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ふわりとした一瞬の浮遊感の後、靴底が床に着地する。
足元に浮かぶ転移用魔法陣の淡い輝きが消えた。
窓から差し込むのは月明り。
すっかり遅くなってしまった。
『ただいま。』
誰もいない部屋で独り言ちる。
「家に帰ったらただいまを言うのよ。」
そう教えてくれた母への義理立てのようなものだ。
もう会うことの叶わない、遠い世界へ置いてきてしまった家族との唯一のつながり。
11年前、当時小学3年生だったユリが目を覚ますと、暗い森の中にいた。
何がいるかもわからない夜の森で獣の遠吠えに怯え動けなくなっていたところを男たちに見つかり、鎖に繋がれ、魔喰石の採掘をさせられた。
言葉が通じず、ここがどこなのかも、自分が何をさせられているのかもわからないまま、骨が軋むような痛みに耐えて。
それでも幼いユリが生きていけたのは、先に男たちに捕まっていた2人の女性のおかげだった。
2人は泣きじゃくるユリをなだめ、優しく抱きしめてくれた。
言葉を教え、食事を分け与え、姉代わりになってくれた。
「もう、10年、か。」
ローブのポケットにしまっていた、上質な紙の封筒を取り出す。
かつて姉代わりだった人の父親からの手紙だった。
『娘の事件から今年でもう10年になる
一度会うことはできないだろうか。』
「...私にはまだ、昨日のことのように思い出せるよ。」
柔らかい声も、叫び声も。
優しい笑顔も、死に顔も。
こびりついて離れない。
「それに、どの面下げて会いに行けというの。」
部屋を出て、店舗兼工房として使っている1階に降りる。
私の営む店、この世界での、私の居場所。
『Eternal Garden』
それは、姉を殺した、魔法石を扱う店なのだから。




