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残酷な描写がほんのり含まれます。
ほわり
工房にあるチューリップ型のスタンドライトを点けると、暖かな橙色の光が手元を照らす。
ユリの仕事は魔法石師。10年前姉を殺した─魔喰石のような魔石や鉱石に魔力を付与する仕事だ。
魔法石とは、その名の通り魔力を帯びた石のこと。
例えば道端に落ちている石に魔力を付与してみる。大抵の場合魔力による負荷に耐え切れず割れてしまうが、もし成功したらその石は立派な魔法石だ。
しかし残念ながら、道端に落ちている石には魔法石としての価値はほとんどない。
魔法石の価値は、付与されている魔力の属性と魔力量で決まるからだ。
価値が高い魔法石は、珍しい属性─この国で言えば氷属性や闇属性─や、大量の魔力が付与されているもの。
そこに鑑賞的価値が加わればさらに高値で取引される。
そう、例えば魔喰石のように。
「魔力付与」
ユリの手にあるのは、人の頭ほどの大きさがある魔喰石。
本来ならばこぶし大にしか削れないはず。この大きさのものに魔力を付与したら、魔力量の多い貴族ですら、魔力が足りず倒れてしまうだろう。
だがユリの顔色は変わらない。帰ってきたときの青白い顔のままだ。
空気中を舞う銀の魔力が糸のような軌跡を描いて魔喰石へと注がれていく。
ゆっくりと、繊細に。まるで布を織るように。
『君の魔力はおいしいね、愛しい子』
『もっとちょうだい。』
『可愛い子、愛しい子。』
頭の中に聞こえる、子供のような声。
普通の魔法石師が何十年とかかって習得する魔力操作を、ユリこの声を頼りに行うことができる。
ほかの人には聞こえない、特別な能力。
あの日、あの時。開花してしまった才能。
『ねえ、愛しい子。おいしい魔力をくれたお礼に、君の願いを叶えてあげるよ。』
『愛しい子。可哀そうな子。君の願いなら、なんだって叶えてあげる。』
『さあ、君は何を願う?』
(私の、願い、)
(私の、願いは、)
「あいつらを、殺して。」
コトン
ユリは魔喰石を机に置いた。
魔力をたっぷりと吸収した魔喰石は、墨で塗りつぶしたかのような黒の中心が微かに銀に光っている。
無事に付与が終わり、ほっと一つ溜息をついた。
ユリが石と話すという特殊な能力を得たのは、あの地獄のような場所だった。
毎日魔力を奪っていく魔喰石から声が聞こえ始めたのは、いつからだっただろうか。
始めはなんとなく、喋り掛けられているような感覚があるだけだった。
だがあの瞬間。
目の前で姉が死んだ瞬間。
はっきりとした声に変った。
そして、人を殺すことを願ったのだ。
命日はいつも、姉が死んだときの記憶が蘇る。
死に際の絶叫、光を失っていく瞳、最後に伸ばされた細く痩せた手。
あの時の光景が瞼の裏に貼り付いて離れない。
『あなたが助けてくれなかったから私は死んだのよ』
『私は愛する人に会えなかったのに、どうしてあなたが生きているの?』
『この世界で、あなたを愛している人なんて誰もいないくせに!』
「っ違う、姉さんはそんなこと言わない…。違う、違う、」
光を失った目がこちらを向いて、痩せ細った腕が助けを求めるように彷徨って、その口から掠れた声で、
『あなたが死ねばよかったのに』
「違う!」
ダンッ、と机を叩いて立ち上がる。
倒れた椅子がガタンッ、と大きな音を立てた。
机の上の魔喰石は、橙色の明かりすら吸収してしまうほど黒く、そこに在る。
魔力を吸収し終え、もう何の声も聞こえない。
「こうすることでしか生きられなくてごめんなさい。ターニャ姉さん、アイリス姉さん。」
触れた魔喰石は、ひどく冷たかった。
魔石…魔物から採れる魔力の塊。魔物のコアと呼ばれることもある。




