7 岐路、それは出会い (挿絵)
朱のイメージ画を作成しました。
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【忍】
「あーごめんね。邪魔しちゃったかな?」
見つめ合うことしばし、目の前の絶世の美女が相好を崩しました。いえ、制服を着ているので美女という年齢ではないのですが、その女子生徒はどこか大人びていて、同年代には見えなかったのです。
(あのスカーフの色は一つ上の先輩か。あれは・・・ギター?)
美少女先輩の手には不釣り合いなビニール袋が握られていました。そして中から飛び出ている細長い木の棒。見覚えがあります。それはギターでした。
「んーこれ?弾いてみる?」
美少女先輩は質問に答えない私に気を悪くした素振りもなく、少しビニール袋を持ち上げて再度質問を投げかけてきました。
何か言わないとという思いとは裏腹に「あの」とか「その」など言葉にならない言葉を返していると美少女先輩は隣に腰掛けてギターを構えました。
「チューニングだけしちゃうね。」
袋から出てきたギターは深い緑色でした。ギターを構える美少女先輩は慣れている、というかそれが本来あるべき姿と言わんばかりの自然体でした。
美少女先輩は弦を一本ずつ鳴らして、ギターの先端にあるねじまきのような部分を回しています。
(そういえば、中学の授業では弾く前にギターの音を揃えたっけ?でも授業ではカードみたいな機械を使ったような・・・?)
私が昔の記憶をたぐり寄せている間に「ちゅーにんぐ」は終わったようで、美少女先輩は「どうぞ」と言いつつ、手渡してくれました。
「あの、これは・・・?」
差し出されるままギターを受け取ってしまいました。一緒に薄くて軽い、だけど固い、おせんべいみたいなものをもらいました。形は三角なのでどちらかと言えばおにぎりなのですが。
「あーピックは自分の使うよね。」
「あの、そうではなくてですね・・・「ぴっく」はギターを弾くのに必要なものなんですか?」
「・・・・・・それはエレキギターをピックを使って弾くことへのアンチテーゼか何か?」
「?・・・っ!ごめんなさい!え、えっと!」
美少女先輩は一瞬だけ目を見開いて面食らった表情を作り、すぐあとに真剣な顔を向けてきました。
「え、えっと違うんです。その、よくわからないんですが・・・「ぴっく」ってそもそも何ですか?」
美少女先輩は「あー」と声に出しながら一人納得の表情で頷いています。それからスカートのポケットにしまった「ぴっく」を取り出して私に差し出してくれました。
「ということはお嬢さんはギター始めたての初心者ってことだね?」
「そ、そうです!あ、でもお嬢さんはちょっと・・・」
流石にそれほど年も離れていない先輩からお嬢さんと呼ばれるのは抵抗があります。私は軽く自己紹介をしながら「ぴっく」を受け取りました。
「ピックっていうのは弦を弾くための道具で指の爪の代わりをしてくれるものなんだ。」
美少女先輩は「ちょっと借りるね。」と言って田中先輩から借りたギターを構え、ピックをもう一枚取り出して弦を弾きました。
「・・・このギターって指宿ちゃんの?」
「いえ、軽音楽部に置いてあったものを貸してもらいました。」
「・・・そう。」
そこまで言うと美少女先輩は顎に手を当てて考え込んでしまいました。考える姿も絵になります。
「もし良ければ、指宿ちゃんが自分のギターを買うまでそのギター使って。」
「え!悪いですよそんな!」
「むしろ悪いのはこのギターだけどね。」
「えっと、どういうことですか?」
「んー。まず状態が最悪。弦は錆びてるしネックは順反り。初心者じゃこれを押さえることなんてできないよ。極めつけはチューニングしてもすぐ音がズレる。」
美少女先輩はギターの先端にあるねじまきのような部分を何度も回して「なんでそうなるのかは調べる気にもならないけど」と言ってギターを置きました。
「もはやギターの形をした何かとしか言いようがない。誰がこんなギター貸してくれたの?」
「えっと、3年生の田中先輩です。」
「田中?あー・・・」
ブラックコーヒーを飲んだ時のような苦い表情を浮かべた美少女先輩でしたが、次の瞬間にはさらに苦々しい表情を浮かべることになりました。
「あーけー!サボってんじゃねぇ!」
またも後方から飛んできた声に驚いて身体が跳ねましたが、しかしてその声は私に向けられたものではありませんでした。
「さ、サボってないよ!勧誘してたんだよ!」
バツの悪そうな表情を浮かべ髪の毛を手櫛で梳いている様はどこかいじらしいようにも見えました。
美少女先輩を迎えにきたのは恐らく先輩だと思いますが、ちらと向けられたその視線は鋭く、少しだけドキッとしてしまいました。
(に、睨まれた・・・この学校ってピアスありなのかな・・・も、もしかして不良?)
日に焼けていない白い肌、肩口までありそうな黒髪を低い位置でポニーテールに束ね、耳にはピアスが光っていました。美少女先輩といい、バンドマンは色白が多いのでしょうか。
「・・・わかった。勧誘ならもっと人の多いところでやるぞ。」
「あーわかったからそんなに急がなくても新入生は逃げていかないでしょ。」
「逃げるんだよ!今日が何日だと思ってんだ!」
「そんなに怖い顔じゃ、それこそ新入生も逃げるんじゃ・・・あ、逃げられるのは怜の顔が怖いからじゃない?」
「・・・」
「もしかして芯くっちゃった?」
「と、とにかく行くぞ!」
「そんなに怒ってるとモテないゾ☆」
強引に手を引かれて立ち上がった美少女先輩の表情はとても楽しそうでした。しかしこのまま連れて行かれるわけにはいきません。私は立ち去る背中に声をかけます。
「あ、あの!ギターは!?」
「あー貸しておくよ。大事にしてねー。」
立ち去るふたりを追うように伸ばした手は行き場を無くし、ただ空しく空を切ることになりました。
【怜】
朱とは長い付き合いになるが、未だにあいつの思考は読めない。全く何も考えてなくて、気分の赴くまま生きているとさえ思う。
何が言いたいかというと、あいつを探そうと思ったら下手に推測して動くのは無駄だということだ。
とはいえ、朱が去って行った方向に主要な目的地は2つしかない。グラウンドとその先にある部活棟だ。いくら朱が気分のまま動いていたとしてもそのどちらかにいるだろう。
(それにしても、こっちは働いているのに、あいつだけ休んでいるとか許せないよな。)
ジュース片手にだらけている朱の姿が頭をよぎり、ふつふつと怒りが込み上げてきた。この際、朱が自分の持ち分を捌けさせたのは無視する。部の危機はみんなの危機。部の仕事はみんなで分け合うのが当然だろう。決して自分が働きたくないから言っているのではない。ないったらない。
(お、いた。けど・・・誰だあいつ?)
ほどなくして朱は見つかった。グラウンドへ続く三段しかない階段で後輩の女子生徒と会話をしている。
ふたりともギターを抱えていて話し込んでいるようだったが、仲がいいようには見えなかった。
後輩の女子生徒はといえば、上目遣いで自信のなさそうな視線。他人の様子を窺うような態度は凡そ朱が興味を持ちそうなタイプではない。
朱は人当たりは良いが、面倒見の良いタイプではない。あわせて興味の有無がはっきりしている。興味がない人間に対してはかなり適当だ。だから朱が頼られてギターを教えているとは考えづらかった。それとも、あの女子生徒に朱の興味を惹く何かがあるのだろうか。
(というか、物陰に隠れて女子生徒を観察しているこの状況・・・)
学校の外だったら通報されていた。不審者セクハラ有罪実刑で無期懲役までありえる。懲役は主に朱にこきつかわれるという意味で。
(朱に気取られないうちに話に割って入るか・・・いやだなあ。会話してるところに割り込むとかいう高等テクニック常人にできるわけないよな・・・そうだ、今着ましたという体で怒りながら介入しよう。勢いでごまかすんだ!)
逃げられないよう朱の死角から忍び寄り、詰問する。まさに犯罪者の手法・・・ではなく暗殺者のテクニック!これでゴ○ゴもヤレる!無理か。
「サボってないよ!勧誘してたんだよ!」
話しかけた途端、ノータイムで言い訳が飛んできた。これはやってんな。サボりの常習犯だな。
しかしそれは苦し紛れの言い訳とも、本心ともとれる言い方だった。
ちらと後輩の女子生徒に目を向ければ、バチっと視線が交差してしまい思わず目を逸らした。
(こっちが立っているせいもあるんだろうけど、この子、上目遣いがあざといな・・・自信のなさそうな表情と相まってかなりあざとい。媚びるように粘着質な視線があざとい。むしろ一周回ってあざと可愛い。)
愛嬌のある顔立ちは女子よりも男子から人気が出そうだ。ミディアムロングの髪は緩く内巻きになっていて、やわらかな印象を受けた。
少し様子を窺っただけのつもりだったが、もしかして見つめてしまっていただろうか。後輩の女子生徒の非難怪訝抗議その他諸々の視線を感じつつも、努めて無視する。否定されてばっかだな・・・
ともかく、朱の言葉が真実だったとしても、勧誘ならもっと人の多いところでやってほしい。我々コッキーポップ同好会には時間と余裕がないのだ。ついでに言えば部員も足りない。
少々強引ではあるが、橘や一花を働かせている手前、時間を無駄にはできない。一花が朱を探していたことを伝えつつ、朱の手を引いて昇降口へ向かった。
20230525サブタイトルの附番を変更しました。