2「この剣が手に入れば、俺もこのパワーを最大限発揮して戦えるかもしれないってことか!」
冒険者は、別名探検家とも言う。
この世界にある、いくつもの未踏の遺跡を調べて、そこから貴重な品を持ち帰ることを生業とする者達だ。
かつて、この世界には今よりも遥かに栄えた文明があったと言われている。空を巨大な鉄の鳥が飛んだり、機械を使って遠くの人と自由に喋ることができたり、あるいは世界中のどこでも同じ映像を同時に見ることがでできたり――と、歴史の教科書にはそんな夢のような道具が様々に紹介されているのだ。
ところが、その文明はある日突然滅んでしまった。その原因は巨大隕石とも言われているし、戦争で爆弾が雨あられのように降ってきたからとも言われているが定かではない。あるいは、火山の噴火でそうなったという説もある。
その結果、文明は大幅にロスト。
それから五百年かけて、今のレベルまで文化水準を戻してきたのが自分達の世界・ジーニストであるというわけだ。
地上にあった建物などはほとんどが失われて久しいが、五百年前の文明は主に地下遺跡となって世界各地に残っているのである。そこには現在の人々に役立つ貴重な鉱石や機械が眠っていることもあり、独特の進化を遂げた生物や植物が息づいていることも少なくない。また、五百年前にあった文明がどのようなものだったのか、そして何故滅んでしまったのかを解き明かすためにも冒険者の力は必須と言っていいのである。
彼等が持ち帰ってきたものは基本的に全て国に高値で買い取ってもらうことになる。高価な品を持ちかえれば、一つで億万長者になることも可能なのだ。
つまり冒険者とは。文字通り、夢と浪漫に溢れた仕事なのである。
大きな功績を残せば国から感謝状と、特別手当も出ることになる。子孫代々讃えられる存在になり、故郷にも補助金が出るので、冒険者を志す若者は後を絶たないのだ。
ただし。――非常に過酷であり、国の兵隊になるよりも生存率が低い仕事だと言われているわけで。実際、ロークの前世であるオズマのように、ちょっと背伸びした遺跡に挑戦したら黒竜にぱっくり喰われてジ・エンド、なんて珍しくもなんともない話であるわけで。
冒険者になるためには、きちんと承認試験を受けて資格を取らなければいけないし、試験をクリアするためには相応の知識と技術、そして戦闘能力が必要ということになってくるのだ。前世では、はっきり言って十七回も落ちてやっと合格したという状況だった。それでもあきらめなかった自分はある意味凄いが。
「……うう」
そんな、夢と希望に溢れた冒険者をカナンと共に志した幼い日。記憶が戻った今になっても、ロークはけして後悔はしていない。前世のリベンジを現世で果たすことができたと思えば、現世の自分が同じ職業を志していた事はまさに幸運だったの一言に尽きるのだから。
ただし。
「……今度女神様にチート能力お願いする時は、もうちょっとバランスよく強くして貰うことにする……」
「馬鹿、そういうことじゃないだろ」
ポカッ!とカナンに頭を殴られるローク。現在、自分達はロークの家の庭にいるという状況である。ロークの“怪力”がどれくらいのものなのか、そして魔法のサポートを使って制御が可能かどうかを調べている真っ最中というわけだった。
ロークが前世の記憶を思い出してから、二週間。訓練を続けているものの、このスキルの想像以上の面倒くささに大苦戦しているところである。
確かに、凄まじいパワーなのは間違いないのだ。重たい馬車を押すこともかるがると出来るし、薪だってあっさり持ち上がる。地面に向けてパンチをすれば大穴もあくし、本気で打てば確実にかなりのクレーターができるだろうということは想像に難くない。
問題はカナンが言った通り、そのパワーに対してロークの体と、扱う道具の耐久性がまったく追いついていないことである。
薪割りをしようとして斧を振り下ろすと、土台の切株まで真っ二つになった――のみならず、斧が砕けて使い物にならなくなってしまうのだ。
地面にパンチで穴を開けた時は、自分の指の骨に罅が入った。回復魔法を使えるカナンが傍にいなかったら大騒ぎになっていたところである。
「日常生活の力のセーブは……ものすごーく気を付けていればなんとかなりそうってわかってきたけどさ」
この二週間で椅子やら床やら柱やら屋根やらと壊しまくったロークは、しょんぼりボイスで言う。心穏やかに、なるべく怒らず、かつ一つ一つの動作を慎重に。そういうことを気を付けていればある程度生活できるようになってきたところだ。――時々それを忘れてしまうのが問題であるし、正直かなりストレスではあるのだが。
「問題は、このままじゃ冒険者になるどころじゃねえってことだよな……」
「それ。……冒険者の試験は来月だ。まずはそれを乗り切らないといけないんだけど。……今のお前が拳で戦うのは自分の体がもたない、ってのはわかってるよな?」
「うん……」
そもそも、ロークは剣士志望者だ。大剣を使って敵をばったばったとなぎ倒す、のが昔からの夢であったのである。ゆえに、ずっと剣の訓練ばかりをしてきたわけで、今更ジョブチェンジなどできるはずがないのだ。
ちなみに、前世の記憶が蘇るまでは数回振るだけで息が上がっていた一番重い大剣。今では苦も無く振り回せるようになっている。
ただし――これで敵を殴ったら最後、多分剣の方がソッコーで折れるだろうなということがわかっているので使うに使えないというだけで。
「これは俺の提案なんだけどさ、ローク」
彼は自分の肩掛け鞄から、分厚い本を取り出した。
「とりあえず次の冒険者試験は、現存の武器で一番頑丈なやつを魔力で防御することで乗り切ろう。筆記試験の勉強と並行して、武器の魔力強化の訓練だね。最悪俺がロークの武器を防御してどうにかするけど、正直それは最終手段だってのは覚えておいて。理由はわかるね?」
「それやったら最後、カナンが他に何もできなくなるんだろ……」
「正解。多分今の俺のスキルじゃ、他の補助魔法も攻撃魔法も回復魔法も手が回らなくなる。長い目で見てそれはまずい。二人だけのパーティなんだから尚更だ」
「うん……」
本当に、カナンには迷惑かけっぱなしで申し訳なくなる。ロークは元々、魔力を操作してどうこうするのが壊滅的に下手だ。そのせいで、魔法系の訓練を全部投げ捨てて剣士の特訓ばかりしてきたのだから。
しかも、筆記試験の問題もある。学校でも成績優秀なカナンと違い、ロークは頭を使うのも大の苦手だった。試験勉強でも、彼におんぶにだっこになるのは既に目に見えている(ああ、これでも前世では一度突破したはずなのに!)。しょんぼりと肩を落とすロークに、“それで”とカナンが本のページを開いて言った。
「そんなにしょげるなんて。確かに暫くは苦労するだろうけど、朗報もあるんだ。……これ、過去に見つかった“宝物辞典”なんだけどさ。これに、どれほどの衝撃を受けても絶対折れない剣ってのが載ってるんだ。名付けて、“カコリアの聖剣”」
ほら、と彼はそこに載った写真を指差す。それは、柄から刃までが銀色に輝く、不思議な大剣だった。柄の中心には青い宝石のようなものが嵌っている。長さは、なんと刃の部分だけで2メートルを超えるという。
「白の遺跡に複数眠っているとされる聖剣で、普段はこの刃の部分が全部柄の中に引っ込んで収納できるらしい」
「え!?ど、どうやってだよ、こんな巨大な刃!」
「それがわからないから不思議なんだって。ただ、柄の部分だけでも結構な重さになる上、刃を顕現させたらその重さは70キロを下らないと言われている。つまり、持ち帰るだけでも本来一苦労なんだ。そして、どれだけ乱暴に扱っても傷一つつかない。最初にこの剣を持ち帰った探検隊が、うっかり地上から地下十階の高さまで剣を落としてしまって、慌ててもう一度回収しにいったなんてことがあったらしいんだけど……落ちたはずの剣はピカピカのまま、まったくの無傷だったっていうんだ」
「すげえ……!」
ロークは眼を輝かせて、辞典に載った概要文を読む。確かに、十階の高さを落ちても傷がつかないくらい頑丈な剣ならば、自分が使っても壊れずに済みそうだ。
実際、この剣は持ち帰られた後に国の研究機関で繰り返し実験されたらしいのだが、それこそ火で炙っても氷漬けにしても刃こぼれ一つしなかったと記されている。
「この剣が手に入れば、俺もこのパワーを最大限発揮して戦えるかもしれないってことか!」
「そういうこと」
にやり、とカナンは笑って本を閉じる。
「ね、ちょっとは元気出てきたでしょ。俺達の最初の目標だ。この剣を手に入れて、持ち帰る!そうすれば、お前のそのチートスキルを生かして戦えるようになる!」
「うんうん。希望が見えてきたぜ!……あ、でも基本的に遺跡で見つかった宝物って、全部国に売らないといけないんじゃねーの?」
「そうとも限らない。初めて見つけたような未登録品の場合は問答無用で国に渡さないといけないけど、カコリアの聖剣は既に八人の冒険家が持ち帰って国に売ってるから……宝物としてのレア度、つまり価値が下がってるんだ。あとは、冒険家によっては“この宝物の研究結果は全て国に渡します”ってことを条件にすれば、自分で研究することを許されることもあるっていう規則がある。ようは、正規の手続きをしつつ、ちゃんと実戦データを国に報告すれば……聖剣をロークの物にすることも充分可能ってわけさ」
「理解した!」
一気にテンション上がってきた。正直、この力のせいで冒険者の夢を諦めなければいけないのかとやや真剣に悩んでいたのである。せっかくの怪力も、制御できずに自分や誰かを傷つけるのではまったく意味がない。ましてや自分は剣士、扱える剣がなければどうしようもないのだ。
だが、自分の怪力を生かせる剣があるかもしれないという。それを見つければ、前世の自分が望んだような“転生してチート無双”が実現できるかもしれないのだ。まあ、それまでの道中の厳しさを考えれば、“まったく努力せずに楽して”なんてことにはならないわけだが、それはそれ。
「よし、早速訓練だ!魔力強化の方法を俺に教えてくれ!スペルなんだっけ!?」
ロークが拳を突き上げて叫ぶと、カナンは一気に切株の上でずっこけた。
「ローク……魔法の授業でやるじゃん。初期中の初期魔法だよ……?スペルからわからないってどういうこと?」
「あ、あれ?」
「……実戦訓練より先に、筆記試験の勉強しないと駄目みたいだね、君は」
「え、えええええええええ!?」
マジですか、それ。
ロークはしおしおとその場でしおれてしまったのだった。