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残酷な描写が含まれますのでご注意ください。
魔喰石とは、国内で採掘される魔石の中でもトップクラスに高価な石だ。
『触れた者の魔力を吸い取る』ことからその名がついた魔喰石は、付与限界量まで魔力を付与するとこぶし大ほど大きさに割れるという性質がある。
この性質を利用し、魔喰石の採掘は高い魔力をもった作業員が魔力を付与することによって行われていた。
この採掘の難しさが、魔喰石の価格を押し上げる原因の一つだ。
平民に魔力の高い人間は少ないため、そもそも作業員が確保しずらい。
うっかり自分の魔力量を見誤れば、魔力を完全に失い死んでしまうことだってある。
実際、採掘中に誤って鉱脈の上に落ちてしまい、魔力枯渇によって作業員が命を落とす事故が後を絶たない。
あまりの事故の多さに、国から許可を得た業者しか採掘できない...はずだった。
「生存者は、いないだろうな。」
魔力を急激に奪われるとき、猛烈な痛みを伴う。
犯人は、苦しみに悶えながら死んでいった事だろう。
亡くなった娘たちの様子を見れば分かる。
犯人は、ダティの街でも高い魔力を持っていた娘たちを誘拐し、鎖に繋いで違法な魔喰石の採掘を強制したのだ。
痛みの伴う作業を、誘拐してから、1年間も。
その下衆が、娘たちと同じ苦しみを味わって死んでいくとは、なんの因果だろうか。
(だが、魔喰石は魔力を付与しなければ剥がれない性質のはずだ。こんなに大量の魔喰石が、どうして犯人の頭上に...。)
結局、現場は封鎖され、魔喰石の鉱脈は国によって管理されることとなった。
保護された少女は一命をとりとめたが、この国の言葉には不慣れなようで上手く意思疎通ができなかった。
唯一の生存者である少女から聴き取りが出来ないため調査は手詰まりかと思われたが、犯人が少女たちを監視するために使っていた映像記録用の魔導機構が、直近1ヶ月間の現場の記録を残していた。
記録されていた映像は、見るに堪えないものだった。
少女と娘たちは碌な食事も与えられず、苦痛に耐えながら魔喰石に魔力を注ぐ毎日。
布団は薄い敷物に毛布が1枚だけ。
岩肌が剥き出しの硬い床の上では、満足な睡眠など取れなかっただろう。
夜は、気紛れに男達の寝所へ連れ込まれ女としての尊厳を踏み躙られる。
幼い少女だけは男達の食指が動かなかったのか放置されていたが、いつか食われてしまうかもしれないと、娘たちが必死に守ろうとしていた。
そして、アジトへ突入した日。
突撃部隊の接近に気づいた犯人達は、できる限りの魔喰石を荷台に詰め込み、少女と娘たちを口封じのために魔喰石の鉱脈の上に突き飛ばした。
魔喰石は、触れた箇所からどんどん魔力を奪っていく。
十分な栄養が与えられず疲弊した娘たちが鉱脈の上から逃げられるわけもなく、全身から魔力を奪われる痛みに悲鳴をあげる。
声が徐々に小さくなり、娘たちの身体が動かなくなる。
それを見届けていた男達が立ち去ろうとしたとき、荷台に積まれた魔喰石がひとりでに動き出し、男達に襲いかかった。
あり得ない出来事に男達は反応が遅れ、慌てて逃げ惑う。
剣で応戦するも防戦一方。
いつの間にか鉱脈の近くに追い込まれ、そして、剥き出しになった魔喰石の一部が男たちの上に崩れ落ちた。
鉱石が頭に当たり即死した者もいたようだが、多くの男達は、魔喰石に魔力を吸い取られる苦しみに絶叫しながら死んでいった。
やがて、全てが静寂に包まれた頃、あの少女だけがふらふらと立ち上がった。
魔喰石の上を平然と歩き、そのまま2人の娘を鉱脈の上から引きずり出す。
そこで力尽きたのか、娘たちの側に座り込みポロポロと泣き始めた。
突撃部隊がやってきたのは、全てが終わったあとだった。
娘達の最後の姿なのだからと周りの静止の声を聞かずに記録映像を見た家族は泣き崩れ、捜査を強行しなければ娘達は生きていたかもしれないと自分を責めた。
突撃部隊の責任者だったダティの騎士団長は、事件を未然に防ぐことができず、突撃の際に犯人に気づかれてしまったことを悔やみ、団長を辞した。
唯一生き残った少女は、毎晩謝罪の言葉を口にしながら魘されるようになった。
当時、治療師を除いて1番少女の側にいたのはステイルだった。
起き上がることのできない少女に代わって、果物やお菓子など、少女が喜びそうなものを買い与え、怖がらせないように注意深く当時の状況を聞き出し、魘されているときは手を握ってやり、起きているときは言葉を教えてやった。
ステイルは何度か、亡くなった娘達の家族に少女に会ってやってほしいと頼んだが、両家は断った。
生き残った少女が悪くないことはわかっている、それでも会ってしまったら「どうして生き残ったのが君だったのか」と、傷つけるような言葉を言わない保証がないから、と。
結局、娘達の家族と少女は一度も顔を合わせぬまま娘達の葬式の日を迎えた。
「行きたいなら連れて行ってやるぞ。」
何度も窓の外を見つめる少女に提案するが、少女は小さく首を振った。
「姉さんたち、の、かぞく。私の、こと、きらい。」
「嫌ってなんかねえよ。ただ...。」
「会えない、は、会いたい、ない、いっしょ。」
「......。」
「ユリ」と名乗り、今年で10歳だという少女は、歳の割に随分と世の中のことを理解していた。
言葉はまだ拙いが、娘達に教わる前は喋れなかったというのだから驚きだ。
顔立ちからして出身は東方系だろうが、東方に多いという黒髪ではなく白髪。
混血児だろうと結論づけて調べてみたが、結局身元は分からず終いだ。
「行かねぇのなら寝ておけ。まだ身体が回復しきってないんだ。」
「は、い。」
大人しくベッドに入った少女の頭を撫でてやると、猫のするように目を細める。
すぐにうとうとしだしたため、そっと布団を掛け直してやる。
「ネフィイリアの花...。」
「ん?」
「姉さんたち、好き、いう。おはかに、おいて、あげて。」
「そうなのか。...残念だが、あれが咲くのは春だけだ。墓に供えるのはちと難しいだろうな。」
「...そう。」
暫くすると、寝息が聞こえ始めた。
今日は珍しく落ち着いている。
自分が付いていなくても大丈夫だろうと、治療師に伝えて部屋を出る。
まさかすぐに呼び戻されることになるなど、思いもしないで。
「ユリがいなくなった」と連絡を受け、ステイルはすぐに葬式の行われている教会へ向かった。
彼女が向かう場所など、ここしか思い当たらなかったのだ。
息を切らしながら到着すると、荘厳な空気に包まれている教会が、いつになくざわついていた。
「おい、何があった。」
冒険者の顔馴染みを見つけ、声をかける。
冒険者は、どこか怯えたような表情で振り返った。
「ネフィイリア。」
「は?」
「咲いたんだ、突然。ネフィイリアの花が、一面に。」
「な...!?」
人の波を押しのけて前に出る。
先程まで葬式が行われていたのだろう墓の周りには、辺り一面を覆い尽くすほどの、青いネフィイリアの花が咲き乱れていた。
「青いネフィイリア...あの子が好きだった花だ。」
「あぁ神よ、娘のために花を手向けてくださったのですね。」
「奇跡だ...。」
「神の祝福に違いない...。」
誰が始めたわけでもなく、皆が頭を垂れ始める。
ドクドクと嫌な音をたてる心臓を押さえながら、ステイルは人々から隠れるように教会を出た。
結局、少女はネフィイリアが咲き乱れる丘の頂上で見つかった。
気を失っている少女は魔力不足で、この少女が花を咲かせたことなど明らかだった。
そして、季節外れのネフィイリアの花を咲かせることがどれだけ難しく、それを大規模にやってのけた少女にどれほどの価値があるのかも。
ステイルは誰にも気づかれないよう、少女にフードを被せて抱きかかえる。
眠る少女の片隅に、亡くなった二人の娘の髪色と同じ赤と黄色のネフィイリアの花が寄り添うように咲いていたことは、彼だけが知っている。
ネフィイリアの花はネモフィラがモチーフです




