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8「……前世なんかどうでもいい」

 青の遺跡、は比較的出没するモンスターが大人しいと言われている。

 下層の方まで降りて行けばその限りではないが、上層の方をうろちょろするくらいなら大きなリスクはない。というか、一部のエリアに限り冒険者資格のない一般人も降りることが許可されているほどなのだ。一般人が許可を取って観光することができる数少ない遺跡が、この青の遺跡あのである。

 ちなみに、遺跡には全て色の名前がついているが、これは遺跡を守っているとされる竜の名前にちなんだものである。

 どういう理屈かわからないが、文明が滅んだ後、あるいは文明が滅ぶ前から遺跡にはそれぞれドラゴンが棲みつき、縄張りを守るようになったのだ。ドラゴンたちは遺跡の最下層にいると言われるが、たまに多少上の方まで登ってくることがあるので注意が必要である。基本自分達の巣から大きく離れるということはしないものの、厳密にはドラゴンの性格によって行動範囲は異なってくる。

 また、遺跡そのものが一種自分達が守るべき聖域だとも考えているようで、遺跡周辺で派手な音を鳴らしたり大きな破壊活動をしたりすると警告のために外に出てくることもあるのだそうだ。――かつてとある遺跡の近くに大規模な工場を作ろうとした時は、工事の過程で遺跡の一部を崩してしまい、ドラゴンの怒りを買って死者が出たこともあるのである。まあ、それは青の遺跡の話ではないのだが。

 その時は、人間達にかなりの被害が出た。工事のための機械も、ゴーレムも、それから手伝いとして動員された魔導師も大量に犠牲になったと言われている。

 ドラゴンとは、共生一択。人間がけして逆らってはいけない存在なのだ、と知らしめた事件だ。


「青の遺跡のドラゴンは保守的で大人しく、基本的に最下層から出てこない」


 青の遺跡の、冒険者専用の入口は、観光客用の通路より少し離れた場所に設置されている。見張りの憲兵に冒険者証を見せて、ロークは石作りの階段を降り始めた。

 地下遺跡の入口は全て、階段や梯子といった下へ降りるものから始まる。たまに、古代エレベーターを起動させて使っていることもある。


「それでも、地上で大騒ぎしすぎたらその限りじゃないし、稀に強いモンスターが上の方まで上がってくることもある。……というわけだから、お前もちっとは用心しろよな、エリア。結局ここまでついてきやがって」

「あら、誰に向かって言ってるのかしら。あんたよりずっとうまくやれる自信あるわよ?」

「いちいち可愛くねーなお前!」


 ロークとカナン。そして、何故かここまでついてきてしまったエリア。結局“一緒に仕事するつもりはない”という自分達の意見を無視して、彼女はここまで来てしまった。村から大した距離もなく、ほぼ一本道なので仕方ないと言えば仕方ないが。

 初心者向けと言われる青の遺跡は、最下層が地下十階であるということまでわかっている。全ての遺跡の中で最も浅く、小規模な遺跡だ。そして、先人たちは青竜とも遭遇しており、その写真を記録として残してもいるのである。大人しい青竜と実際に戦った者は殆どいないのだが。

 観光客向けに開放されているのは、地下一階のみ。

 今回自分達が用があるのはほぼ地下二階までだった。上層の方に生えている特別な薬草、フルワキ草を一定量以上採集して戻ってくるのがお仕事である。

 かつて逆らえた文明の名残を残した地下迷宮には、日光を遮断された影響か独自の植物がいくつも群生している。モンスターも然り(なお、モンスターの中にはドラゴンの僕のモンスターもあり、そういったモンスターたちは通常のモンスターよりも強力な力を持っているとされている)。フルワキ草もその一種だ。地上から差し込む微かな日光を上手に吸収し、地下水を吸い上げて独自の進化を遂げた植物である。

 その薬効は、ただ葉をすり潰しただけでも傷の治りを早めるくらいの効果はあり、現代医学にとって欠かせない代物となっている。初心者向け任務、とも言われる薬草最終ミッションのリクエストが頻繁に出るのはそのためだった。当然、大きな事件や事故、災害が起きて薬が不足すれば受注量も増えるという仕組みである。

 これらの代物は国を通じて、それぞれの町の格医療機関に送られて使われるのだ。生活に不可欠ということもあって、難易度の割には高い報酬が貰える美味しい任務でもある。ゆえに、ベテラン冒険者でも受注する人間は少なくないと聞いていた。


「青の遺跡は、学校の修学旅行とかで来たことがあるんだよね。家族旅行でも一回だけ来たことがあるなあ」


 ロークとエリアの口喧嘩(?)をよそに、カナンは興奮を隠しきれない声で語る。


「でも、その時は当然ながら、地下一階までしか行かなかったし……観光客向けに、整備された道しか通らなかったわけ。……こっちの冒険者用の道を通るのを、ずっと夢見てたんだよ。だってここから入るってことは、自分が冒険者になったってことなんだから。ロークもエリアも、当たり前だけど今日初めてこの道から入るだろ?」

「そうだな」

「……ええ」

「今まで図鑑でしか見たこともないものや、図鑑でさえ見たことないものに出逢えるチャンスなんだ。わくわくしない?」


 振り向いたカナンの眼は、薄闇の中でも分かるほどキラキラしていた。確かにな、とロークも頷く。

 そして思った。前世の自分はどうだっただろうか――と。未知のものに出逢える感動とか、冒険の始まりとか。そんなものに子供のようにドキドキすることがなかったような気がする。理由は単純明快、名誉欲にばかり囚われていたからだ。

 冒険者になるのは、そういったも不思議なものに出逢ってわくわくしたかったからではなかった。ただ、冒険者として一旗揚げて、ライバルと自分を振った女に“ざまぁwww”と嗤ってやりたかっただけ。なんとも暗く、どうしようもない志望理由である。――そんなことでマウント取ったって、片思いしていた女性が自分に振り向いてくれる保証などまったくなかったというのに。

 それで結局、高すぎるプライドから自分の無能ぶりを理解することもできず。無謀なダンジョンに単騎突撃して、凄惨な死に方をするというお粗末ぶりを発揮したのだった。今思えば、なんて勿体ない人生を生きたのだろうと感じる。

 ほんの少し。あとほんの少し角度を変えて世界を見れば。誰かを貶めるよりずっと楽しいことが、綺麗な景色が目の前には広がっていたかもしれないのに。


――落ち着け。……前世なんかどうでもいい。今一番大事なのは、カナンときっちり初めてのミッションをこなすことなんだから。


 ほんの少し暗く沈んだ気分を、首をぶんぶん振ることで振り払った。


――とりあえず、エリアの前で前世トークしないようにしねーと。……あんな話、カナンだから信じてくれたようなもんだろうしな。どうせこの女のことだ、頭おかしいって笑うに決まってる。


 幸い、というべきか皮肉にもというべきか。前世の“オズマ”は、冒険者として最低限の知識しか学ばなかった。こなしたミッションの数もけして多いというわけではない。一部、初心者冒険者が知らないことを知ってしまってはいるので、それをうっかりエリアの前で漏らさなければ問題ないだろう。

 少しばかり石段を降りていくと、やがて開けた場所に到達した。地下一階だ。


「わあ……!」


 思わずロークは声を上げる。地上から、さながら天使の梯子のように太陽の光が差し込んでいる広場だった。この遺跡は全体的に、石か煉瓦で構成されている場所が多い。地下一階フロアも例に漏れない。中央部分には、丸い円柱のようなものがにょっきりと建っており、緑色のシダのような植物が絡みついている。


「遺跡は元の文明で、それぞれ役割が決まっていたと言われている」


 すぐにカナンが解説してくれた。


「青の遺跡は、元々地下公園として作られた場所だったと言われてるね。あの円柱みたいなのは、かつては噴水だったみたいだ。今は水はないんだけど」

「確かに、四方向に水路っぽい名残が見えるな。あと、噴水の周りにあるのってもしかしてベンチか?」

「そうそう。この場所って地上からところどころ太陽の光が差し込んできてるけど、あれはわざとそういう構造になってるみたい。ほら、よく見ると穴の位置に規則性があるだろ?」


 彼に言われるがまま天井を見上げる。てっきり、長年の風化や崩落によって穴があいてしまったのかと思ったら、それは元々だったというわけらしい。天井には、規則正しく丸い穴がいくつもあいている。地下にいながら、この公園で日光浴を楽しめるよう工夫されていたというわけなのかもしれなかった。


「今では風や雨が吹きこんでこんで雨ざらし状態だけど、かつてはそうじゃなかったと言われてるのよ」


 得意げに補足してきたのはエリアだ。


「あの穴は、全部硝子か、あるいは硝子に代わる透明な素材で蓋がされていたんじゃないかって言われているわ。それが、文明が滅ぶときの爆風か何かで全部粉々にはじけ飛んでしまったんじゃないかって」

「へえ……」

「その破片らしきものが稀に見つかるのよ。尖ってて危ないから、この広場に観光客は入れないの。貴重な植物が観光客に勝手に持って行かれたら困るって事情もあるんでしょうけど」


 随分すらすら喋るな、と思ったところでロークは気づいた。青の遺跡は、初心者が最初に挑むことの多いダンジョンである。ひょっとして、冒険者試験の試験範囲だったりするのだろうか。――なんだか自分の勉強不足を思い知らされたようで、ちょっと悔しい。

 広場には、自分達以外に誰もいなかった。他の冒険者たちがたまたま出て行ったあとだったのか、あるいは他のフロアにみんないるのか。薬草最終ミッションは何組ものチームが受注していたはずなので、てっきり他にも冒険者と遭遇すると思っていたのだが。


「うーん、少し出遅れたかもねえ」


 噴水を中心に、くまなく調べていたカナンが苦笑いしてくる。


「この付近にも本来フルワキ草は生えてるはずなんだけど、見事に残ってない。多分、先に来た人達に全部持ってかれちゃってるなー」

「だから、朝から来れば良かったのよ、あんた達。完全に後発組じゃない」

「君にどうこう言われたくないけど、まあ正論だね。仕方ないでしょ、ロークが寝坊したんだから」

「うぐっ」


 出発の日に寝坊、なんてテンプレートをやらかした自覚はある。ロークは何も言えない。


「地下一階フロアをざっと探して見つからなかったら、地下二階を探すしかないだろうな。初心者はみんな、出来る限り出口に近い場所から採集してさっさと帰りたがるものだし」


 はあ、とため息をつくカナン。ロークは“すんません”と項垂れるしかない。

 まあ、一応予想できた事態ではある。フルワキ草が生えているのは地下一階と地下二階が殆ど。たかが一階程度と言うかもしれないが、それでも地下二階の方が危険度が増すのは事実だ。なるべく降りないで済ませたい気持ちは誰にでもあるだろう。

 辺りを散策しつつ、噴水広場の奥のドアから次のフロアへと進んでいく。元々公園として使われていたのだろうと言われる青の遺跡だが、それでも実際何のためのスペースだったのかわからないような場所も少なくない。いかんせん、当時の高度な文明の全てを、今の人間達が理解できているわけではないからだ。

 トイレぽい小部屋があったり、はたまた何に使うかわからない四角い部屋があったり。ただ、それでも地下一階はまだまだ太陽の光が差し込む分、明るい方ではある。下に進むにつれ光源は、特殊なヒカリゴケなどが群生していない限り、自分達の手持ちのライト頼みになってしまうのだから。

 結局地下一階に、お目当てのものは見つからなかった。仕方なく、西側エリアの石段をさらに降りていくことにするのである。

 そして、突然トラブルを発見してしまうことになるのだ。


「お、おい!?あんた、どうしたんだ!?」


 地下二階の石段の前で。一人の女性が倒れているのを見つけてしまったのだから。

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