8 3人以上いると急に難しくなる (挿絵)
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【怜】
「黒江さん!人を呼び出しておいて自分はいないというのはどういう了見ですか!」
グラウンドのギター少女と別れ、朱を伴って昇降口に戻った。途中、朱と手を繋いでいるという衝撃の事実に気づき、急いで手を離した。橘にキモいとか言われてないので、どうやらふたりには見られていないのだろう。
知らずかいていた手汗を制服で拭う。朱に何ら気にした素振りは見えないが、控えめにいってJAPANESE HARAKIRIしそうだった。
チラシ配りを押し付k・・・お願いしてからそれほど時間は経っていない。一花と橘はまだ配っていると思ったが、どうやらすでに終わらせていたようだ。なんでこうも要領に違いがd・・・
「ごめんごめん。ま、呼んだのは一花さんだけなんだけどね。橘さんは直接捕まえたし。」
「人を虫か何かのように言わないでください!」
朱は毛先を指先で弄びつつ、全く悪びれる素振りなく答えた。
「それで私たちはなんで集められたの?」
ヒートアップしている言い争いは、対照的に起伏の乏しい一花の声に止められた。
(こいつらは・・・仲が良いんだが悪いんだか・・・)
橘、一花のふたりとはこの春からの選択授業で一緒になった。授業は音楽と体育のふたつから選べたが、極めてインドアな身としては体育など選ぶわけがない。当然と音楽を選択した。朱も同様だ。
授業の際、朱はよくこのふたりと話している。楽器が上手いのはそうなのだが、どうやらこのふたりも同様に体育を避けたらしく、気が合うのはそのせいもあるのだろう。
そして、一花の問い。どうしてこのメンツが集められたのかはなんとなくわかる。
このふたり、楽器が弾ける。一花はギター、橘はピアノだ。そしてかなり上手い。
普段、朱が何を考えているかわからない。しかし今だけは朱の考えがわかった気がした。
(おそらくこのふたりをコッキーに勧誘するんだろう。朱もこういう地道な活動ができるようになったんだな・・・)
朱は満面の笑みを浮かべ「よくぞ聞いてくれました!」と頭につけて言い放った。
「このメンバーでライブに出ようと思っているからだよ!」
(・・・嘘つきました・・・恥ずかしい!)
朱の言葉は予想のはるか上、正確にいえば上方斜め右方向に飛んでいった。
胸の中での話だ。間違えたとて、誰に責められるものでもない。
しかしながら、「帰りにシーフードレストラン行ったね」とドヤ顔キメて「それ私じゃない」って言われた時くらいの絶望感があった。これスベってますかね?ピーカピカにワックスかけなきゃですかね・・・
(朱の思考が読めるようになったと慢心した自分が憎い。慢心、ダメ。ゼッタイ・・・)
「まったく、いつもながら急な話ですね・・・私はイチカに合わせます。」
「暇だったらいいけど、いつなの?」
思わずリンちゃんを探して漫才コンビ、リンレイを結成するところまで妄想を加速させてしまったが、そのうちに話は大きく進んでいた。
その時だった。
一花の「いつなの?」という言葉が脳内を木霊した。
その反響は徐々に大きくなり、衝撃となって全身に広がる。
身を揺らすような錯覚に襲われ、そして思い至る。
もしこの予想が当たっているのならイカ三郎(父)の比じゃない絶望感だ。
(いや、大丈夫だ。自分の予想が当たらないことは先ほど証明したばかりだ。まだ焦る時期じゃない・・・)
「明後日!」
(ダメでした!嫌な予感ほど当たるって言うよね!)
「・・・はい?」
橘のこれが普通の反応だ。常人なら、いきなり明後日ライブだと言われればこうなるだろう。橘は良識のある人間だ。
もっとも、いきなりではなく、ある程度予想していても驚いているのでもうどうしようもないのだが。
「何やるの?みんなでカスタネット鳴らす?」
だから一花のこれは異常な反応だ。さも当然のように返事をかえしているが、この人おかしい。
いや、冗談を言っているように聞こえるから可笑しいというわけではなく、全く動じないのがおかしい。その姿は風格を感じるまである。
(なんなのこの人?慌てても演奏日は変わらないとはいえ、心臓強すぎませんかね・・・確かにあれだけ弾ければライブに対して余裕もあるんだろうけど・・・まさか転生でもしてチート能力持ってるんじゃないだろうな・・・)
「ち、ちょっと待ってください!明後日って練習する時間ほとんどないじゃないですか。親族を集めて、身内だけの演奏会ってわけじゃないんですよね?」
親族を集めて演奏会なんてあるの?何この子貴族なの?転生した公爵令嬢とかなの?ここにも転生者がいました。世の中、転生者多過ぎでしょ・・・
「まー落ち着いて橘さん。曲はみんなが知ってるやつで、ジャズスタンダードあたりがいいと思うんだ。あ、みんなっていうのは演者と観客どっちもね。」
朱はカラカラと笑いながら「新歓ステージでやるからね」と付け加えた。
全く悪びれない朱の発言にこめかみを抑えている橘には同情しかない。ツッコミをしてくれる人がいるとこうも自分が楽になるのかと同情を通り越して感謝すらしている。
(朱に巻き込まれるのって傍から見るとこんな感じなのね。まあでも・・・)
朱の話は突拍子もないことを言っているように聞こえる。
しかしその反面、現実的なことも言っている。
セッションライブなら、演者全員が知っている曲であれば、たとえライブが明後日だとしても演奏可能だろう。
しかも、半ば無理やりとはいえアンプ等機材、演奏時間も確保している。意外に外堀は埋まっている。
(ただ、演奏のクオリティを度外視すればだけど・・・)
想像してほしい。プロでもない高校生がノリと勢いだけでジャズセッションをしているところを。悲惨な末路が見えてこないだろうか。
「しぃ、大丈夫。何も今から作曲して演奏しようってわけじゃない。私はやってもいいよ。」
「イチカ!?」
悲惨な末路が見えないハートストロングマンがここにいました。
もしかしてこの人強いのは筋肉の方で、力こそパワーとか言っちゃうただの脳筋なんじゃないだろうか。
朱が「今からオリジナルを作るのも面白そうだな・・・」と呟いている声が聞こえたが、こちらに至ってはもはやクレイジーとしか言いようがないので無視する。
だが流石の朱も現実を見たのか、はたまた悲惨な末路を見たのか、自らの呟きを振り払うと一花に笑顔を向けた。
「一花さんありがとう!橘さんはどうする?逃げる?」
「その言い方は癪に触りますね・・・女に二言はありません。イチカと同じでいいです・・・」
不満が滲み出た表情を浮かべつつ橘は頷いた。一花の袖を引いて陰に隠れるのは何かの抵抗なのだろうか。
しかし、ウォール一花、ウォール橘と突破されてしまえばもう壁はない。朱は壁を乗り越えて笑顔を浮かべている。ちなみにウォール怜はすでに超大型朱のつま先で破壊されています・・・
「よっし!これでメンツが揃ったね。私がドラム、一花さんがギター、橘さんがピアノ、怜がベースだね!今日はもう遅いから明日から練習ってことで!」
わかってはいたが勝手に頭数に入れられている。拒否権は・・・ないよな・・・
(というか、明日から練習って、明日で練習できる日最後なんだけど・・・でもそんなツッコミより今は言うことがある。)
なんだかんだ言って盛り上がっている3人に向けて、わざとらしい咳払いをして注目を集める。
一度ではダメだったので2度3度と繰り返していると、朱が肩を竦めながらため息をぶつけてきた。
「怜さ、普通に会話に入ろうよ。」
「え、会話に交ざりたかったんですか?ずっとしゃべらないので存在を忘れていました。さっきから喉を鳴らしているので、道に痰を吐き捨てる最低なゴミクズかと思って軽蔑していたところですよ。で、何か言いたいことありますか?」
「しぃ、言い過ぎ。」
「だって・・・」
(なんでこの子こんなにあたり強いの・・・まあこっちが悪いんだけど・・・)
橘のあれはツンデレのツンだと信じたい。そうでなければ精神がもたない。いや、デレを向けられても困るんだけど。
「はーい静粛に。秋津様からお言葉を賜りまーす。」
茶化すように言う朱に従うのは忌々しいが、わざわざ聞く態勢を作ってもらってやっぱりいいですというわけにもいかない。ズタズタな心情を隠しつつ、努めて平坦な声を出す。
「・・・曲目は?なにやるの?」
4人の間に音はなく、帰宅の時間を知らせるチャイムだけが遠く響いていた。
(え、なに気が付かなかったの?)
誰からともなくスマホを取り出し、SNSのグループを作った4人は、その夜に曲を決めることを約束して解散した。
閲覧ありがとうございます。
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以下修正予告です。(20230216時点)
本編で反応がいまいちだった箇所の修正を検討しています。変更箇所はわかるように後書きに記載します。
物語の進行に影響がないようにしますが、各話の順序が替わる可能性がありますので、予めご了承ください。
20230525サブタイトルの附番を変更しました。