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1「超怪力スキルをお望みですね?わかりましたー」

 オズマ・ラウ、三十五歳。

 この世界で最も稼げると話題の職業、冒険者になってぼっちで旅をしていた次第。

 しかしいくら鍛えても貧弱な体格はなく、恵まれた才能もなかったオズマは最終的に冒険者でもDランク止まり。一発逆転を目論んで黒竜に挑んだものの、あっさり返り討ちにあってぽっくりと死にましたとさ。


 しかし、彼の物語はここから始まることになるのである。


 死んだオズマの目の前に現れたのは、お約束の“女神様”。抽選で当たった数名のみに(なんかの懸賞かいな)、特別に同じ世界での転生と理想的なやり直しをさせてくれるのだという。

 つまり。チート補正を付けて、生まれ変わらせてくるというわけだ。

 オズマは願った。当然、欲しいものはただ一つ。あんな黒竜にも負けない、圧倒的なパワーである。


「女神様!俺に、どんな敵にも負けない超怪力をくれ!」

「超怪力スキルをお望みですね?わかりましたー」


 なんかやけに能天気な女神様は。タブレットみたいなのをぴっぴと操作すると、オズマを新たな人生に送り込みながら言ったのだった。


「まあ、それなりに苦労するでしょうけど、頑張ってください。あとは貴方次第なんでー」


 オズマは消える意識の中で思ったのである。

 苦労するって何なのか。最強のチートスキルを貰ったはずだというのに。




 ***




「あ……」


 夢の中で、女神様の声を聴いた。ベッドの中で体を起こした少年・ロークは、ここで自分が前世の記憶を思い出したことに気づくのである。

 己がかつて冒険者だった、オズマ・ラウであったこと。

 どんなに努力しても、Dランクの実力しか手に入らないくらい才能がなかったこと。

 そして女神様の力で、チートスキルを持って生まれ変わったこと。

 たった今、その記憶を思い出したということ。


――ま、まさか、本当に?


 十六年間、辺境の村の少年ロークとして生きてきた記憶も人格も自分の中にはある。しかしその中に、まるで割り込むようにオズマとしての記憶が蘇った形だった。混乱しながら、ベッドに座ったまま自分の手をぐーぱーと握りしめる。ロークとしての人生の中で、凄まじい怪力を発揮できたなんてことはない。身体能力も人並程度、将来冒険者になれればいいなあ、なんてくらいのことをぼんやりと想像していたくらいの少年だった。

 だが、その力が発揮されなかった理由が今ならわかる。あのスキルというやつは、オズマとしての記憶と、女神との約束を思い出さない限り発動しないものだったのだろうと。


――ってことは今の俺、女神様が考えたような超怪力になってたり、する?


 確かめてみたい。ドキドキしながら、自分の拳を握りしめる。

 きっと女神様は、その怪力で人を傷つけないように、それを制御できる年齢に成長するまでストッパーをかけてくれていたのだろう。多分、きっとそうに違いない。


――早く、試してみたい!


 もしあの夢が本当なら。自分がチートスキル持ちとして人生をやり直せているというのなら。

 今度こそ、夢を叶えられるはずだ。最強無敵の冒険者になり、世界中を旅してまわるという夢を。


「ローク?いつまで寝てるのー?」

「あ」


 そうこうしているうちに、部屋のドアの向こうから母の声がした。


「朝ごはんの準備くらい、手伝いなさいよー。さっさと起きてらっしゃい、何時だと思ってるの」

「あ、ご、ごめんなさいお母さん!今……」


 今行きます、と言おうとしたつもりだった。ベッドの柵に手をかけた瞬間、ばきり、と嫌な音が手の中で響くことになるのである。


「どわああああ!?」


 そして、勢い余って転倒。自室の床に、思いきりキスをする羽目になったのだった。

 ロークがちょっと触っただけで、ベッドの柵が粉々に砕けたのである。――間違いなく、チートスキルが発動した結果だった。結果だったのはいいが。




『まあ、それなりに苦労するでしょうけど、頑張ってください。あとは貴方次第なんでー』




――う、ウソだろ!?こういう事かよ、女神様!!


 チートになって転生したはいいけれど、怪力すぎて日常生活でいろんなものを壊しまくる体になってしまいました。――ご褒美どころか、完全に罰ゲームである。




 ***




「……理解したよ」


 はあ、と。村のベンチに座って、カナンはため息をついたのだった。金色のあちこち撥ねた髪、緑色の眼、女の子みたいな顔立ちのロークの親友である。

 正直、この状況を信じてくれそうなのも、相談できそうなのも、彼くらいしか思いつかなかったのだった。

 ちなみに、彼は公園のベンチに座っていて、ロークはその真正面の地べたに座っているという状態。――今日だけで、家のベッドと、テーブルと、ドアをぶっ壊すというトリプルをやらかしてしまったのである。ここにきて、公共のベンチまで壊すようなのはごめんだったというわけだ。


「突然、そんなすんごい怪力持ちになっちゃったって言うから頭おかしくなったのかと思ったけど。……まあ、ジーニストの女神の力でもなければ、説明はつかないか」


 ちなみにジーニスト、というのがこの世界の名前であったりする。遥か遠い昔、何もなかったこの世界に女神様が降りたって、その涙から海が生まれ、全ての命が誕生したという逸話があるのだ。ロークもカナンも敬虔な信者というわけではないが、村にも女神教の教会はあるし、熱心な人は毎週礼拝に行くと知っている。

 正直、そんな女神様なんて本当にいるの?くらいな認識だったわけだが。実際、教会の女神像そっくりの女神様に会ってしまっていて、こんな力まで貰ってしまった以上――ロークとしては、その存在を信じる他ないし、他の人にも信じて貰うしかないのである。

 まあ、想像以上に後先考えない、いい加減な女神様だったようだが。


「前世の君は、よっぽど馬鹿だったんだね」

「ばっ……はっきり言うなよ!」

「いやだってそうじゃないか。そりゃ、前世で苦労した挙句全然夢を叶えられないまま死んで、やり直しさせて貰えるとなったら喜んじゃうのもわかるよ?わかるけど、もう少し後先考えようよ。パワーだけ最強無敵になっても苦労するだけってなんでわかんないの。制御できなかったら、そんなの自分も誰かも見境なく傷つける凶器になるだけなんだよ?」

「うう……」


 まったくもって、カナンの言う通りである。

 てっきり女神様は、ロークが力を制御できる年齢になったところで記憶を呼び戻してくれたのだと思っていた。ところが実際はいきなりパワーが暴発、ベッドの柵は折るわ、テーブルに穴は開けるわ、ドアは外してしまうわと散々な状況である。

 はっきり言って、このままでは日常生活もままならない。確かにモンスターと戦えば、それなりの戦闘能力を発揮できるかもしれないが。


「戦場に行けばこの力だって役に立つ、とか思ってないよね?」


 ジト目になって言うカナン。


「その拳の包帯が証拠でしょ。……筋力に、体の耐久力が追い付いてないよ。その拳で敵を殴ったら、敵を吹っ飛ばすのと引き換えに気味の腕が折れる可能性が高い」

「や、やっぱりそうだよな……なんとかならねえのか、これ」

「ならない。君が、その力を制御する方法と……その力に見合うくらいまで、体をきちんと鍛えるまではね」

「あああああ……」


 なんてこった。ロークは項垂れるしかなかった。最強無敵のチートスキルを手に入れれば、努力なんかしなくても最強の冒険者になれるとばかり思っていたのに、まさかこんなことになるなんて。これでは、冒険者として旅立つ以前の問題である。――今年こそ共に試験に合格し、冒険者として旅立とうとカナンとは約束していたというのに。


「努力もしないで、楽してチートスキルなんか得ようとするからバチが当たるんだよ」


 ぺしり、とそんなロークの頭をはたいてカナンは言った。


「仕方ないから、訓練につきあってやる。そのまま村中のモノを破壊して回られたらたまったもんじゃないからね」

「か、カナン……!」

「ちょ、抱きつくなよ!?今のお前のパワーで抱きつかれたら俺の体が砕けるから!!」


 飛びつこうとした俺の体を回避してカナンが叫ぶ。代わりに、俺がうっかり手をついた地面にドッカンと大穴があいたわけだが。


「元々お前は体格的にも剣士向きだし、魔法は俺の方が得意だからね。……そのパワーを振るっても体が壊れないような、そんな防御魔法を一緒に考えてやるよ。良かったね、俺みたいな親友がいて!」

「……ほんとにな」


 ややツンデレ気味に言う少年に、俺も笑ったのだった。

 オズマだった時と、大きく違うこと。それは単純にチートスキルを得たことだけではない。

 こうして真摯に相談に乗ってくれる親友が、身近にいるということでもあったのだった。

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