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商人ギルドとは、イストラリア王国にいる商人の殆どが加入する職業組合だ。
仕事の斡旋や融資、商人同士の揉め事の仲裁など、個人経営者では対応しきれない部分をカバーしてくれる。
大陸中に協会があり、独自の情報網で他国の情勢にも精通している。
そのため他国で商売をしたいときに有利だったり、商人ギルド加入店として一定の信頼が得られたりと、とりあえず加入しておけば色々便利だ。
「王の専門店街」に軒を連ねるユリも例外ではない。
アーケードは普段裕福な客を相手にすることが多いが、ロイの信念のもと商人ギルドや職人ギルドに加入し技術を広めることが義務付けられているのだ。
「おはようございます。今日はどのようなご用件でしょうか?」
空いている受付に行くと、対応したのは若い男性だった。
見慣れない顔だ。入ってきたばかりの新人なのだろう。
「依頼品の納品に参りました。依頼書はこちらです。」
「はい、お預かりしま...え⁉」
大きな声に隣の客がぎょっとこちらを向く。
「し、失礼しました。依頼書は確かに確認しました。では、こちらの番号札を持って鑑定カウンターまでどうぞ。」
男性は頭を下げながら、慌てて番号札を渡してきた。
驚かせてしまった隣の客に軽く頭を下げて鑑定カウンターに行くと、こちらにいたのは見慣れた顔だった。
「あらユリちゃんじゃない。いらっしゃい。」
「リジアさん、おはようございます。」
カウンターの向こうから気怠げに出迎えたのは、鑑定士リジア。
緩く巻かれた金髪、ぽってりとした唇に泣きぼくろ。
出るところは出て引っ込むところは引っ込んだナイスバディなお姉さんである。
「朝からユリちゃんの魔法石が鑑定できるなんて、今日はツイてるわ~。」
「私はよく依頼を受けていますよ。リジアさんが出勤していないだけです。」
「だって私、朝は弱いのよ~。ほらほら、そんなことより早く見せてちょうだい。」
ユリがマジックバックから依頼品である氷魔力を付与した魔法石を取り出すと、リジアはうきうきと鼻歌を歌いながら鑑定を始めた。
朝に弱かったり、あまり出勤してこなかったりと一見真面目そうなリジアだが、鑑定士の腕は一級品だ。
仕事は正確で実績もあり、商人ギルドの誇る人気ナンバーワンの鑑定士だ。
美貌目当てに言い寄ってくる迷惑な客のせいでカウンターにはなかなか出てこないが。
しばらくして。
「それじゃあ、依頼料をお支払いするわね~。」
査定が終わりにっこり顔のリジア。
一方周りの男性陣は、鑑定しながら「んふふふふ」とお色気たっぷりにこぼれるリジアの溜息を聞いて撃沈していた。
ユリは完全に残念なものを見る目である。
「魔力量にばらつきがないし、基準もしっかりクリア。文句なしだわ~。緊急で依頼させてもらったから、査定金額を上乗せしておくわね。」
「はい、ありがとうございます。」
リジアはまだうっとりと魔法石を見つめている。
「この魔法石、冷蔵用の馬車を作るのに使うんですって~。氷魔法に適性がある魔法石師って少ないのに、すぐに欲しいって言われちゃって困ってたの。ユリちゃんが依頼を受けてくれて本当に助かったわ~。」
「冷蔵用の馬車ですか。」
「そう、気温が低い時期に開発を終えたいんですって~。もしかしたら、来年の春にはお魚がもっと気軽に食べられるようになるかもね。」
この世界には、残念ながらまだ魔力で走る自動車というものはない。
必要な魔力が多すぎて、魔法石を使ってもコストがかかりすぎてしまうからだ。
一般的な輸送方法は、魔法で積荷を乗せる空間を拡張させた馬車か船。
そのため内陸部で魚を食べようと思ったら干物か川魚くらいしか選択肢がなかった。
もし冷蔵用の馬車が開発されれば沿岸部から内陸部への短期輸送が可能となり、日持ちのしない魚介類も王都に入ってくるようになるだろう。
魚介類だけでなく、もっと遠くの国から傷みやすい食べ物を輸送できるようになるかもしれない。
「今より魚が手軽に食べられるようになればありがたいですね。」
「そうよね~。あ、そうそう。ユリちゃんに伝えたいことがあったんだったわ。実はね...」
リジアが何か言いかけたその時、
「見つけたぞ!ユリ・ランドル!」
周りの雑音をものともしないよく通る大きな声が協会を突き抜けた。
公共の場で大声を上げる非常識な人とは関わり合いたくなかったが...非常に残念なことに呼ばれたのは自分の名前である。
ユリが声のした方を振り向くと、それなりに裕福そうな服装の青年が大股でこちらに向かってきていた。
「まったく、ここ数日どれだけ探し回ったと思っているんだ!アーケードに店を出しておきながら招待状を持つ客しか利用できないなど非常識にもほどがある!相当やましいことがあるんだろう!」
歩きながら大声を出す青年を、周りは迷惑そうに見ている。
王国中の商人が集まる商人ギルドで問題を起こして、この後どうなるかわからないのだろうか。
「ユリちゃん、言いたかったのはこの子のことなの。最近、ユリちゃんがどこにいるかを聞き出しに毎日来てるそうなんだけど、受付の子がユリちゃんが依頼の品を届けにここに来ることをうっかり言っちゃったらしくて...。ごめんなさいね。」
「いえ、こちらこそ私のことでご迷惑をおかけしてしまったようですので。」
カウンター越しにひそひそ会話する。
それも気に障ったのだろう。
「何をしている!」と青年は声を荒げた。
「お客様、周りの方の迷惑になりますので...。」
青年の後ろから慌ててやってきたのは、先ほど受付で対応してくれた新人の子。
「煩い!俺はユリ・ランドルに決闘を申し込みに来たんだ!アーケードに決闘を申し込むのは王選技術者の正当な権利だ!権利を主張して何が悪い!」
問題なのは権利云々ではなく公共の場で大声を張り上げていることなのだが。
どうやら話が通じないタイプらしい。
「あの...決闘って、何ですか...?」
おや、この空気の中でその質問をするとは、中々胆力のある新人である。
だが怒っている相手には火に油だ。
「『決闘』というのは通称なんです。王選技術者は誰もがアーケードへの出店資格を持っていますが、実際にアーケードに店を出せるのはアーケードの店で修業経験がある人か、店主より実力が上であると示せた人に限られます。実力が上であると示すというのが、よく決闘と称される部分ですね。」
元の世界風に言うなら、道場破りといったところか。
「失礼ですが、貴方のお名前は?」
「サーミルだ。」
「ではサーミルさん、まず私に決闘を申し込む場合はアーケードの会長を通すようにと魔法石師協会に通達したはずですが、ご存じありませんでしたか?」
「し、知らんそんなもの!」
「では次に、魔法石師の決闘ではそれぞれが魔力を付与した魔法石を3人以上の王選鑑定士に鑑定してもらうことで優劣を決めることになっています。鑑定士の方に話は付けてあるのですか?」
「い、いや、それはまだ...。」
「でしたら、本日決闘を行うことはできませんね。後日アーケードの会長を通じて正式に申し込んでください。」
「だから、俺には決闘を申し込む権利があると言ってるだろう!断るということはやはり実力を偽っているんだな。はん、客をほとんどとらないと聞いて怪しいと思っていたんだ。お前のような若さで王選技術者などなれるはずがない!」
どうしよう、本格的に話が通じないタイプの人だ。
周りから変な注目を集め始めているし、協会に迷惑をかけてしまっているのもいただけない。
(もう適当に魔法でつまみだして警備隊に預けちゃおうかな...。)
ユリの思考は過激な方向に現実逃避をはじめた。




