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10年前。
まだ内乱が収まりきっておらず、国内の情勢が不安定だったこの時期。
突然届いたランドルが弟子をとったという知らせは、始末に追われていたヴィードにとっては頭の痛い話だった。
魔法石とは、魔力という水を大量に溜めておける、いわば魔力の貯水槽のようなもの。
付与されている魔力量が多いものほど高値で取引される上、武器にだって活用できてしまう。
国が混乱した状況の中、各地の貴族にとって魔法石師は金と武力という卵を産むガチョウだったのだ。
そんな状況での、国随一と名高い魔法石師であるオリヴァー・ランドルの弟子取り。
他の貴族からの横槍が入るのは必至、誘拐されてしまう可能性も否定できなかった。
手紙を受け取ったヴィードは、すぐにランドルのもとに向かった。
「すみませんねぇヴィード様、急に来ていただいてしまって。」
「気にするな...と言いたいところだが、このタイミングは問題だぞランドル。」
「わかっております。それでも弟子にせねばならん事情がありましてな、お力添えを頂きたいのです。ほら、出ておいで。」
背中からそっと顔をのぞかせた少女。
歳をとって随分を背が縮んだランドルよりも、さらに小さな背丈。
てっきり男だと思っていたヴィードは、弟子がこんなに小さな少女だとわかり目を瞬かせた。
「うちのお客様だよ。ここの領主様でもある。挨拶しなさい。」
「......ゆ、ゆり、です。よろ、しく、おねがい、します...。」
少女は、ひどく怯えていた。
声は震えているのに、表情はまるで感情が抜け落ちたかのように動かない。
気配は希薄で、死ぬ間際の病人を彷彿とさせた。
しかし、
(だが何だ、この圧倒されるほどの魔力は...!)
消えてしまいそうな雰囲気に反した、練り上げられたような濃度の濃い魔力。
貴族であり、氷剣の使い手として指折りの魔力を誇るヴィードですら寒気を覚えるほどの。
(これが本当に、この少女の魔力なのか...!?)
「ヴィード様、ご覧の通りこの子は、自分の魔力量に器が耐えられません。」
ランドルの言葉に、ヴィードははっと息を呑んだ。
「このままでは、この子は長く生きられないでしょう。この子には、毎日生み出される膨大な魔力を消費する環境が必要です。」
「...それが、魔法石師、か。」
「左様でございます。過剰な魔力は、魔法石に付与すればよい。」
「...しかし、だ。これほど強大な魔力を魔法石に付与するのは無理なのではないか?この魔力量なら、魔導士になれるはずだ。」
「ヴィード様、私はこの子を幸せにしてやりたいと思っております。」
ランドルは、背中から出てこようとしないユリの頭をそっと撫でた。
「ヴィード様のおっしゃることもよくわかります。繊細な魔力操作が必要な魔法石師にとって、多すぎる魔力は扱いにくいもの。この子ほどの魔力量なら、魔導士の頂点まで上り詰めることができるでしょう。...今が平和な時代であったのなら、それでもよかったのかもしれません。」
今の時代、魔導士もまた、軍事力として数えられた。
国の軍事力確保のため、一定の魔力量をもつ者は皆身分問わず、国が管理する魔導士養成学校に通うことになっている。
この乱れた国政で、なんの後ろ盾も持たずしかし力だけは強大な少女が養成学校に通えばどうなるか、想像にたやすい。
だが弟子という形であれば、何とかこの少女を守ってやれる。
貴族からも、この国からも。
「いずれは、表舞台に立たねばならない時が来るでしょう。しかし、今はまだ隠れて力をつけるときです。ヴィード様には、そのご助力を頂きたい。老い先短い者の最後の戯れとして、どうかお付き合いを。」
「...わかった。他ならぬお主の頼みだ。」
こうして、ヴィードはユリと出会った。
ヴィードは他家からユリを守り、いずれ役に立つであろう教養と作法を身につけさせた。
出会った当初は常に怯えていたユリも徐々に心を開き、少しずつ笑顔を見せるようになった。
魔法石師としての才も頭角を現し、厳しい修行の末、無理だと思われていた繊細な魔力操作をやってのけた。
ユリと出会って2年後に内戦は終結し、国は新たな王のもと平和を取り戻した。
「完了しました。」
凛としたユリの声が、ヴィードを現実へと引き戻す。
「魔法石内の魔力量の補填と調整を行っておきました。魔法出力に差が出ないように調整いたしましたが、ご確認ください。」
「ありがとう。」
ヴィードはユリから剣を受け取り、鞘から抜いて空間を一閃する。
「...うん、いつもと変わらない感触だ。完璧な調整だよ。」
「ありがとうございます。」
「ユリ嬢の調整は早くて正確だけど、おいしい紅茶を飲み終わる前に終わってしまうことだけが難点かな。」
「もったいないお言葉でございます。どうぞゆっくりとお寛ぎくださいませ。」
「ふふ、そうさせてもらうよ。この店はとても居心地がいい。」
静かで落ち着いた店内、おいしい紅茶、自分に媚びを売る人間のいない空間。
公爵家の人間であるヴィードにとっては、家以外の唯一寛げる場所だった。
「そうだ、ダティの街はどうだった?」
「今は丁度秋のネフィイリア祭の期間中ですから、とても賑わっていました。」
「そうか、もうそんな時期だね。秋のネフィイリア祭もすっかりダティの名物になったようだ。」
「領主様が、ターニャ姉さんとアイリス姉さんを偲んで作られた祭りですから。」
ユリがそっと目を伏せる。
「...そうだね、領主のハロル殿はネフィイリア祭に注力しているようだ。社交界でも、春秋に訪れるダティの美しさは格別だと度々話題に上がるほどだから。」
「秋咲きのネフィイリアは、領主様手ずから品種改良なさってできた品種なんです。春のネフィイリアは花びらの縁が淡い青色なのですが、秋咲きの品種は中心が紺、縁が白くなるのが特徴で。」
「へえ、一面に咲いたらきれいだろうね。」
「...とても。」
ヴィードは、本当は秋咲きのネフィイリアの特徴をすでに知っていた。
いや、何度も聞いた話だったと言うべきか。
ユリは毎年、姉の命日になるとネフィイリアの話をする。
姉代わりであった娘たちを偲んで作られた花の話を。
何度話しても足りないという風に、嬉しそうに。
(ネフィイリアが、娘たちを偲ぶ象徴だと思っているのだろうね。)
毎年、命日が近づくと目の下に隈を作り、嬉しそうにネフィイリアの話をするユリを見るたびに、ヴィードはユリがダティの街で負った心の傷がまだ癒えていないことを実感する。
10年間見守ってきた中で、ユリは確かに本来の溌剌とした少女の姿を取り戻している。
感情を表に出せるようになり、笑顔も泣き顔も見せてくれた。
それでも、ユリは他人との間に壁を作る。
まるで、もう大切な人を失う悲しみを知りたくないかのように。
痛々しい様子を見ていられなくて、ヴィードはついユリを気に掛けてしまうのだ。
しばらく話した後、ヴィードは店を後にした。
ヴィードが自分を心配して来たことを分かっているのだろう、ユリは笑顔でヴィードを見送る。
店の扉を閉めると、瞬きする間に扉は壁の中に消えた。
「今年は、厳しい冬になりそうだな。」
木枯らしは酷く冷たかった。




