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3「あんた、冒険者試験受けるつもりなんでしょ?やめといた方がいいんじゃないのー?」

 正直。時間の余裕はまったくない。

 最低限、武器と肉体の保護をかける魔法を覚えること。それから筆記試験で、合格ラインを超える点数を取ること。どちらも、ロークにとっては苦行以外の何者でもなかったからだ。武器と肉体の保護はチートスキルの件がなければ無くても問題なかったから仕方ないとはいえ、筆記試験だけでももっと早くから勉強しておけば良かったと心底思う。――結局、人間そう簡単に天才にはなれないのだ。楽してチート無双するために努力する、なんて本末転倒な気がしないでもないが。


「“Aegis”!」


 訓練は基本、村の外れの訓練場か、ロークの家の庭で行われる。今日は訓練場で、やや実践的な訓練をすると決めていた。

 スペルを唱えて、自分の全身に魔力を行き渡らせる。そして、特に強化したい部位に魔力を集中させる。――言うのは簡単だが、実際にやるのは相当難しい。ちょっと意識が途切れると、あっという間に魔力が霧散してしまう。

 ただでさえロークはカナンと比べて魔力が乏しい。適切に魔力を割り振らないと、ほとんど生身と変わらない状態になってしまうことになる。


「もう分かってると思うけど」


 それをチェックしてくれているカナンからは、厳しい声が飛ぶ。


「腕と剣だけ防御すればいいってもんじゃないからね?踏ん張る両足と腰。それからある程度は全身を覆ってないとどこかしらに歪みが行くことになる。……はい、今左足が疎かになってるよ!その状態で剣振ったらコケるか、最悪足を骨折するよ!」

「ぐ、ぐぐぐぐ……!」

「その上で、可能な限り剣と手首には厚めに防御!剣が一回の攻撃で壊れたら意味がないし、その反動で自分の腕が折れたら逆効果なんだから!……はい。今日はまずその状態を三十分維持するところから!その状態でいろいろ質問するからきちんと頭回して答えるよーに」

「お、鬼……」

「なんか言ったかいローク君?」

「……ナンデモナイデス」


 両足を踏ん張りつつ、大剣を構えた状態で腰を落として待機。大剣の重さは、今の腕力なら感じない。足腰が痛くなるということもないし、持ってるだけならば一時間でも耐えられるだろう。問題は、全身を魔力でガードしていること。こっちの方がよほど体力を消耗する。しかも、今覚えた魔力のバランスを維持したまま三十分待たなければいけない。大きく乱れると、カナンからハリセンが飛んでくることになる。

 そして、この状態で筆記試験のお勉強である。何でこんなことをするのかと言えば。


「問題その一!現在冒険者にはバトルスタイルとして確立されているものがいくつもあります。ジョブと呼ばれることもあるその名前を、発見されている分全部挙げなさい」


 戦闘中は、魔力防御の状態を維持しながら戦うだけではない。その都度、モンスターや盗賊などの相手の弱点を考察しつつ、かつダンジョンにあった戦い方を考えなければいけないのだ。

 それを、戦闘考察力、とか言うらしい。

 その考察を組み立てるためには、ある程度以上の知識が必要不可欠である。冒険者の試験に、筆記試験があるのはこのためだ。ダンジョン、探索マナー、モンスターなどの知識に国と正しく取引するための社交性。それらをきちんと身に付けなければ、冒険者として仕事をしていくことはできないからである。


「け、剣士、黒騎士、白騎士……狩人、盗賊……竜騎士、獣使い、白魔導師、黒魔導師、赤魔導師……あ、あとなんだっけ。えっとえっと……召喚士、幻想士、詩人、剣闘士、拳銃使い、魔砲使い、海賊、それからそ、それから……あ、宝物(ほうもつ)使い!」

「正解!もっとすらすら言えるようになろうね。では質問その二。その宝物使いってどんなジョブ?」

「え?えっと……ダンジョンで見つかる宝物の中には、特殊な適正がないと扱えない特別な宝物がある。それを使って、特殊な攻撃をする専用のジョブ……あぶっ」

「正解だけど、大剣の先の魔力が消えてるよ。はい、やり直し」

「いいいい!」


 びしっ!とハリセンがお尻に飛んできた。ちくしょー!とロークは転がる。

 ちなみに剣士は一番ポピュラーなジョブだが、実際はその中でもさらに細分化されている。ロークのように大剣で戦うことを目的として訓練してきたタイプもいれば、二つの剣で戦う双剣使いタイプもいる。また、細身のレイピア系の剣に毒を塗って敵を攻撃するタイプの剣士もいるという。

 ちなみに、黒騎士と白騎士は、剣士ジョブの派生である。どちらも剣士でありながら補助的に黒魔法を使うことができる者、あるいは白魔法を使える者を指す。黒騎士は、魔法剣士と呼ばれることもあるそうな。


「知識をちゃんと思い出して応用しつつ、体も動かせるようにならないと」


 ちらり、と懐中時計を見て言うカナン。


「でもまあ、訓練始めた頃よりは全然良くはなってるよ。ちゃんと進歩してる。最初は魔力を全身に行き渡らせることもできなかったのが、ある程度維持した上で問題に答えられるようになってきたんだから」

「ありがと。……でも、完全に俺の訓練ばっかになってるけどいいのかよ。勉強は問題ないとしても、カナンの戦闘訓練が全然できてねーじゃん」

「俺は誰かさんと違って、日々ちゃんと鍛練してるからいいの。……人の心配してる場合?五分休んだらまた再開するからね。水分補給しておいで」

「ういー……」


 季節は初夏。今日も結構蒸し暑い。訓練も大事だが、健康管理はそれ以上に大事だ。よろよろと立ち上がり、その際うっかり訓練場の柵に激突して一本へし折りながら(いやほんとごめんなさい)自分の荷物を置いたベンチへ向かう。

 鬼コーチだとは思うものの、カナンの特訓が成果を出しているのは事実であるし、何より内容は間違っていない。来月に迫った試験をなんとしてでも突破するため、あらゆる工夫をしてくれていると知っている。全ては、ロークと共に十六歳で冒険者になるという夢を叶える、そのためだ。

 これに失敗すると、次の試験は来年になってしまう。あまりお金のある家でもないし、これ以上家族に期待させて待たせるのも申し訳ない。一刻も早く冒険者になって稼いで、少しでも裕福な暮らしをさせてやりたいという気持ちもあった。――前世の自分ならば、考えられなかったことだ。


――そういえば。前世の俺は、ずっと一人で冒険してたんだよな。


 思い出すと、なんだか気持ちが萎んでくる。

 というのも、前世の自分は念願の冒険者になったはいいが、ろくな人生ではなかったと記憶しているからだ。

 今だからこそわかるが、恐ろしいまでにプライドの高い男だった。自分は冒険者として恵まれた才能があると、何かの天才だと信じたかった。金よりも何よりも、ライバルにマウントが取りたい一心で冒険者になったのである。故郷の町にいた年下のイケメンが、ひそかに片思いをしていた女性をあっさり射止めたのがあまりにも悔しかったがために。

 その女性を振り向かせるか、あるいはそのイケメンを悔しがらせてやりたかったのだ。冒険者になったのは、そいつが冒険者としてある程度成功していたからに他ならない。

 自分の方が、価値ある存在だと思い込みたかった。それで冒険者を目指して、旅に出た。だが、プライドが高く、誰かに命令をしてばかりいた自分についてきてくれる仲間などおらず。結局、不便と思いながらも一人で旅をする羽目になったのである。

 そして、旅立ってたった一年で命を落とした。

 ちまちまとイージーモードのダンジョンで薬草取りをするのに飽き飽きして、とにかく少しでも早く栄光を手に入れたくて――身の丈に合わない難易度の高いダンジョンに挑んでしまったのである。

 仲間もおらず、単身で、しかも一年目の新人が挑んでいい相手ではなかった。無謀にも縄張りに踏み込んだ男を、見逃してくれるほど黒竜が優しいはずもなく。

 自分はあっさりと、その尾に吹っ飛ばされて全身の骨が粉々に砕けた。しかも悲惨なことに黒竜は獲物が死んだことをきちんと確認せず、動かなくなったオズマにトドメも刺さないで巣の奥へ引っ込んでしまったのである。

 おかげでオズマは瀕死の状態のまま、意識も失えずに苦しみぬいて死ぬことになったのだった。

 あの地獄は二度と体験したくない。指先まで骨が砕けていて身動き一つするだけで痛いし、口からは内臓の欠片が漏れ出て吐き気が酷い上に呼吸も苦しいし、息をするたび折れたあばら骨が肺に突き刺さって激痛が走るし。仲間がいれば、あるいはもっと自分の実力にあったミッションを着実にこなして力をつけてからにしていれば――避けられた悲劇だったのは間違いないことである。


――だから俺は、今度はあんなことにならないようにって、最強チートの力をくれと女神に頼んで……でも。


 その結果が、あの時にはしなかったタイプの苦労をする羽目になっている。やはり、努力もせずにチート能力で強くなりたいなんて願ったのが間違いだったと言わざるをえない。それで結局、共に旅立つ友に迷惑かけっぱなしになっているのだから。

 ただ、あの時と唯一違うのは、その友がいることだ。こんな自分を助けてくれる誰かがいることに、心から感謝しなければいけない。支えて貰って当然なんて、けして思ってはいけないのだ。あの時の“オズマ”に何が足らなかったのか、今の“ローク”にはよくわかっているのである。


――強くなりたい。でも、それは自分のためだけじゃない。……カナンのために、心も強い人間になりたい。そのために俺はきっと、人生をやり直したんだから。


「ねえ!」

「!?」


 その時。唐突に後ろから声をかけられ、ロークはぎょとして振り返ることになった。見ればいつの間にかそこには、ピンク髪にツインテールという容姿の少女が立っているではないか。年齢は、多分自分と同年代くらいだろう。

 彼女は鎧を身に付け背中に、大きな袋を背負っていた。ロークははっとする。――宝物使い特有の装備だと気づいたからである。


「お前……」


 ロークが何かを言いかけるよりも先に、甲高い声で少女は言った。


「あんた、冒険者試験受けるつもりなんでしょ?やめといた方がいいんじゃないのー?」

「は?」

「さっきまでのあんたの訓練見てたけどさ、魔力防御もできてなければ、知識の方もてんでダメってかんじじゃん?そんな奴に、冒険者なんか務まるはずないと思うのよねー」


 何言い出すんだこいつ。唖然とするロークを、少女は鼻で笑って言うのだった。


「まかり間違って合格されて、さっさと死なれても迷惑だし?くだんない夢なんか見るのやめなさいよ、みっともなーい。お友達も本当に馬鹿よね」


 その言葉に。

 ロークの中で、ぶちりと何かが切れる音がしたのだった。

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