4月27日 河南ボーイズ3
ゆっくりとスタジアムへと向かっていた。今日は、練習が休みになったから久しぶりに奏太の試合を見ることにした。中学生ではあるがいいボールを投げるな。打席には2番の吉橋という選手が立っていた。俺も中学の時はここでやっていたのかと思うと不思議な感覚だ。俺がチームに入ったのは父親のすすめがあったから。それまでは、普通に中学の軟式のチームに入って野球をすればいいと思っていた。
打席に立つ奏太は、家で見るよりずっとたくましかった。家だといつも俺に頼ってばかりだが、目がギラギラしていてやってやろうという思いが伝わってくる。ネクストバッターサークルに座っている。掲示板を見ると、4番ショートで出場していることがわかった。お父さんはどこで見ているのだろうか?お父さんがどこにいるかはわからない。
3塁側を見るとどこかで見たことのある顔が立っていた。あれは、、、、、、、、、。そこにいたのは、俺と同じ代の杉原だった。杉原は、純新学園に進んだ。当時は、5番サードを守る選手だった。今は、純新でどうしているのだろうか?今日、なぜ試合を見に来ているのかもわからなかった。杉原は、当時からみんなとは一歩離れた一匹狼的存在だった。そんな杉原が純新学園を決めたのは、全国大会でホームランを打ったのが決め手と言われている。たしかに、あの時のホームランの飛距離は中学生レベルではなかった。俺も見ていたけど、難しいボールを打ったというような印象だった。
本当は、俺たちと同じ様に聖徳高校か取手高校に進む予定だったが全国大会が終わってから変わった。もともと野球のセンスはあったから、将来性を買われて入学したなんてことも当時は言われていた。みんな杉原が純新にいけて、俺が純新から声がかからないのはおかしいと言われていた。野球部の中には、杉原が裏入学とかもあるんじゃないかという噂も出たのだった。
俺は、杉原が変なことをして入学するなんて到底思えなかった。杉原の良さは、打撃。純新の野球に合えばレギュラーすら獲れると思っていた。実際、その後杉原がどうなったかはわからないけど、結局俺たちの代で名門高校にいけたのは、福川と森、そして杉原の3人だけだった。その中では、杉原はよく頑張っている方だった。
そんなことを考えていると打席に奏太が入った。ツーアウトランナーなし。あのピッチャーは、奏太に合いそうだと思っている。今日は、笑顔だ帰ってきてほしいと見つめていた。




