悲しさの先のお話
短めです。
最近短めで高頻度か長めで低頻度かを迷っています。どうすればいいのでしょうか。
これを読んでくれている少ない方々、いつもありがとうございます。
夜にいつも書いているのですが、夜ほど◯んでしまいたくなるのはなぜでしょうか。あ、「なぜ」だ。
頭が重い。
胸が痛い。
心が冷たい。
どうしてだろう。
今の世の中には、さぞかしそれらを忘れさせるものが多すぎる、周りからの強い刺激を受け、今の自分を忘れてしまう。
コロナウイルス、円安と生活が苦しい今の世の中では特にそうだ。ネットやテレビの情報に敏感になる人のなんと多いことか。
感じてみて欲しい。風の嘆きを。
感じてみて欲しい。愛というものを。
掴んでみて欲しい。自身の本当の感情を
気持ちというのは、周りの環境によって大きく変わる。擬態するかのように。
でも擬態してはいけない。自分は自分だ。それが個性である。人間である。
息を吸って、吐いて、吸って、吐いて。
自分の心の嘆きを聞く、自分の重さを知る。
夢を見たいなら見よう。休みたいならうんと休もう。
それで貴方が安心できるのなら、休めるのなら。
個性を大切にしすぎて置いていかれてしまわぬように、ほどほどに。
めちゃくちゃだ。なんて生きづらい世の中だろう。
個性が大事なのに、個性を抑えなきゃいけないなんて。私達はもはや人間ではないのかもしれない。
人間という概念の皮が貼られた、ただの醜いなにか。
でもそれを理解しなければならない。どうしようもないんだ。
でももし心がいっぱいになったのならたくさん泣こう。貴方は何も悪くない。誰も悪くない。
偶然と偶然が重なって、たまたまそれが起こる世界線に生まれてしまっただけなのだ。
そう言われても無理だろう。すぐに軽く生きるなんて、でも少しだけ、少しだけでいいからリラックスして欲しい。それが
あなたの命に繋がるのだから。
愛する全ての人のために
水無月
読んでくれてありがとう。