62 藪蛇に水②
「うう・・気持ち悪い・・・繁華街は人が多くて気持ち悪いです・・・人が込みのようです。」
「おまえはどこの大佐だよ。飲み過ぎなんだよ・・・ったく。」
「ああ、いい感じです。背中さするの気持ちいいです。そこ!そこホックですよ。今ならノーガードで外せます!」
「酔っ払いめ。ええい!あんまり近づくな鬱陶しい!ほんとに外すぞ・・・」
「うぇ気持ち悪い・・・」
「それは俺がキモいって意味じゃなくて体調が悪いってことだよね!?はあ・・・道の真ん中だ。とりあえず端に移動するぞ。」
「わーい!お姫様抱っこですか?それともおんぶ?今日は胸盛れてるので私はお姫様抱っこを推奨します!」
「よいしょ。」
「あの・・・これはなんですか?」
「だっておまえスカート短いじゃん。お姫様抱っこもおんぶも丸見えだぞ。」
「それにしたって俵抱きはあんまりじゃないですかね!なんですか、私はお荷物だとでも言いたいんですか!?うう、大きな声出したらお腹が圧迫されて込み上げてくるものが・・・」
「ばっ!おまえ、俺にかけるなよ!うまく飛ばせ!」
「そんなこと言われたって・・・うっ・・・」
「ったく。下すぞ。あと水飲め・・・落ち着いたか?」
「はい・・・ありがとうございます・・・」
「おまえな、嫌なことがあったとき酒で流すのやめた方が良くないか?おまえのウザ絡みうざいんだよ。あとうざい。」
「そんなにうざいって言わないでくださいよ嫌いになっちゃいますよ・・・んふふ。でもなんだかんだ言って毎回付き合ってくれる宗次郎さんが好きですよ。」
「支離滅裂だぞ酔っ払いめ・・・だいたいこんなぐちぐち言ってくるやつの何がいいんだよ・・・」
「んふふ。全部好きですよ。それに、叱ってくれる人って貴重なんです。私って売れっ子女優の梨木舞衣ちゃんですからね。かわいい、きれい、今日も決まってるねと3k通り越して4kですよ。みなさん言ってくれます。」
「言ってろ駆け出しが。あと、今日(k)も決(k)まってるねは1k分だろ。水増しすんな。」
「じゃあ神々しい?」
「何なの神なの?世界の中心なの?愛を叫んじゃうのかよ。」
「私の世界の中心は決まってますよ?ここで愛を叫んでもいいですけど・・・」
「おまえな、売れっ子って自覚あるんだったら必要以上に男にくっついたり、間違ってもそういうことするべきじゃないだろ。身を滅ぼすぞ。」
「別に破滅したっていいですよ。その代わり責任取ってくださいね。もちろん、男の子が女の子に取るやつです。」
「はあ・・・こんなやつの何がいいんだよ・・・」
「さっきも言いましたが全部、です。電話したら心配して来てくれますし、宗次郎さんが創る音楽だって大好きです。性格や声、頭の先から足の先、少し戻って息子さんまで全部好きです。惚れてます。」
「・・・・・・ワタクシ娘ふたりしかいないのですが。」
「昔、小町さんが酔っ払った時にスマホのロックを解除して見せてもらいました!」
「アウト!それ犯罪だからね!」
「んふふ。さて、あんまり拘束してもご迷惑だと思いますし今日はお開きにしましょう。本当は家まで送らせてそのまま連れ込みたいですけど、今リアルに気持ち悪いので今夜はパスします。また今度息子さんを拝ませてください。」
「おま・・・はあ・・・もういい・・・・・・大丈夫かよ。一人で帰れんのか。」
「大丈夫です。何でか知りませんが、多羅尾さんが事務所の車で来ているらしいので、ついでに送ってもらいます。あ、作曲の件はお願いしますね?なんなら枕営業でm・・・」
「帰る!」
「んふふ。ではまた。」
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【茜】
今日は楽しかった。充実した休日、上機嫌も天井知らずだ。
ふたりと別れて夜更け。ひとり腰かける鉄柵から見る繁華街は喧騒に包まれている。凡そ高校生には似つかわしくない時間だ。
ついと視線を巡らせれば繁華街特有の光景が目に入る。ぼったくりバーか居酒屋の店員だろうか。元気よく声を上げて大学生風の男たちを客引きしている声が鬱陶しい。胸元が大きく開いて谷間が見えてる露出の多い女の香水が鼻につく。土曜日だというのにスーツを身にまとった赤ら顔のサラリーマンが私を見る視線が気持ち悪い。以前サポートで入ったことがあるバンドのギタリストもいた。名前も顔も覚えてないけど、あのモヒカンだけは忘れない。なんだ金を借りてもう一軒か。金欠は変わっていないようだ。
聞きようによってはマイナスな事柄ばかりだけれど、私はこんな混沌とした街が嫌いじゃなかった。
暇つぶしがてら眺めていた夜の街。そんな中に見覚えがある顔を見つけた。
宗次郎だ。
久しぶりに見たけれど、一目見てわかった。全然変わってない。
誰かと一緒だ。酔っ払いを介抱してるみたいだけど、あんなに親しげで、あんなに近づく必要はあるのだろうか。
そっか。そうだよね。そういえばあいつ基本属性がクズだった。小町とくっついてからは鳴りを顰めていたけど、人の本質はなかなか変わるものじゃないよね。
「知らない女・・・」
自分でも誰の声かわからなくなってしまうほど低い声が出た。我がことながらびっくりだ。
それは私の横で屯していたおっさんたちも同じようで、ギョッとした視線を向けられてしまった。バツが悪い。早く立ち去ろう。
「おねーさん。何?ひとり?」
「ちょっと俺たちと遊ばない?」
腰を浮かしかけたその時。軽薄な声が投げかけられた。なんだ。ナンパおじさんか。私が私服とはいえ、わかるだろ。いい歳して高校生にちょっかいかけんなよ。あ、よく見ればこいつら20代そこそこだな。
まあただ、夜の繁華街にひとり、一歩入れば裏路地に続くこんな場所にいる私も悪い。
男と女、夜、路地裏、遊ぶとはカードゲームに興じるとかそんな意味ではないだろう。つまり、そういうことだ。
正直、私の貞操観念は緩い。この身体が処女なのは間違いないけど、前世では飲み代や終電逃しのタクシー代わりによく対バン相手の家に泊まっていた。そうでなくとも、嫌なことがあった日なんかは連絡先を持っていた適当な男の家に凸って気を紛らわせていた。いまさら潔癖になる理由もない。
「やりー!すぐ近くにホテルがあるんだけど、そこでどうy・・・」
「おいおい。いい歳してガキで遊ぶなよー?」
諾と頷きを返して一歩、ナンパおじさん(20代)の指し示す先に歩を進めたその時。またしてもナンパな男の声が聞こえた。
それは、聞き馴染みのある声だった。
「あ?んだてめぇ。」
「ん?俺が誰か、か・・・そうだな・・・正義の味方だ。アベ◯ジャーズだ。」
「は?バカかおっさん。イッってんのか?」
「おいおい、やべえのに絡まれちまったよ。お助けー。ウケる。」
「おっさん・・・そうか。俺もそんな歳か・・・」
「何ブツブツ言ってんだんよおっさん!」
「まあいい。そうだな俺は・・・サクラ戦隊おっさんブルー。おっさん呼ばわり気分もブルー。明日も見回り制服ブルー。」
「・・・やっぱ頭おかしいんじゃねぇのこいつ?」
「ラップかよウケる・・・ん?制服にサクラ?見回り?」
「わかったか?わかったらさっさと散れ。」
「おい、そろっそろやさしー俺だってキレっぞ?見逃してやるのはこっちだっつーの。痛い目みたくなかったr・・・」
「ばっ!正樹やべえって!こいつサツだ。早く行くぞ!」
「おま!置いてくな!おい待てよ!」
駆けて行くふたりの後ろ姿は滑稽だった。ほんとバカみたい。けーさつなんて一言も言ってないのに。思わず口の端が吊り上がるのを止めることができなかった。
「行ったな・・・きみ女子、高生?」
なぜ言い淀む。いや、なぜ言い直した。いやなんとなくわかるけど。
「どこ見て言ってますか・・・変態。」
「いきなり何!?」
「今、胸見て言いましたよね?膨らみを見て中学生から高校生に言い直しましたよね?これでも高校生ですよ!憐れみですか?それとも配慮したつもりですか?」
「みみみ見てないし!」
「平気で嘘つくんですね。」
「ごめんなさいちょっとだけ見ました!」
「はぁ。もういいですから・・・そっちじゃなくて、オジサン警察官じゃないですよね?」
「・・・なんのことかな?」
「・・・じゃあ売春してた私を交番で保護してください。」
「それ着いた途端こいつ痴漢ですって突き出さないよね・・・?」
「しませんよ!」
「だって痴漢はえん罪も多いって聞くし・・・胸を舐めながら見ていたとか言われたらおじさん詰んじゃうよ・・・」
「胸を舐めてたら確かにアウトですよね!!言葉は正しく使ってください!舐め回すように、です!だいたい私を何だと思ってるんですか!助けてもらってそんなことするわけがn・・・」
「よかった。」
しまった。
つい、宗次郎のペースに乗せられてしまった。私としたことが。
「・・・何がですか?」
二の句がわかる。この男が次に言いそうなことが、わかる。
「きみは物憂げな顔も素敵だけど、それよりもっと、元気な方が似合ってるよ。色々悩み事はあると思うけど、そっちの方が可愛い。」
なんだこいつ。なんなんだ。
ほんとクズ野郎。誰にでもそんなこと言ってるのだろう。ナンパ野郎。
でも。
誰にでも言っているその言葉に、どうして胸が騒めくのか。
「・・・何ですか誘ってるんですか?自分で言うのもなんですけど貧乳ですよ?」
「違うからね!?あと、胸の大きさは関係ない!」
嘘つき。大きい方が好きなくせに。ほんとに嘘つき。
そっちがその気なら、私だって嘘ついてもいいよね。
「はあ、もういいです。実は私、家に帰れなくて、おじさんの家に泊めてください。」
「いやだめだから!本当に犯罪者になっちゃう!」
「やっぱり私にえっちなことするつもりだったんですね。やらしい・・・」
「違うから!何もしなかったとしても未成年者誘拐だから!」
「ワタシ ミソジスギノ オンナ ダヨ。」
「きみさっき女子高生って言ってたよね!」
「ミソジスギノ ジョシコウセイ ダヨ。」
「高校は10年までしか留年できないの!」
「チッ。じゃあ永遠の18歳でいいです。」
「それならいいか・・・いやだめだから!」
「はい言質取りました!早くおうちに連れて行ってください!」
「ひ、卑怯な!誘導尋問だ!今のは成人なら親の同意なしで滞在する決定ができるということに対してのそれならいいかであって・・・」
「もう!ぐだぐだ言わないでください!面倒な男ですね!」
「ガチガチの地雷系女には言われたくねえ!」
「じら!?私のどこが地雷系だって言うの!なんで?ねえどうして!?」
「その何度も聞いてくるの量産型地雷系女のテンプレだからね!?」
「もういい。泊めてくれないならベツの人に頼むことにする。私が回されてもいいんだ。」
「きみ、わかっててやってる・・・?はぁ・・・知り合いのところなら、一晩くらい貸してあげるよ・・・」
楽しかった。久しぶりの宗次郎との会話はとても楽しかった。
宗次郎はまったく変わっていなかった。ずっと子どものまま、あの時のまま。
ふたり肩を並べて歩く中、私たちは色々話した。内容はほとんど覚えていない。それは毒にも薬にもならない、意味を持たない雑言。街の喧騒の一欠片。
文字通り、他愛もない話。それでも、他に変えることがでない愛しい話。
そんな時間が一瞬でも戻ってきたことが堪らなく嬉しかった。
もう一度話せた喜び。もう二度と叶わないと思っていたことが実現した喜び。
楽しくて嬉しくて頬が緩んだ。口の端が上がって目尻が下がった。心臓が早鐘を打った。
だけど。
信号待ち、ふとした瞬間に感じる一抹の寂しさ。隣にいるのに、こんなに近くにいるのに、届かないと感じるこの気持ち。
宗次郎の笑顔は、本当の私に向けられたものなのだろうか。
喜色と寂寥に胸が圧迫されて肺が潰れそうだ。頭にうまく空気が回らない。視野が狭くなって息ができない。
苦しさを紛らわせるため、あるいは苦し紛れに伸ばした手は、はたして、宗次郎の手を取ることはできなかった。
いや。
宗次郎は私の手を取ってはくれなかった。今も、過去も。
忘れよう。この喜びも寂しさも、どうすることもできない。もはや私には権利がない。手放してしまった。
ー知らない女ー
わかってる。それはわかってるけど、この胸の騒めきを少しでも抑えたい。この苦しみから解放されたい。
聞くつもりはなかった。でも。
気がつくと私は疑問の一端を口にしてしまっていた。
それで楽になれると思ったから。
「さっき会ってた女の人との関係?ああ。舞衣か。あいつは・・・内緒にしておいてね。」
言い淀んで逡巡。宗次郎は何を考えたんだろうか。いや、考えるまでもなく明白だ。
小町に内緒で逢瀬とは、やはりこの男、いくつになってもクソガキのままだ。
変わらないことを嬉しく思う気持ちもある。でも、ここは喝を入れねばなるまい。小町を不幸にすることは許せない。
「こんな話されても困るだろうけど。」
ほぼ同時だった。ただ、宗次郎の方が一瞬早かった。
「小町ちゃん・・・あ、俺の奥さんなんだけど。」
知ってる。私の友達。唯一の友達。
「死んじゃったんだ。2年前の今日。」
・・・え?死んだ?小町が?嘘だ。信じられない。嘘に決まってる。
宗次郎は嘘つきだ。息をするように嘘をつく。冗談だってよく言う。でも。
でも、こんな嘘はつかない。誰かを悲しませる嘘は、つかない。
なら、本当に・・・?
「小町ちゃん、急にいなくなった友達を探しに行くって言ってね。アフリカ行きの飛行機に乗って、それが墜落して・・・それで・・・舞衣は墓に花を供えてくれたんだ。それから飲みに・・・って、なんで泣いてるの!?」
泣いている?私が?何を馬鹿なことを。冗談も大概にしろ。
「え・・・」
滲む視界、上がる体温、身体を伝う鼓動が耳の奥で聞こえる。ああ、確かにこれは泣いている。
今、わかった。心が現実に追いついていないんだ。
頭は冴えている。思考は澱みない。
ただ、現実が非情で受け止められないんだ。頭と心が乖離している。
泣くなんていつぶりだろう。
頬を伝う涙はとめどなく、滴る雫は足元を濡らしている。
ああ、確かにこれは地雷系と言われてもしょうがない。今日初めて会った女がいきなり泣き出したら、私だったら放り出して行く。機嫌が良い日であれば交番に突っ込むくらいはするかもしれないけど。
そのどちらにもならないのは、相手が宗次郎だから。
きっと宗次郎が下心に塗れていて、あわよくば私と一発と考えているようなクズ野郎だからに違いない。きっとそうだ。
「え、えっと・・・?」
だめだ。適当に気を散らそうとしたけれど、だめだった。無意味だ。
宗次郎が困惑するのも無理ない。私だって困惑してる。
でもしょうがない。心がバラバラに砕けてしまったのだから。
人は頭でなく心で動くと言っていたのは誰だったか。この男か。むかつく。
ただ、そんな怒りも、悲しみの奔流の前では成すすべなく押し流されるだけだった。
今日初めて知った話。唯一にして最大の友達の話。哀しくて愛しい話。
それは、いつまでも変わらぬ幸せを願い、背中を押した彼女の訃報だった。
悲しむ陰に狂気の欠片。
再度巡った生、転がり込んだ椅子。
その心の隙間は暗澹。
この心の模様は黒檀。
渦巻くカルマを持って包んで、ぎゅっと蓋をした。




