も規制が入っていた。


「嘘だろ!?」

「嘘じゃないから、ネットニュースになっているのでしょう!? どういうことなの? 大丈夫そうで、良かったけど……」

「あっ、ああ……昨日のことだったから。今日、テレビ電話で話そうと思ってて……ごめん」


 心配してくれたのは素直に嬉しい。でも、まさかあのハエのような音が、ドローンだったのか!?

 なんか、黒いのが横切った気はしたけど……。小型すぎて全然気が付かなかった。




305 名前:匿名:2024/08/13(火) 05:00:39 ID:55KusHel62

これ、例の3分ドールじゃね?


306 名前:匿名:2024/08/13(火) 05:05:08 ID:46YoNde49

あー!確か、あれ。ハイスペック魔法人形だから、主人の防衛機能もあったんじゃなかったか?


307 名前:匿名:2024/08/13(火) 05:11:07 ID:89MdolB67

それにしても、あの回し蹴り最高ー!!俺も蹴られて〜。


308 名前:匿名:2024/08/13(火) 05:20:39 ID:82OmsIL90

うわー。マゾがいるわ。それにしても、あの規制ふざけんなって思ったわ。


309 名前:匿名:2024/08/13(火) 05:31:39 ID:38TektFa72

あーアレな。あの見た目だから、絶対白だと思う。異論ある奴は受け付ける。




「相変わらず、最後の方がクソだな……。あ、悪い」

「ううん……。男の風上にも置けないって思ったから大丈夫。でも、身バレには気をつけるように! ああ言う掲示板には、特定班もいるからね」

「あ、ああ……分かった。気をつけるよ。それじゃあ、おやすみ」


 スマホの電話を切ると、掲示板を眺めるのは止めてパソコンを起動させたまま閉じる。

 まだ、20分くらいしか時間が経っていないことに不安はあるが、睡魔には勝てず二度寝した。




 目を覚ますと、望月さんからメールが入っていて、まさかのミソラを作った会社が名乗りをあげたらしい。


「――唯一残されていた、010番で再度研究を進めることを発表……。例の、ミソラの姉妹は、今も残っていたんだな。良かった……」


 まだ起動時間じゃないミソラに視線を向ける。廃棄処分にした他の魔法人形についても謝罪していた。

 ――謝罪して処分した彼女たちが戻ってくるわけじゃない……。

 ミソラの持ち主としては、複雑な気分だ。


《誰が売りに出したか分かりませんが、007番を可愛がってくれている持ち主にも、何か分かれば連絡します》


「うへっ!? 嘘だろ……でも、嬉しくもある、かな」


 ミソラと3分以上話が出来るようになったら、もっとやりたいことが増える。

 このネットニュースで多少また掲示板が荒れていたが、俺はもう覗くことはしなかった。




 夏休みの終わりが近づいてくる中、俺は昔懐かしい日めくりカレンダーを()がす。


 ミソラを迎えてから、今日で31日目。あの日から一ヶ月経ったことに、胸の奥がジーンとする。

 俺は白い箱を手に、目を閉じたミソラの前に立つと充電コードを引き抜いた。


「――色々あったよなぁ。よし! 今日はお祝いだ。ミソラ、起動!」


 透明な空色を持つ両目が開いた瞬間、俺は左手に持っていた白い箱を開ける。

 中には小さめのショートケーキに、31日記念と書かれていた。

 ミソラは、理解出来ていない様子で自分は食べられないケーキを眺めている。


『――(かなめ)様、これはどういう意味なのでしょうか?』


「これは、ミソラが家にきてから約一ヶ月のお祝いみたい――!?」


 照れくささから頭を掻きながら説明していると、急に下から突き上げられるように足が浮いた。


 キュイン、キュイーーン!!


 その瞬間、スマホから緊急アラートが鳴り響く。


 驚きのあまり動揺する俺とは違って、即座に反応したミソラが覆いかぶさってきた。


 思わぬ動きと、服の上から触れる少しの弾力を感じる胸元に、下品な考えが過ると首を振る。

 それがかえって、胸を揺らすことになると謝罪を口にしようとして、舌を噛みそうになる揺れが襲った。


「なっ……!?」


『――(かなめ)様は、私がお護りします……』


 辛うじてポケットから取り出したスマホに視線を向けると――


 《50年以上前に起きた地震と同じ》


 注意と書かれている。


 さっきより、むしろ押しつぶされるような勢いで身体全体を包まれた俺は、辛うじて手元にあったノートパソコンとスマホを握りしめた。


 怒号(どごう)のような音と共に屋根が崩れ、ピシッと嫌な音がして床の板にヒビが入る。

 その途端、ミソラの体勢が変わって抱きかかえられるようになると、足場が崩れ瓦礫に呑まれた。


「うっ……!」


 思わず短い声がでて、何分経ったのか分からないほど、シーンと静まり返る中、恐怖で瞑ってしまった目を開ける。

 バクバクになっていた心音もいつの間にか収まっていた。


「――静かに、なった……?」


 ミソラに抱きかかえられたまま微かに光が見えた。

 俺とミソラの体格は一回り違うけど、ボロアパートが崩れる瞬間、何かが広がったように包み込まれて痛みはない。


「……ミソラ! 大丈夫か!?」


『…………』


 確実に3分は経過している。

 それなのに、俺を抱きかかえたままのミソラは動かないし、柔らかい感触があった。

 ――それに……ズシッと重い。


 パラパラ……と、ミソラの頭に覆いかぶさっていた屋根の残骸が地面に落ちると、急に動き出して俺は解放される。

 そして先に立ち上がったミソラは片手を差し出してきた。


『――(かなめ)様、ご無事で何よりです。この度も、お護りすることが出来てミソラは幸せ者です……』


「……俺の方こそ、今回も有難う……それにしても、これって……今度は地震なのか?」


『いえ……。あちらをご覧ください』


 上に反対の手を向ける様子に顔を上げた先に見えたのは、日本海にそびえ立つ魔法樹の葉が、目に見えなくなっている。


「えっ……。空を見上げたら、葉の部分も見えていたはずなのに……」


『――魔法樹を検索しました所、宇宙で観測されたとの事です』


「宇宙……!? えっ……大気圏とかは? ほら、良くある熱で燃えるって言うアレは」


 頭が良いわけじゃない俺は、ジェスチャーも交えてロケットでいわれている熱で燃える話を聞いた。

 すると、再び検索を始めたミソラは最新のニュースを壊れなかったパソコンに接続する。


《魔法樹は、大気圏の強烈な空気の圧縮による分子のエネルギー熱でも燃えることもなく、宇宙に到達したとのことです!》


「――嘘だろ。あっ、それよりもミソラ! なんで、3分以上経ってるのに動いてるんだよ!?」


『――現在、稼働してから……15分59秒、経過しています』


 今回の地震、もとい魔法樹が成長したことで、また何か起きたのか!?


 3分しか稼働出来なかった彼女が、動いているのは素直に嬉しい。

 だけど、それによって悪影響がないか不安が過ぎる。


 俺の心配を他所(よそ)に、内部データを確認しているのか動かないミソラは、おもむろに口を開いた。


『――(かなめ)様。稼働時間が、30分に増えました』


「えっ……? えぇぇぇぇ!?」


 24時間充電して3分(・・)限定の魔法人形だった(・・・)ミソラは、30分(・・・)にレベルアップしたらしい――。

短編の中では2万超えの長さですが、最後まで読んで頂き有り難うございます。

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宜しくお願いします。

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