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イストラリア王国東部に位置する王都、ヒルデン。

街を取り囲む大きな城壁をくぐり、王都にやってきた者達がまず目にするのは赤レンガの建物が整然と建ち並ぶ光景。

遠くには王城が見え、街路は石畳で整備されている。

行き交う馬車、商人の元気な客引きの声、大勢の人々。

大通りともなると、着飾った者達でとても華やかだ。

そんな賑やかな大通りから一本裏に入ると、途端に喧騒が止み、落ち着いた雰囲気の通りに出る。

ここは『王の専門店街(アーケード)》』。

王が選定した、後世に残すべき高い技術を持つ者たちの店が建ち並ぶ通りだ。

その一角に、ショーウィンドウに飾られた魔法石が目を引く小さな店がある。


『Eternal Garden』


店名の書かれた木製の吊り看板が風に揺れる。

ダークウッドの上品な店構えは、普通の人には『ただのレンガの壁』に見えていることだろう。

ショーウィンドウの向こうへ行くためのドアがないことに、行き交う人々は気づかない。

しかし一人の男が、壁の前で立ち止まった。


コートの隙間から覗く隊服に、腰には一振りの剣。

細身の体躯だが、立ち姿は鍛え上げれた騎士そのもの。

男は壁の方を向くと、おもむろに胸元からカードを取り出した。


『  魔法石専門店

  Eternal Garden 』


するとどうだろう、ただの赤レンガの壁だったはずの場所に、ミント色が特徴的な木製のドアが現れた。

男が慣れた様子でドアを開くと、カラン、とドアベルがささやかな音色を奏でた。



「お待ちしておりました、お客様。

魔法石の花園、『Eternal Garden』へようこそ。」



魔法石店とは思えぬほど、落ち着いた色合いの店内。

一歩足を踏み入れた男を、一人の女性が美しいカーテシーで出迎えた。

紺色を基調とした機能的なドレスに身を包み、白銀色の髪は後ろでシニヨンにまとめられている。

編み込まれた部分には宝石のついたピンが挿され、照明を反射してキラキラと輝いた。


「久しぶりだね、ユリ嬢。」

「お久しぶりでございます、ヴィード様。遠征からの無事の帰還、大変喜ばしく思います。」

「ありがとう。ユリ嬢は...うん、少しは眠れているようで安心したよ。」


男がそう言うと、「ユリ」と呼ばれた女性は困ったように微笑んだ。


「お墓参りに行ってきたんだろう?是非話を聞かせてほしいな。この剣のメンテナンスがてらね。」


ヴィードは腰に差した剣の柄をぽん、と叩く。

見る人が見れば卒倒しそうな気安さで扱われるこの剣は、イストラリア王国の建国神話の中にも描かれる魔剣、『氷剣』(グレイスソード)。

斬ったものをたちまち凍らせることからその名が付いた魔剣は、イストラリア王国を創り上げたリンデン・イストラリアによって当時の家臣に下賜されたという7つの神器のうちの一つである。

神器は7人の家臣たちの家に代々継承され、ヴィードは氷剣を受け継ぐグレイス公爵家の当主であった。


「承知いたしました。どうぞお掛けになってお待ちください。」


ヴィードが通されたのは、店内中央の3人掛けのソファ。

周りを取り囲むように魔法石が飾られた華美な空間だが、ウォールナットで統一された家具が店内の雰囲気を上品で落ち着いたものへと昇華させている。

並んでいる品々は、入手困難な一級品ばかり。

ヴィードが品揃えに惚れ惚れしていると、店の奥からユリがお茶とお茶菓子の載ったティーワゴンを押してやってきた。


配膳する時も崩れない、美しい所作。

使われている茶葉は貴族の屋敷で出されるような高級品、茶器は有名な窯元で作られた一級品だ。

ヴィードは出された紅茶を一口口に含むと、満足そうに頷いた。


「とてもおいしい紅茶だね。うちの家人にも引けを取らないよ。」

「ありがとうございます。公爵家の使用人方に鍛えていただきましたので。」

「執事長にも伝えておこう。彼は君の活躍を、自分の孫のことのように喜んでいるからね。」

「恐れ多いことでございます。」


恐縮して頭を下げるユリの様子はまるで、淑女教育を終えた貴族令嬢のようだ。

今すぐ夜会に出ても、誰もが良家のご令嬢だと思うだろう。

一方で、貴族令嬢であるならば自ら客に茶を淹れるなどということはしない。

美味しいお茶を淹れる能力が求められるのは、専ら執事やメイドである。

平民という身分に似合わぬ、貴族のような美しい所作。

知らぬ者が見ればちぐはぐに感じるだろうユリという女性を、ヴィードは微笑みを浮かべながら見つめていた。

なぜなら、彼女に淑女教育を施したのはヴィードの生家であるクリスタル公爵家なのだ。


「では、氷剣をお預かりいたします。」


ユリとヴィードが出会ったきっかけは、今まさにユリが触れている氷剣にある。

斬るもの全てを凍らせる氷剣は、その強大な魔法を、扱う剣士の魔力を消費することで生み出している。

しかし斬るたびに一々魔力を大量に消費していては、剣士の魔力がいくらあっても足りない。

そこで魔力の補助をしてくれるのが、鍔の部分に輝く魔法石だ。

魔法石にあらかじめ魔力を付与しておくことによって、魔法を発動するときの魔力が魔法石からも供給されることになり、少ない魔力消費で氷剣を扱えるようになるのだ。


魔法石師の仕事は、使うたびに消費される魔法石内の魔力を補填すること。

元はユリの師匠である、かつて国随一と称された魔法石師、オリヴァー・ランドルが担当していたが、引退したため弟子のユリに引き継がれた。

神器の一つである氷剣の管理を任せられることは魔法石師にとって最高の栄誉──それを齢20のユリが任せられたことは、魔法石師界を揺るがす大事件だった。


『魔力付与』


ユリの魔力が、アイスグリーンに輝く魔法石に吸い込まれていく。

付与する魔力量が多すぎると負荷に耐え切れず石が割れてしまうし、少なすぎると今度は石自体の魔力抵抗に跳ね返されて付与できなくなる。

繊細な魔力操作を求められる作業を、ユリは危なげない手つきで行っていく。

しかも今回付与する必要があるのは、並みの魔法石師なら魔力が足りず匙を投げるほどの魔力量だ。

それを顔色一つ変えずに付与するユリの力量は、第三騎士団団長であるヴィードでさえ測れない。


(ユリ嬢と出会って、もう10年になるのか...。)


魔力が銀の軌跡を描いて付与されていく様子を見ながら、ヴィードは10年前のことを思い出していた。


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