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63 軽音バトル!③(騒めきの序章編)

【忍】

 あれから2週間が経ちました。

 あれ、というのは軽音楽部で軽音バトルが決まってからという意味です。

 最近のコッキーは平常運転です。朱ちゃん先輩は授業をサボって寝ていますし、先輩は寝不足のクマが取れません。どこかぎこちなかった恋ちゃん先輩としーちゃん先輩はいつもどおりの仲良しに戻ったようで一安心しました。いえ、むしろさらに仲がよくなったような気もします。

 放課後、その日集まった人たちでセッションをして、時間になれば解散します。練習終わりに楽器屋さんに行くこともあれば、早めに切り上げてカフェに行くこともありました。

 コッキーの部室にはドラムセットがないので、朱ちゃん先輩のドラム演奏が見れないことだけが少し残念ですが、それ以外は充足していました。そんな日常です。

 いつもどおり変わらない日々が過ぎていきましたが、時間が過ぎるということは、あれの日も近づいてくるということです。

 そうです。明日はついに軽音バトル当日なのです。

「朱ちゃん先輩!練習しましょう!」

「お。いいねー。今日はどんな感じでやる?フュージョン系は昨日やったからロックでm・・・」

「セッションじゃありません!軽音バトルの練習です!」

「あーそっちか・・・ま、そのうちねー。」

「そのうちっていつですか!もう明日が本番ですよ!」

「うんうん。やるよー。やるやる。」

 意図的に強くした語調もヒラヒラと手を振って応える朱ちゃん先輩には効いていないようでした。あるいは聞いていないのかもしれません。

(やっぱり・・・)

 まともに取り合ってくれないその調子に、ここ最近、私の心を苛んでいたひとつの妄想が浮かび上がってきます。

「私ってコッキーに必要ないですか・・・?」

 考えたくはありませんが、そう思ってしまいます。

「え?え?なんでそうなるの?」

 ぐるぐると回り続ける思考は、形を変えて目尻から溢れてしまいました。こんなはずではなかったのですが。

「ぅっす・・・」

 カラカラ音を立てる扉、ほぼ同時に上がったバリトンは、もはや聞き慣れた気だるげなものでした。

 部室にいるのですから、先輩方がくるのは当然です。しかしタイミングが最悪です。私は急いで目元を拭いました。

「・・・忍。泣いてるの?」

「これは朱さんが悪いですね。」

「私が悪いの確定!?今来たばっかだよね!」

「まあ待て橘。」

「さすが怜わかってくれる!私は何もしてn・・・」

「で、おまえは何をした。」

「何もしてないよ!」

 部屋の入り口で先輩と恋ちゃん先輩、しーちゃん先輩が顔を覗かせています。

 真面目な顔、ジトっと睨む表情、無表情と三者三様ですが、そのどれもが楽観的なものでないことは共通していました。

「違うんです。朱ちゃん先輩に何かされたわけじゃありません。むしろしてないんです・・・」

 いったん言葉を区切ってしまったにも関わらず、この場にいる誰も先を急かすことはなく、私のペースに合わせてくれているようでした。

「軽音バトルの練習をしなくて・・・それって遠回しに私に入部して欲しくないからだと思って・・・負ければコッキーには入れないし・・・」

「朱さんが悪いですね。」

「朱が悪い。忍に謝って。」

 いつも軽口で誤魔化す朱ちゃん先輩も、今だけはぐうの音も出ないようでした。眉根を寄せている朱ちゃん先輩のこの表情は真剣に向き合ってくれるようになったということなのでしょうか。

「指宿。おまえには居てもらわないと困る。俺にはおまえが必要だ。」

(・・・え?告白みた・・・い?)

「あ、あの先輩それってd・・・」

「ご、ごめんて!そういうつもりじゃなかったんだ!怜すぐリハスタ予約して!」

「すでに取ってある。今日の19時だ。」

「はやい!?じ、じゃあ恋!今日の夜空いてる?」

「いま空けた。場所と部屋番教えて。」

「こっちもはやい!?で、でもこれで大丈夫・・・完璧だ!」

「あなたはことごとく何もしていませんね・・・周りが優秀で良かったですねまったく・・・準備もあるでしょうし、解散しましょうか。」

 私の疑問は宙に浮いたまま、しーちゃん先輩の一声を期に今日は解散となってしまいました。

 引き留める間もなく各々が帰路に着く中、朱ちゃん先輩の「怜!スティック買いに行こう!」という言葉を後ろに聞いて私も部室を後にしました。

 私のせいで今日の部活がなしになってしまいましたが、普段から練習で迷惑をかけているのに、これではまるきり困ったちゃんです。

(やっぱり返してもらおう・・・っ!)

 しかし、困ったちゃんであってもやれることはあります。

 今日はなんだか空回りしている感が強いですが、私も先輩方に迷惑をかけてばかりもいられません。全ての発端、そもそもの元凶。すなわち、私の仮入部届を返してもらえれば全て解決するのです。田中先輩が話を聞いてくれるかは怪しいですが、まだ1回しか当たっていません。砕けるにしても何度かは当たってみるべきでしょう。

「し、失礼します・・・」

 覚悟を決めて開けた扉でした。しかしその先、軽音学部の部室である音楽室には誰もいませんでした。

(今日はお休みかな・・・あれ・・・?)

 音楽室を後にし、仕方なく帰路に着こうと階段を降りかけたその時です。屋上に続く階段の先から声が聞こえました。

 この階段は音楽室に用事がある人以外はまず使わないものです。もしかしたら、階段を登った先で軽音楽部の人が休憩しているのかもしれません。

(あ、田中先輩ほんとにいた・・・え?)

 3階と屋上の間の踊り場に片足をつき、見上げる先に人影を見ました。屋上に出る扉の前、その隙間から溢れる陽光が当たる踊り場に、目当てである田中先輩がいました。田中先輩はお友達の男子ふたりと談笑しており、片手を口元に当てがい笑う姿は、あるいは、しーちゃん先輩がやっていたら上品な仕草に見えたかもしれません。

(タバコ吸ってる・・・?)

 外へ流れる気流によって、階下にはあの特徴的な匂いはほとんど届かないのでしょう。ものの数メートルというこの距離ですら微かに香る程度です。

 しかし、最大の特徴がなくとも、ことは確定的に明らかです。口に加えた白色の筒、その先端から燻る(くゆる)煙、文字通り火を見るより明らかです。

(み、見なかったことに・・・)

 本当はいけないのかもしれません。未成年者が喫煙をしていたら止めるべきなのかもしれません。それが知り合いだったとしたらなおさらです。

 しかし、事なかれ主義の申し子である私には荷が重いことでした。

「誰だ!・・・い、指宿さん・・・今見てたよね?」

 誰何すいかの声、しかして、時すでに遅しでした。顔は見られてないような気もしましたが、踵を返した踊り場ではためいた後ろ髪を引かれてしまいました。

「み、見てません・・・」

「おいマジかよ。」

「た、田中どうするよ?」

 私の声は届いていないのでしょうか。もしくは聞いていないのかもしれません。

 先輩方は慌てて火を消したタバコを何処いずこへやらと仕舞い込み、顔を突き合わせて相談しています。

「・・・大丈夫だ俺に任せろ・・・ねえ、指宿さん。俺たちもほんの出来心ってやつでさ。見なかったことにしてもらえないかな?」

 先輩方は上階から私のいる踊り場までにじり寄ってきました。思わず、鬼気迫る表情に踵が下がってしまいました。男の人3人に詰め寄られるなど普通に怖いですが、先輩方も自らの不祥事を揉み消そうと必死なのでしょう。

(こ、怖い・・・でも、これを利用しない手はないよね・・・?)

 見なかったことにするつもりだった私ですが、ここは取引条件として私の仮入部届を返してもらいましょう。きっとこれは千載一遇のチャンスです。

「頼むよ。君、俺のこと好きでしょ?」

(・・・・・・はぁ!?)

 整った顔立ちでニコニコとした笑みを形作っている田中先輩は、この状況にあって余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)に見えます。あるいは愛だ恋だのシチュエーションに慣れているということなのでしょうか。

(なんなのこの人!)

 伝えることだけ伝え早々に立ち去りたい身、会話を長引かせるつもりはありませんが、ここは否定しなければならないでしょう。

「べ、別に田中先輩のことは好きじゃありません!」

「照れ隠し?初々しくて可愛いね。」

「違います!」

「でも、君ずっと俺のこと見てたでしょ?目が合うと笑いかけてきてくれるし。」

 私が田中先輩のことが気になってしまい、視線で追っているとでも言いたいのでしょうか。

(そんなことあるわけ・・・あ。)

 私が田中先輩のことを気になっているなんて事実はありません。

 しかし、思い当たることがないわけではありません。

(軽音楽部に仮入部届を出した時か・・・あ、機材説明を受けた日なんかも・・・?)

 確かに、視線がぶつかって田中先輩から何かしらのアクションはあったような気はします。ただ、それだけで判断するには、いささか早計すぎやしないでしょうか。私からしたらどちらもただ見ていただけなのです。

「良ければもっと仲良くならない?ね?」

 思考に気を取られすぎてしまいました。

 気がつけば田中先輩は目の前まで迫り、私は踊り場の壁を背に逃げ場を失っていました。

 未だ笑みをたたえる田中先輩ですが、思惑と違ったのか、少しずつ余裕がなくなってきているように見えます。方や後ろの先輩ふたりは初めから余裕がありません。今にでも突っかかってきそうです。

(ど、どうしよう。言葉で説明は・・・聞いてくれなさそうだよね・・・もう強行突破しか・・・)

「頼むよ。ね?いいでしょ?」

「ちょ・・・っ!」

「何やってるんすか?」

 田中先輩の腕と壁に囲まれて八方塞がり、逃げるタイミングさえ逸してしまったその時でした。

「おまえは・・・っ!」

「先輩!」

 こちらを見上げる目の下には不健康なクマ。階段の下から登ってくる気だるげな足取り。聞き慣れたはずのバリトンは、ただ、いつもより語調が強く感じました。

 踊り場に登りきった先輩、田中先輩と正対するその表情は、やはり、いつもより険しいものでした。

「上級生がってたかって何してるんですか?」

「・・・別に。ただ話していただけだ。」

「そうですか。楽しいバンドマントークには見えないですけどね?」

「お前には関係ないだろ・・・」

「そうでもないですよ。彼女はコッキーポップ同好会の、部員ですからね。後輩が困ってるのに、見過ごすことはできませんよ。」

「・・・だから別に・・・」

「彼女、嫌がってますよ?」

「・・・・・・うるさい。」

「俺が言えた義理ではありませんが、無理強いは嫌われまs」

「うるさい!!」

「危ない!」

 先輩がその言葉を言い終える前、次の瞬間にはこの場からいなくなってしまいました。

 バサバサと階段を転げ落ちる音は遠く、苦悶の声はワンフロア分下から聞こえてきます。

「先輩!大丈夫ですか!先輩!」

「声でけぇよ・・・」

(なんで・・・こんな・・・)

 先輩を追って階段を駆け下ります。

 上半身を起こしているところを見ると大きな怪我はしていないようです。

 しかし、痛そうなことに変わりありません。

「田中先輩!なんでこんな!突き落とすなんて!」

「・・・・・・行くぞお前ら。」

 先輩がこんなことをされているのに、睨みつけることしかできない自分が情け無いです。目の端ににじむ感触が私の自罰心を加速させます。しかし、今は泣いている場合でも反省している場合ではありません。これ以上何かされないよう、私が先輩を守らなくてはなりません。

 しかし、幸か不幸か私の予想に反して、田中先輩たちは何もすることなくただ横を通り過ぎていきました。

 視線の先、憮然とした表情の田中先輩、慌ててそれを追うふたりの背中が見えなくなるまでそう時間はかかりませんでした。

 姿が見えなくなってしばし、目元の力が抜けるのにつられるように私の緊張も緩みました。

「なんで・・・なんで・・・」

 あるいは、感情のせきも緩んでいるのかもしれません。

 ただ、ぐるぐると黒いものが渦巻く胸の内から溢れるのは明確な形がない疑問だけでした。

「なんで・・・何もできないで・・・情け無い・・・」

「それってカッコよく助けに来たのに、何もできない俺をなじってるってこと?」

「そんなこと言うわけないじゃないですか!怒りますよ!」

「もう怒ってるじゃん・・・」

「怒ってない!・・・・・・先輩、何か嫌われるようなことしたんですか・・・?」

「それって俺が何もしなくても嫌われてるやつだっていう裏返しの質問n・・・」

「真面目に答えてください・・・っ!」

 こんな時でも先輩は相変わらずです。私がそんなこと言うわけがありません。軽口でけむにまけるとでも思っているのでしょうか。

「・・・悪い。いや、本当にわかんねーんだわ・・・この前の軽音部の部室が初対面のはずだが・・・ああ、強いて言えば・・・あいつ、ちょうど一年くらい前に朱に手ひどくフラれてるんだよな。その憂さ晴らしじゃね?俺、朱とよく連んでるし。」

「え・・・それって・・・」

(それって、朱ちゃん先輩と仲良くしているから気に食わない、もしくは先輩が朱ちゃん先輩とつきあ・・・)

「ま、あんな調子で告白なんてしてたら、そりゃフラれるよな。どんだけ自意識過剰なんだか。」

(そうじゃない。いや、そっちも気になるけど・・・こんな時に聞いていいことじゃない。それよりも・・・)

「あの、先輩はどうしてここに・・・?」

 音楽室は特別棟の端にあります。用事もなく立ち寄る場所ではありません。

「それは・・・」

 階段から転げ落ちているにも関わらず、先輩はもう立ち上がっていました。塵埃ちりほこりがついた制服をはたくと同時にどこか気合を入れているようでした。

 斜陽に照らされ、あらわになるホコリ、その舞が収まるのを待たずに先輩は歩き始めました。

「さっき部室で言った・・・おまえがコッキーに居ないとってやつ。朱に、あれじゃ告白みたいだなって言われてな。勘違いしてたら困るから訂正しにきたんだよ。そしたらなんかおまえ絡まれてるし・・・とにかく、俺はもう行く。今日のことは気にするな。じゃあな。」

 何かに急かされるように、あるいは何かから逃げるように先輩は私が立ち上がるのを待たずに去っていきました。

「あ・・・」

 追い縋ることもなく、感謝の言葉を口にするでもなく、ただその背中を見送ることしかできない私は、やはり情け無い女なのでしょう。

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