4「もう一度だけ言ってやる、消えろ」
多分。前世の自分だったなら、己を馬鹿にされた時に一番怒っていただろう。
だが今のロークは違う。何故なら今まさに、前世の“オズマ”としての自分が何を間違えていたのか、痛感したばかりだったからだ。あの頃の自分は、己が何かに選ばれた天才だと思い込みたかった。そして、身の丈に合わない無茶をした挙句、助けてくれる仲間もいなかった。――ちゃんとした友と、仲間を作る努力もしなかったがゆえに。
人はけして、一人では生きていけない。そんな簡単なことさえ理解しようとしなかった。あの結末は、なるべくしてなったものだ。
それから、安易にチート能力を得ようとして、まさに今苦労しているのも。当然の報いなのは、まず間違いないのである。
今の自分は、“ローク”であって“オズマ”ではない。それを誇りに思っている。何故ならば。
「俺がみっともないのは事実だ。好きなだけ笑えよ」
でもな、とロークは少女を睨む。
「そんな馬鹿な俺にも、一生懸命付き合ってくれてる……相棒を馬鹿にすんのだけは許さない。ぶっとばされたくなかったら、とっとと消えろよ」
「な、何よ……女の子を殴るっての!?」
「お前もその様子だと冒険者希望だろ。モンスターが男だの女だの気にして慈悲かけてくれるとでも思ってんのかよ。戦いになったらそんなの関係ないだろ。女の子を殴るな、なんて馬鹿なこと言うならお前こそ冒険者なんかやめとけよ」
「な、な……」
口をぱくぱくさせる少女。本人が、どんなつもりでロークに声をかけてきたのかはわからない。この様子だと、ツレがいるようにも見えないから尚更だ。
ただ、ここはきちんと怒るべきだと、怒っていいところだと判断した。――友達を馬鹿にされてへらへら笑っていられる人間じゃない。少なくとも、今のロークにとってはそれが誇りなのだから。
「ば、馬鹿にしないでよ!あんたが情けないから心配してあげただけでしょ!?それを、殴るだの殴らないだのっ」
「そういう話に持ってったのはお前だし、本当に親切のつもりなら言葉を選べよ。悪いけど」
気づけば、体が動いていた。轟音と共に、訓練場の周囲に植えられていた木に、ロークの拳がめりこむ。
「もう一度だけ言ってやる、消えろ」
自分の体を防御する、ということはすっかり忘れてしまっていた。せっかく訓練したのに、なんてザマだろうと思う。
ただし、持ち前の怪力は健在である。少女のすぐ真横にあった大木は真ん中で真っ二つに折れて、地響きと共に倒れていった。少女は真っ青になって、口の中で何かをわめきながら逃げ去っていく。
――やばい。やっちまった。……ほんと、怒っても、簡単にブチキレないようにしないと、人間兵器になっちまうな。
はあ、とため息をついたところで、パタパタと駆けてくる足音が。カナンだった。ぽっきりと半ば程度で折れている木と、真っ赤になっているロークの手を見てぎょっとしている。
「ちょ、君、何やってんの!?休憩から帰って来ないと思ったらさあ……!」
「悪い。ちょっとムカつくことあったから木殴っちまった。悪いことしたな」
「ほんとだよ!こ、これ弁償モノなんじゃ……」
あわわわ、と頭を抱えるカナン。こういう時常識人は大変だなあ、とどこか他人事のように思うロークである。
「ていうか!」
そしてすぐに振りかえって言うのだ。
「それよりも君、手!手!防御しないで殴っただろ、怪我するからやめろって言ったのに!また折れたんじゃないの、見せなよ!」
これだよなあ、とロークはしみじみ思うのだ。何だかんだで、彼が一番心配してくれるのは自分の体のことなのである。散々トラブルに巻き込まれて困らされているはずなのに。
――ありがとな、カナン。
それゆえに、ロークは思うのだ。
自分は本当に、良い仲間を持ったと。
***
そして、約一か月後。
筆記試験を終えたところで、ロークとカナンの二人はギルド掲示板の前に立っていた。冒険者ギルドの訓練場で、冒険者資格試験は行われることになっている。試験受験者はこの掲示板を見て、自分達の試験がいつ始まるかをチェックするのだ。
「……うう、自信ない、自信ない」
「終わったことをどうこう言ってもしょうがないって。昨日の夜まであんだけ詰め込んだんだから、今はもう信じるしかないでしょ」
「うう……」
筆記試験の合格ラインは七十点。その点数を越えていないと、実技試験でよほど良い成績を出してこない限り合格しないというルールである(基本は七十点出していないと失格なのだが、稀に実技試験でランクSの評価を叩きだした結果、六十七点しか取れなかった人物が特別に合格を貰ったという前例があるのだ)。
そして、筆記試験の結果は、実技試験の結果と合わせての発表になる。ちゃんと筆記試験で合格ラインに到達できたかどうかは、実技試験まで終わらないとわからないのが実情なのだった。
ただ、現時点で明らかに“筆記試験駄目だった”とわかっていそうな参加者もいるようである。掲示板の前に集まってくることもなく項垂れている者や、カウンターに辞退の報告をしに行っている者はまさにそれだった。
「俺とロークは、お昼から試験開始だよ。ストレッチ忘れずにね。それと、試験が始まったら……」
「最初に魔力防御」
「わかってるならよろしい。……大丈夫。今のロークなら、SSランク評価だって出せるよ、自信持ちな」
ぽん、とカナンが肩を優しく叩いてくれる。
「君は頑張ったし、強い。俺が保証するんだから、信じろ」
「……おう」
一か月前までは、魔力防御を維持するだけで苦労していたが。今は、短時間ならば防御をかけた状態で動き、戦うこともできるようになっていた。まだ安定していると言い難いので、大剣も数回使えば壊してしまうような状態だったが、それでも今回モンスターをぶっ飛ばすことができればそれで充分なのだ。
二人で繰り返してきた訓練で、おおよそわかっていることがある。それは、ロークの最大の武器は爆発力であるということ。まだまだ隙は大きいし、制限時間はあるが――きちんと魔法防御をした大剣でぶっ叩けば、ちょっと硬いモンスターでも装甲無視で倒せるはずだ。チートスキルは、やはり伊達ではないのである。村の周辺のモンスターくらいなら瞬殺できたし、なんなら大岩も剣で粉々にできることも証明済みだ。
あとは、いかにそのチャンスを生かした戦いができるか。“制限時間以内”に、“隙を突く”。これを状況に応じて行う技術を鍛える時間が、自分達には足りていないこともわかっているのである。
――基本的に、実技試験は“獣使い”が操るモンスターと、個人もしくはチームで戦うことになる。俺とカナンはチームで登録しているから二人で戦うことはできるけど……やっぱり、相性の良いモンスターが来るかどうかで、かなり勝率は変わってくる。
カナンは、ロークが一撃を繰り出す隙を作るため全力でサポートしてくれるはずだ。あとは自分が、どれほど彼の期待に応える攻撃ができるかどうか。
「……あいつ、一人で登録してんのか」
「ん?」
「……なんでもね」
掲示板には、実技試験参加者全員の名前と写真が貼りだされており、それと一緒に試験の実施スケジュールが発表されているわけである。つまり、他の参加者の名前と顔もここで知ることができるわけだが。
――あいつ、エリアって名前なのか。
ピンクのツインテールの少女、といったらやはり目立つというもの。気の強そうな顔の写真の下には“Area”と名前が書かれてある。同時に、やはりというべきか宝物使い、というジョブ名も。
宝物使い自体は、やや少ないものの時々見かけるジョブではある。ただし、宝物使いの中でも高いランクの宝物を使いこなせる人間は非常に稀で、その戦闘能力は他のジョブ以上にピンキリと言われているのは事実だった。あの女は果たして、実力者なのか口だけのポンコツかどっちだろうか。
――宝物使いのバトルを見る機会って、あんまりないし……俺達の試験が終わったあとで、チェックしておくのもいいか。
ムカつく女ではあるが、共に合格したら同じ冒険者として競合者となる可能性もある。自分に対してまた絡んでくる可能性もあるし、実力を知っておくに越したことはない。
そもそも、一人で挑んでも合格する自信があるから、個人で試験に参加しているのだろう。そういう意味でも、注意しておいた方が良さそうだ。――まあ、前世の自分のように、性格悪すぎて嫌われてぼっち、ということもなくはないだろうが。
「よし、最後の作戦会議といくか。ミーティングルーム借りよう、ローク」
「おう」
試験開始まで、あと二時間ほど。
ロークの気分は、決意と希望で高揚していた。
***
そう。
意気込んでいたのである、ついさっきまでは。
試験開始の、この瞬間までは。
「マジかよ!」
試験時間になり、訓練場の広場に出てきたロークは思わず声を上げていたのだった。
試験が始まるその瞬間まで伏せられていた、自分達の対戦相手のモンスター。今までの試験の傾向からして、ドラゴン種が来る可能性はなし。獣系のモンスターか、蟲か、鳥のいずれかであろうとはわかっていた。わかっていたのだが。
「お、大蜘蛛……イビル・スパイダーなんて普通、冒険者試験で出してくるか!?」
「……素早い鳥系モンスターが来なかっただけマシと思うことにしよう」
やや苦い顔をしながらも、己の武器である魔導書を取り出すカナン。
「それに、あいつまだ幼体だから……ダンジョン歩いてる奴よりマシなはずだよ」
ギルドに隣接された、円形の訓練場。時には闘技場としてイベント会場にもなるその場所が、実技試験の会場である。そこに個人、もしくはチームの参加者と、冒険者ギルドに所属する審査役の獣使いが召喚したモンスターがバトルを行って試験の合否を決めるのだ。
今回自分達の相手となったのは、イビル・スパイダー。自分達の体の倍以上の背丈を持つ、巨大な黒蜘蛛が目の前に立ちふさがっている。頭の部分にぶつぶつと並んだ真っ赤な複眼がなんともグロテスクだ。腹には黄色と黒の、毒々しいまだら模様がついている。確かに、生体になったらあのまだら模様が黒と赤に変わるはず。最終変態前の幼体、であるのは間違いないだろう。が、当然冒険者見習いには厳しい相手であるのは間違いない。
――あれを斃さなきゃ、合格できないってか。きっついな。
ロークは引き攣り笑を浮かべながらも、大剣を抜いた。試験の合否は、いかに迅速に、ダメージなくモンスターを斃せるかどうかで判断される。つまり、倒さなければ点数そのものがつかないのだ。
――やってやる。ここまで来たんだ、引き下がれるか!
審判である獣使いが、右手を掲げた。あの手が降りた、その時こそが。
「試験開始!」
「おおおおお!“Aegis”!」
ロークは力いっぱい、魔力防御のスペルを唱えた。今日までの成果を、今こそ見せる時である。