病のち晴れ
エピローグ
強い雨の日だった。その日はなんだか調子が良くて天使にでもなれた気分だった。
第一輪
「大変!!125室の子がいないの!!」病院の中は大騒ぎだった。125室と言えば自分も同じだった。今、注射器を指してくれている看護師に聞いてみる。
「向かいの男の子、どこかへ行ってしまったんですか?」
看護師は言いづらそうに、「…えぇ、居場所知ってたりしますかね?」と言った。残念、ボクは寝てたんだ。
「申し訳ないんですけどボクは寝てたので存じ上げないですね……。」
本当に知らないからどうしようも無い。心当たりなら無いこともない。
「ですけど看護師さん。今日はなんの日か覚えてますか?」
ボクがそういう時「えっ、今日は5月の12日ですけど…」と暫く考えたのち、あっ、と小さく声を出した。
「ボクだったら、ボクだったら母さんの所に行きますね。今日は母の日ですから。」
そう、今日は母の日。でも母さんはボクの見舞いに来る事はない。何故なら今日は母の一番忙しい時期だ。花屋は母の日では大忙しである。みんなが母にお花を買いにくるから。多分明日か明後日くらいに見舞いに来てくれるだろう。その時は笑顔で迎えよう。ひまわりの様な笑顔は一番嬉しい花だと母は言っていた。
第二輪
はぁ…はぁっ……………勢いで出てきてしまったっけど、ちょっと走っただけでこの息切れ具合だ。家まで後何分掛かるかな。急がなきゃお母さんへのサプライズができなくなっちゃう。病院の花壇で見つけた綺麗な花を持って走りながら、花を見る。雨に打たれたからか、さっきより萎れている。
☆ ☆ ☆
あの小さな男の子は大丈夫だろうか。いつも窓を見ていた。「お兄ちゃんは元気になったら何したい??」と無邪気に聞いてきたのを覚えている。なんと答えたかな。忘れてしまった。自分は元気にならないと分かっているから、そんな事を考えるのもやめてしまった。頭をふと触ってしまって慌てて手を離す。一秒も触ってなかった筈なのに、髪の毛が沢山抜けている。ゴミ箱に髪の毛を捨てつつ、小さな男の子はなんの病気なんだろうかなんて考えてみる。窓に目を向けて、雨模様を見る。きっと母に怒られた後風邪を引いて戻ってくるのかな、なんて思っていた。小さな子が昨日寝ていた布団に目をうつす。そこには使ったものであろう鉛筆と紙がある。遠目にお兄ちゃんへと書かれている気がして、そっと近づいた。折りたたんだ紙に、手紙のように線がひいてある。小さい頃やったなぁ、と思いつつ折りたたんである紙を開いた。
お兄ちゃんへ
お兄ちゃんがみてるときにはぼくがいないことに気づいてるかなー?ぼくね、よめーが後1週間もないんだって、でもねきょー朝おきたらね、天使みたいにね、飛べそうなくらい元気だったの!だからきょーは母の日でしょー?だからねーおかーさんにおはな!わたしにいくんだ!!かんごしさんにわないしょだよー!!きょうはとってもとっても元気なんだ!帰ってきたらお兄ちゃんのことも聞かせてね!!!
はかな より
読み終わった時に、ボクは泣いていた。自分の余命は3年ある。この男の子は余命が一週間も無いのにあんなに無邪気に自分のやりたいことをやっていたのだ。将来の夢も考えて、勉強していた。自分が恥ずかしくて、醜くてたまらなくなった。ボクは今どうしたい?そう思った時にはすでに走り出していた。母さんが置いてってくれた500円で傘を買って、急いで走った。男の子が、儚が言っていた事を思い出しながら。
☆ ☆ ☆
もう花は渡しても喜ばれないくらいしおしおになっていた。でもお母さんに顔だけでも見せようと思って、走っていた。青い屋根が見える。もうすぐ家に着く。信号が青になったのを確認して手を上げて渡る。だけど信号の向こうにいるおねぇさんは慌てて僕の方にはしってきた。信号、赤だっけ?
☆ ☆ ☆
----「お兄さんは、元気になったら何になりたいの?」儚が窓を見ながら声をかける。「お兄さんはねー、元気になったらね…フツーに生きてフツーに暮らすんだよ」それを聞いた儚は不服そうな顔をして「つまんないんのー!もっとビックな夢にしようよ!!」と言った。-------
…違う、これじゃ無い。本当の夢は結局隠したままだった。儚を見つけたら教えてあげよう。儚は家について、なんか言っていた気がする。……後ろに山がある学校の近くで、青い屋根に水色の壁。思い出したボクは辺りを見渡し、山を探した。大きな山を見つけたら急いで走った。走っていると大きな声で名前を呼ばれた。振り返った先にいたのは赤い車で、乗っていたのは母だった。
「母さん!山の近くの学校まで連れてって!!」
ボクは久しぶりに大声を出した。母は顔を顰めながらも「しょーもない理由だったら承知しないわよ」と言いながら車に乗せてくれた。
☆ ☆ ☆
車から降りると青い屋根の水色の壁の家があった。その家から病院に戻るように走りながら儚を探す。
「儚ー!!!!どこにいるんだー!?」大声で呼びながら探していると微かに声がした気がした。声のした方に向かうとそこには救急車がいて、車が電柱に衝突していた。…ボクは声が出なくて、世界がゆっくり動いていた。たった一秒が一時間のように感じた。ボクはそのまま暫く経っていたが気がついたら病院にいて、寝ていたようだった。向かい側の布団にはもう誰も寝ていなかった。儚に言いたい事が沢山ある。謝りたいし、話したい。そんな夢は叶わないようだった。
エピローグ
「…はい!異常なし!ビックリですね、治るなんて。今の技術に感謝して下さいよー?なんてね!これで退院だね、おめでとう。」
医師にそんな事を言われながら上着を羽織る。隣では母さんが涙ぐんでいる。ここ数年の技術の発展によりボクの病気は治った。今までお世話になった看護師と医師にお礼をしてボクは病院を出た。手術費はボクの入院中に書いた小説の賞金から出した。○○会社から声をかけて頂いたので、ボクはそこで今日も小説を書く。
5月なので、母の日、こどもの日、梅雨で書いてみました