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「それなら、今すぐやったらいいんじゃないかしら?」
冷え切った空気をほぐす、のほほんとした声を発したのはリジアだ。
「商人ギルドには王選鑑定士がたくさん在籍してるし、3人くらいすぐ集められるわ。場所は、上の応接室を使えばいいしね。」
「話が分かるではないか!さっさとそうすればいいものを。」
「ですが、それではご迷惑になるのでは...。」
調子のいいサーミルを見て眉を顰めるユリに、リジアはそっと耳打ちした。
「うちの新人ちゃんがユリちゃんの予定を漏らしちゃったお詫びよ。それに、うちにいる鑑定士はみんなユリちゃんの魔法石の虜だから、魔法石を作るところが見れると聞いたら喜んで協力してくれるわよ。」
魅力たっぷりのウインクを一つ。
リジアはこのウインク一つで数々の迷惑な客を黙らせてきた。
これをされてはユリも断れない。
沈黙を了承を受け取ったリジアがパンパン、と二つ手を叩いて鑑定士に指示を出す。
ユリとサーミルは2階にある応接室に通され、あっという間に決闘の準備が整った。
「なんだか、鑑定士の方が随分と多いような...。」
8席分のソファが用意されたそれなりに広い応接室には、壁際にずらりと並ぶように鑑定士が見学に来ていた。
「ユリちゃんの決闘を見れるって聞いて、急ぎの仕事がない鑑定士が全員集まっちゃったのよ。」
「急ぎの仕事はって、急ぎじゃない仕事はあるんじゃないですか?」
「いいのいいの。さあ、決闘の審判を務める王選鑑定士はハーミスト、アヴェル、そして私リジアの3名です。ユリさんとは親密なお付き合いをさせていただいている商人ギルドですが、王選鑑定士に選ばれた者として、公正な審判を約束しますわ。」
リジアの口調が正式な場に相応しいものへと変わる。
紹介されたハーミストとアヴェルは恭しく一礼した。
二人とも長く商人ギルドに努める、信頼のおける鑑定士だ。
場を整えたリジアの促すような目線を受けて、ユリは小さく頷いた。
ここからはユリの領分だ。
「では、アーケードの出店権利をかけた技巧比べを始めましょうか。」
『決闘』に決められた様式はない。
技術力の優劣を判断できればよく、その方法はアーケードに出店している技術者に委ねられている。
鍛冶師なら刀を打つ、パティシエならお菓子を作る、魔道具師なら魔道具を作る。
魔法石師ならもちろん─魔法石を作って優劣を決める。
「決闘にはこちらの魔石を使用します。先ほど商人ギルドの方に用意していただいたものですので、細工などはしておりません。」
クッションの敷かれた小箱に入ったパール大の二つの魔石。
禍々しい赤褐色は血の色を思わせる。
「さて、サーミルさん。この魔石は何かわかりますか?」
「俺を馬鹿にしているのか?それはマンティコアの毒液と魔力が体内で凝固してできた魔石、『マンティコア・レッド』だ。」
この世界でA級討伐対象に指定されている魔物、マンティコア。
ライオンの体とサソリの尻尾を持ち、尻尾の毒針からは刺されれば呼吸困難を引き起こす猛毒が滲み出ている。
尻尾の先端に毒嚢があり、毒嚢の中でマンティコア自身の魔力と毒液が混じり合い凝固したのが『マンティコア・レッド』と呼ばれる魔石だ。
マンティコアはA級討伐対象であり討伐難度が高いこと、全てのマンティコアの毒嚢に魔石が生成されるわけではないことから、市場では高値で取引されている。
「その通りです。ではこの魔石の特徴と魔力を付与する上での注意点は何ですか?」
「マンティコア・レッドは特に闇属性の魔力を相性がいいが聖属性魔法とは相性が悪い。魔力耐性が高い毒液の性質を引き継いでいるから、魔力負荷をかけて付与する必要があるな。」
「そうですね。マンティコア・レッドに魔力を付与した経験はおありですか?」
「もちろんだ。俺は王選魔法石師だぞ?このレベルの魔石に付与するのは日常茶飯事だ。」
自慢げによどみなく話すサーミルをユリは少し意外に思う。
受付での様子は常識を欠いていたが、魔法石の造詣は深く態度も誠実だ。
性格に難はあるものの、魔法石師としては王選技術者の称号に相応しい人物なのかもしれない。
「では、このマンティコア・レッドに闇魔法を付与して優劣を決めることにしましょう。まずは私がやってみますから、見ていてくださいね。」
ユリは箱の中の魔石を一つ手に取った。
『魔力をちょうだい』
『愛しい子の魔力』
(うん、お腹いっぱいになったら教えてね)
ユリの漆黒の魔力の糸が、糸巻きに巻き取られるかのようにするすると魔石に吸い込まれていく。
壁際にずらりと並んだ鑑定士からおぉ、と感嘆の声が漏れた。
「はい、完成です。」
その間、たったの10秒。
技術をつぶさに見る時間も与えないまま、魔力付与は終了した。
ユリが顔を上げると、サーミルは呆けたような顔をしていた。
「では、次はサーミルさんが行ってください。」
「...。」
サーミルは一言も喋らずその場から動かなかったが、暫くしてのっそりと魔石を手に取った。
墨のような薄い魔力が魔石を包み込む。
サーミルは苛立ったように両手で硬く魔石を握りしめ、額に汗を滲ませる。
皆が固唾を飲んで見守る中、そのまま10分ほど経って
「出来ました。」
と小さな声が部屋に響いた。
「では、鑑定を始めましょう。」
ハーミスト、アヴェル、リジアの3名が鑑定を始めるが、鑑定するまでもなく勝敗は決定的に思えた。
魔石を強い力で握りしめ続けたサーミルの手は小さく震えていて、その表情は伺えない。
暫くして、鑑定した3名は全員ユリに票を入れた。
「勝者はユリさんです。両者、異論はありませんね。」
「ありません。」
「...ありません。」
「では、これにて決闘を終了します。」
「凄かった」「見れてよかった」「あのユリ殿に決闘を申し込むと言うからどんな奴かと思ったら期待外れだったな」
部屋を出ていく鑑定士は興奮冷めやらぬ様子で談笑する。
部屋にはユリとサーミル、そして魔法石を鑑定した3名の鑑定士のみが残された。
王選技術者→各業種の職人のトップ100
アーケード→王選技術者の中のトップ
というイメージです




