66 軽音バトル!⑥(平明のシン章編)
【怜】
田中たちの演奏は勢いのある演奏だった。ガッツリ歪んだ大音量のギター、ギタボと呼吸が合ったベース、ドラム。うまくまとまった演奏、この3人で日々練習を重ねたとわかる演奏だった。
しかし、勢いだけの演奏とも言い換えることができる。
ベースはリズムが崩れていないように聴こえるが、その実合わせているのはボーカルだ。ボーカルに追従し、ただそれを追うだけ。楽曲に大きな崩れはないがリズムがブレブレ。良くも悪くもボーカルに左右されていた。
ドラムは論外だ。
下手ではない。しかし、演奏が破綻しない程度にコピーをサボっていた。ドラマーではない俺がわかるくらいだから、相当な手抜きだ。
コピーバントとしての勝負なのだから、そこの手を抜いてどうすると敵ながら問い詰めたいところだ。
ギターはギタリストが気持ちいい音色、心地よい音量。ギタボゆえいくつかのコードを省略していた。それに奇妙なしゃくり上げ。歌い方の個性を出そうとしているのか、はたまた素なのかはわからないが、絶妙に勘に触る歌い方だった。芸人がモノマネでやるV系バンドのようだった。
一番嫌だったのはボーカルが中心になっているところだ。
あからさまにバランスが悪い。ボーカルがモタれば全体が崩れるし、何よりボーカルの顔色を見て弾くことはバンドの息のあった演奏とは言えない。逆にそこが魅力なバンドもあるが、少なくともThe Peaceは違う。
だが、矛盾するようだが、それでいい。完璧である必要はない。
アマチュアがやるコピーバンド、それも高校の部活でやるなら上々の出来だ。むしろ、同じ高校生として他にやることが多くある中でよくもまあバンドで集まって練習できるものだと感心してしまうほどだ。
こんな言い方をすると、おまえは何様のつもりだと言われてしまいそうだが、今だけはその心配もない。
なぜなら、軽音部の連中はステージを見つめてダンマリだから。朱たちの圧倒的な演奏を見て、聴いて、言葉を失っているから。
朱たちの演奏は上手かったから。
しかし拍手は疎だ。それは軽音部員の最後の抵抗か、あるいは呆気に取られているからだろうか。
朱たちの撤収を手伝うためにステージに向かう間、ちらと盗み見た観客の表情は後者のように思えた。
「な、なんだよ!massesをやるんじゃなかったのかよ!」
拍手が止むころ、ステージ上に投げつけられた声は田中のものだった。
「勝手にオナってんじゃねーよ!こんなの無効だろ!」
口角泡飛ばすとはこういうことを言うのだろうか。勝手にベースがソロを始めて、あまつさえmasses以外の曲をやることはおかしいと訴えたいのだろう。ただ、顔を真っ赤にして錯乱気味に吐かれる言葉は、大衆の面前で言うものではない。
「あんたThe Peaceのライブ見たことあんのかよ?」
投げかけられた言葉は朱に向けられたものだった。
しかし、俺はつい口を挟んでしまった。
「は?なんだよ急に・・・」
正対する田中の視線は揺らいで見える。
ステージから見下ろすその姿が気勢に反して矮小に見えるのは、俺たちの間に物理的な高低差があるからだろうか。
「The Peaceは、茜は曲の前によくソロを弾いていたんだよ。」
「そんなこと今は関係ないだろ・・・っ!」
「演奏前にくっちゃべっていて、マナーも弁えないようなやつらを黙らせるためにやったのがきっかけだ。効果は、見てのとおりだろ?」
俺が視線で促した先、ことの次第を見守る観客の反応は様々だ。目を背ける者。納得顔の者。ただ、顔を真っ赤にして唇を引き絞る田中の心情は怒りか、羞恥か。
「レベルが違うドラマーに頼むとか反則だろ・・・」
それでも言葉を紡ぐのは意地か。こじつけか。
「そうよ!先生に助けてもらったんだからズルよ!」
「田中先輩の勝ち!」
あるいは、納得できていない者。さっきから色んな意味で声が大きい女子ふたり組はその筆頭だ。
火に油だっただろうか。たぶんそうなんだろう。
しかし、言わずにはいられなかった。
勝負と題しているにもかからわずThe Peaceに全力を注がなかったことが許せなかった。
中途半端な出来でドヤ顔を晒しているのがムカついた。
碌に原曲を聴いたこともないくせにどこそこがかっこよかったなどと言ってほしくはなかった。
好きな音楽を無茶苦茶にされたくはなかった。
完全なエゴ。もしくは独りよがりで理想の押し付け。
本来、誰がどんな音楽をしようと勝手なはずだ。だから、俺がこんなことを言うこと自体おかしい。それはわかっている。
「てか、なんのあいつ。」
「ねー。いきなり話し出して。キモいんだけど。」
俺の思いはともかく、所詮こんな小童が何を言おうと高が知れている。聞く耳を持つなどあり得ない。やはり火に油だった。
小火程度だった不満は音楽室全体に伝播し、喧騒へと形を変える。そしてもはや収集がつかなくなっていた。
「勝ったとか、負けたとか、そんなことを語ることに意味なんてないよ。」
雑多で無秩序な喧騒を破ったのは、マイクを啄んだ朱だった。
グリルに上唇を当てて声を出す独特のその姿。The Peaceの演奏を見た後だからだろうか。その朱の姿がなぜか茜の歌い方と重なった。
「重要なのは聴き手がどう受け取ったか。私たち弾き手が演奏を語ることに意味なんてないし、どうすることもできない。」
こいつはいきなり何を言い出すんだ。急に語り出すとか厨二病か何かなのか。恥ずかしいやつめ。
そう口に出しそうになっているのは俺だけだった。
鼻息が荒い取り巻きたちを除けば、この場にいるそのほとんどが皆一様に朱を見つめていた。
さっきまであの演奏をしていたやつが何を語るのか。その言葉に、一挙手一投足に注目していた。
いや。どうしようもなく惹きつけられていた。そのカリスマ性に魅入られていた。
「そ、そう!じゃあ私たちがどう思っても構わないってことよね?なら田中先輩の方が格好良かったわ!」
「そうよ!だいたい、そんなボロボロな楽器で恥ずかしくないの?バンドは見た目も重要なんだから!」
肝が据わっているのか、目が据わっているのか。この状況でよくも勢いを保てるものだと感心してしまう。
衣装や見た目は採点対象ではないはずだが、そんなことはもはやこいつらには関係ないのかもしれない。あるいは、この雰囲気すらも。
「怜はよくやったよ。」
「は?なんのこと・・・」
「あんたたちが笑ったこのエフェクターボードだって、茜が使っていた機材に寄せるためのものを組んでいるし、音だって作り込んでる。このベースだって、レリックはともかく、昔に茜が使っていたのと同じモデルだ。」
ストラップで肩にかけたベースに手を置いた朱の視線はどこか愛おしげだった。
「そして、そういう小さいところがバンドメンバーに、聴き手に伝わるんだ。今何をしているかが、伝わるんだ。」
真っ直ぐと向き合う朱にいつもの不真面目な仕草は一切感じられない。
その姿は真剣そのもの。いつもセッションをしている時に感じる、誠意、誠実さだ。
あるいは、向き合っているのはいちゃもんをつけてきているあの女子生徒ではなく、もっと大きな何かなのかもしれない。
「趣味で曲をカバーするなら好きにすればいい。自分の好きな音で、中途半端なコピーで勝手にやればいい。でも、私たちはThe Peaceをしていたんだ。コピーするってそういうものなんだ。」
正直、今の朱は迫力があった。説得力とも言い換えていい。抑揚に乏しい声は、朱ではない誰かが話しているようだった。
普段の朱が同じことを言っていたら、首を傾げるようなことだろう。嫌味のひとつでも言うかもしれない。しかし、今は違う。
あの演奏を見た後だ。あの演奏に何かを感じ取ったやつなら、もはや何も言い返せない。
ただ黙って明暗を示すことくらいしかできない。
「言ってる意味がわからないわ!話をすり替えないで!否定しないってことは田中先輩の勝ちってことよね!?」
言葉を継いでいく女子生徒は、もはや引っ込みがつかなくなっているのか、あるいは。
「・・・そんなに勝ち負けに拘るのなら。見てみなよ。」
朱が向けた視線の先には、誰かがいるわけでもない。
しかし、俺が視線を戻した次には、主張を繰り返していた女子生徒たちの顔は引き攣って歪んだものになっていた。
「聴き手はもうわかってるんじゃない?」
音楽に好き嫌いはある。しかしそれを以て優劣をつけることは難しい。そもそも定量的に分析できるものではない。
だからこそ好きにやっていいし、他人が誰かの演奏にケチをつけられるものでもない。
ただ、こと今日においてそれを言ったら本末転倒になる。軽音バトルの体裁を保てなくなってしまう。それをわかった上で朱は言っている。
それは音楽を取り巻く環境であり、一種の核心。
みんなが否定しないことが一般と化すということ。つまり多くの一致した意見が世間一般の正解であるということ。
そしてそれこそが今回のバトルの基準になる。
はたして、この空間のマジョリティはすでに軽音部にはなかった。




