61 日々草-ニチニチソウ-②
【愛生】
恋ちゃんがお買い物に友達を連れてきた。久しぶりに恋ちゃんとふたりきりのお出かけだと思ったのに、やな感じ。もしかしたら私がふたりの中に割って入ったのかもしれないけど。
ともあれ、こうして恋ちゃんが休日に友達と過ごすことは珍しい。恋ちゃんは組んでいるバンドのメンバーとは一緒にいることも多いけど、あのおっさんずは友達じゃないからノーカン。
それに友達っていうのはなんだか信じられない。人付き合いスキル皆無な恋ちゃんに友達なんてできるのだろうか。
(ふたりの間にはただの友達ではない何かを感じるんだよね・・・というか、べたべたしすぎじゃない?恋ちゃんは私のお姉ちゃんなのに!ベタベタベタベタと!)
さっきのだってそうだ。手を繋いで見つめ合っているなんて。恋ちゃんが恥ずかしそうにしてるところなんてレア中のレアだし、どうしてそんな状況になっていたのかはわからないけど、まったく羨まs・・・けしからん!
いま私の後ろを歩くふたりの表情は窺えないけれど、恋ちゃんの声の調子からその距離が遠いとは思えない。物理的なものと心と、どっちもだ。
橘汐。悪い人ではないようだけれど、私にとっては人が悪い。有体に言えば邪魔だ。
(恋ちゃんには私が選んだ下着を着てもらうんだから・・・っ!)
ひとり闘志を燃やしているところに橘汐と目が合った。睨みすぎたかもしれない。
「愛生さん。どちらのお店にいきましょうか。イチカは私たちに任せるとのことです。」
「そうですね・・・」
あと、イチカという呼び名もむかつく。私は恋ちゃんと呼んでいるのに、あだ名で呼ぶなんて。特に恋ちゃんが気に入っているところが余計にムカつく。
語感から推察するに、苗字である一花からイチカだと思うけど、そうであれば、私も一花である以上、イチカとは呼べない。ずるい。
「では手短なところで、このお店はどうでしょう。」
私が指さしたのはすぐ右隣にあるこのお店。春らしいパステルカラーが全面に出た華やかなお店だ。ちょうどいいところに下着屋さんがあったものだ。なんたる偶然。
(ふっ・・・橘汐、敗れたり!勝負はすでに始まっているのだよ!)
嘘だ。偶然なんかじゃない。
私が恋ちゃんの隣を開け渡してまで前を歩いていたのはこの時のため。
散策を装い、私がいつも買っている下着屋に誘導していたのだ!
恋ちゃんの好みとは少し違うかもしれないけれど、たまには変わったチョイスもいいはずだ。
「ここは・・・私には可愛すぎる・・・もっと可愛い子が着るところじゃない?」
「恋ちゃんは可愛い子でしょ!」
「イチカは自分の可愛さをもっと自覚するべきです!」
ほぼ同時に声があがった。橘汐と同意見なのは癪に障るけど、言ってることはそのとおりだ。恋ちゃんは可愛んだからもっとおしゃれしたほうがいいと思う。
「ほら行こ!」
恋ちゃんが今持っている下着は、昨晩自分でつけてみて確認済みだ。私にはちょっときつかったけど、ブランドごとの包み込みやサイズ感の差異もわかったし、違和感が少ないものを選べるはず。どうだ。妹にしかわからない情報だぞ!
恋ちゃんの手を取って入店、目指すはフリルをたくさん使ったガーリーな下着。
恋ちゃんがこういったデザインを着ていないことは知っているけれど、絶対似合う。可愛い恋ちゃんに可愛い下着が似合わないはずがない。
「フリルは・・・ちょっと・・・」
「でも今日は私に選ばせてくれるんでしょ?」
「参考にすると言っただけで・・・」
「おんなじことだよ!ほら、これなんて可愛い!」
「白はちょっと・・・汚れが・・・」
「何言っているの!白は男子に人気な色ベスト1なんだよ?勝手に好印象を持ってくれるのに、着ない手はないでしょ?」
「下着なんて外から見えないし、見せる男なんていない・・・しぃはどう思う?」
私が選んでるのに、なんでその女に聞くのだろうか。私の方がちゃんと恋ちゃんに説明できるのに。これで適当なこと言ったら承知しない。そもそもr・・・
「天使です。」
気が合うじゃない。
【汐】
コーヒーショップから戻ってきた愛生さんと合流、しばらく歩いた私たちは、ひとまず手頃なお店に入ることになりました。
そこはフリルやレースなどの装飾があしらわれた下着が目を引く素敵なお店でした。陳列されている商品を見る限り、普段のイチカからはあまりイメージできないものが多いですが、ラインナップは可愛いものばかりです。
入店後しばし、愛生さんとすったもんだを繰り返していたイチカですが、最終的には押し切られる形で上下組で1着を購入することになりました。レースやフリルがふんだんに用いられた白色の下着です。
ちらと見たその顔、未だイチカの表情を完璧に読み切れるとはいきませんが、それは本気で嫌がっているというよりは照れて恥ずかしがっているように見えました。赤く、拗ねたような表情はとても新鮮です。
(レースに包まれたイチカの華奢な足をフリルが飾って・・・って、いけません!こんなところで!)
思わず甘美かつ艶美な誘惑に身を置きそうになってしまいました。しかし、それは今ここですべきことではありません。
(次は私がお店を紹介する番ですし、少し落ち着きましょう・・・)
背中にふたりを伴って案内するのは、入念にリサーチしたお店です。必ずや笑顔を見せてくれるはずです。
「着きました。こちらのお店を見ませんか?」
私のおすすめのお店は、先ほど立ち寄ったお店からさほど離れてはいませんでした。
落ち着いた外観はそのままお店の雰囲気を形作っています。外観だけで判断すれば高校生はあまり選ばないかもしれません。しかし、イチカにはシックな下着も似合うと思うのです。
頷きを返してくれたイチカのその様子に一先ずの安心を得ました。ふたりを先導するように店内を一回りしてラインナップを確認します。わかってはいましたが、大人っぽいデザインが多い印象です。
「イチカ、こちらはいかがでしょうか?」
私がイチカに手渡したブラは濃いめのターコイズブルーをベースに、白い刺繍が施されているものです。よくよく見れば刺繍は蔓やお花を模っています。
「かわいい。色が好き。」
(完璧・・・ですっ!)
間違いなく喜んでいるとわかるその表情に、思わず頬が緩んでしまいました。頑張ってリサーチした数日の苦悩が晴れた気分です。
(この笑顔は何ものにも変え難いですね・・・引き出したのが私だと思うと、ちょっとだけ優越感を感じてしまいます。)
イチカのこの表情を引き出したのが自分であるという自負が愛生さんにちょっとした対抗意識を持たせました。
ふと、勘違いか気のせいか、背後から何やら睨むような不穏な気配を感じますが、きっと考えすぎでしょう。
方やイチカはというと、よほどこのお店を気に入ってくれたのでしょう。自分で淡いピンク色の下着を追加で選び取り、試着室に入っていきました。
先ほどのお店でも採寸はしてもらっていますが、メーカーごとの差異はありますし、サイズ感は確認した方が無難です。
(ふふ。イチカ。もっと素直になっていいと思いますよ。)
イチカが手にしたピンクのブラとショーツは、細やかなレースと控えめなフリルがあしらわれたデザインです。先ほどのお店ほどではありませんが、それはいわゆる可愛い系のデザインです。どうやら甘めな意匠も密かに気に入っているようでした。
先ほどは、つい対抗心と優越感を持ってしまいましたが、イチカが気になるものを先んじて勧めるとは、流石は妹さんといったところなのでしょう。
(それにしても・・・気まずいですね・・・)
今日の様子を見るに、どうやら私は愛生さんにあまり好かれてはいないようです。
イチカが試着しているこの時、私と愛生さんの間に会話はありませんでした。
「あの。」
そうしてどれほど経ったでしょうか。先に口を開いたのは愛生さんでした。
「なんでしょうか?」
努めて冷静な声音を保ちます。仲良くなろうと、ここで前のめりになってはいけません。
「恋ちゃんは・・・学校で楽しそうですか?」
「そう、ですね・・・授業中は、というより、日中はほぼ寝て過ごしていますね。あ、でも、ご存じかもしれませんが、コッキーポップ同好会という軽音系のサークルに入部して、放課後をはじめ、それなりに楽しく過ごしていると思いますよ。」
「サークルに入部ですか?そんなことひとことも言ってませんでしたが・・・でも、そうですか・・・」
訝しむ表情を浮かべた愛生さんですが、しかし、次には神妙な顔つきで黙り込んでしまいました。イチカは家であまり学校の話をしないのでしょうか。
「何かありましたか・・・?」
踏み込む時は慎重にと自分を戒めたばかりです。あくまで神妙に、軽薄な態度にならないように気をつけます。
「恋ちゃんはギターが好きです。」
「・・・ええ。知っています。」
イチカがギターを好きなことは知っています。友達ならば、いえ、仮に友達でなくともわかるほど明らかです。
「いえ、たぶんあなたが思っている2、3倍は好きだと思います。家にいるときはずっとギターを弾いているし、トイレとお風呂に入るとき以外はずっとギターを抱えています・・・寝るときでさえも、です。」
イチカがギターを好きなことは知っています。
しかし、イチカのギターに対する思い入れは、確かに私の想像を超えていました。
(お布団まで同じとは・・・ちょっと見てみたい気もしますが、楽器としては大丈夫なのでしょうか・・・?)
嘘か真か、真偽のほどは定かではありませんが、愛生さんの表情は冗談を言っているようには見えませんでした。
「恋ちゃん、高校は行かないつもりだったんです。」
「そんな・・・」
「小さい頃からギタリストになりたいってずっと言ってて。一刻も早くその道に行きたかったんだと思います。でもあのバカ親に、高校は人生を変える出会いがあるって言われて、それで行くことになったんです。」
(人生を変える、ですか・・・)
私自身、色味がなかった世界がイチカに出会うことで鮮やかに色づきました。だからこそ、親近感や共感に導かれてその言葉が私の中にすとんと落ちたのでした。
イチカがいない高校生活などもはや考えられません。ですから、イチカが高校に進学しないつもりだったという言葉は、実現しなかった未来とはいえ、冷や水を浴びせられた気分でした。
「・・・その、イチカって頑固なところがあると思うのですが、ギタリストになりたいと言っていたのだとしたら、家を出てでもそうしかねないと思うのは私だけでしょうか・・・?」
「よくわかっていますね・・・そのとおりです。そのことで小町ちゃんと・・・母と喧嘩になったこともあります。何度も、です。」
進路や夢、進みたい道のことで親と揉めるということに少なからず共感を覚えます。
それはきっと多かれ少なかれ、大なり小なり、どこの家庭も同じということなのでしょう。
しかし、いくらシンパシーを感じても、私とイチカは違います。
「それだけ・・・お父様のことを信用しているということなのですね。」
賑わいを見せる商業施設、華美絢爛なランジェリーショップにあって、私たちの周りには喧騒が届かないようでした。
静黙する愛生さんが今何を考えているのか、私には知りようがありません。
視線の先、人の流れ、目の前を通り過ぎて行く影はどれほどになったでしょうか。
「信用・・・かどうかはわかりませんが・・・宗次郎は恋ちゃんのギターの原点ですからね。特別なんだと思いますよ。」
「え?そうじr・・・」
「おまたせ・・・大事な話?」
「イチカ・・・っ!えっと、その・・・」
大事な話です。その通りです。私たちはイチカの核心に触れるような話をしていました。
その言葉からイチカにそんなつもりがないのは明らかです。ですが、何とはなしに責められている気分になってしまいました。
本人の核心に触れるような話を、本人がいないところで、本人の口から聞いたわけでもないという事実は、私の舌の動きを鈍らせるのでした。
「恋ちゃんをおいて大事なことなんてないよ!お会計終わった?」
「うん。ふたりともありがと。これで私も立派な女子高生。」
「恋ちゃんは元から素敵な女子高生だけど、もっと磨きがかかったね!」
「褒めすぎ・・・もう行こ。カヌレが待ってる。今日は私のおごり。」
「やったー!ケーキも食べていい?」
「うん。私もカヌレふたつ食べる。私に続けー。」
珍しくも、私たちを先導するイチカの背中は、楽しげに弾んで見えました。いえ、実際に機嫌がいいのでしょう。
その足取りは私と真反対です。心ここにあらず、後ろ髪を引かれる思いでイチカの後を追うのは随分と苦労しました。
「少し、見直しました。」
「なんのことでしょうか・・・?」
とぼけているわけではありません。私は何か、愛生さんの認識を変えるようなことができたのでしょうか。
「恋ちゃんのことよく見てくれていますよね。」
「それは・・・そうありたいとは思っています。」
イチカを先に置いて私と横に並んだ愛生さんの表情は、先ほどまでイチカに接していた笑顔あふれるものではありません。その面持ちから、愛生さんの心の機微がわかるほどの付き合いでもありません。
しかし、なんとなくですが、それは先ほどまで私とふたりだけで話していた表情と、大きく違わないのではないかと思いました。
「・・・もう一度謝らせてください。失礼な態度をとってすみませんでした。」
「い、いえ!私こそなんだか姉妹水入らずを邪魔してしまいまして・・・」
今日はとことん私らしくありません。伝えるべき言葉を言外に滲ませる物言いは我ながら気に入りません。いえ、そもそも、それ以前に私が謝る筋合いなどないのです。
ですが、これらはすべて私に起因するところです。愛生さんに不機嫌をぶつけるわけにもいきません。
「恋ちゃんって昔からあんなだから、よく周りから変わってるとか言われてたんです・・・本人は気にしてないって言ってましたけど・・・」
そこで言葉を区切った愛生さんは、はたして、明らかに続きがあるような物言いです。私には相づちを打って続く言葉を待つことしかできませんでした。
「言葉って形のない道具ですよね。それは、上手く使えば人を感動させる歌にもなるし、あるいは傷つける凶器にもなる・・・・・・本人にもわからないところで影響があるはずなんです。」
愛生さんと視線は合いません。彼女はじっとイチカの背中を見つめ、ただ、訥々(とつとつ)と話すだけでした。
「恋ちゃんはずっとギターだけが友達でした。もちろん、過去にはいたこともありましたが、恋ちゃんの表層しか見ないような、自称トモダチです・・・結局、恋ちゃんを傷つけるだけでした。だから、その、あなたを警戒していました。」
ちらとだけ向けられた視線、瞳の中には、すでに敵愾心は宿っていませんでした。
「恋ちゃんはあなたのこと気に入って・・・いや違うか・・・」
言い間違いを直すように、あるいは、自らの誤ちを正すように、愛生さんはひとつ頭を振りました。
「・・・信用、してるみたいです。だから。」
立ち止まった足、つられて止まる私に向き直った愛生さんと視線が交錯します。何かを信じて疑わない目です。
それはイチカへの信頼か、あるいは別の何かなのでしょうか。
「これから、その、よろしくお願いしますね。汐さん。」
瞳の奥にあるものを、私は知る術がありません。ましてや心の奥に秘めることも言わずもがなです。
恥ずかし気に逸らされた顔、私の返事を待たず身体ごと反転した愛生さんは先を歩いていたイチカの背中に抱きつきました。
私が今この時の愛生さんの感情を知ることはできません。直接聞くこともままなりません。
(認められた・・・ということなのでしょうか。)
踏み込むことは難しいことです。恐れや躊躇いが出足を鈍らせます。
しかし、イチカはあるいは愛生さんも違いました。一歩を踏み出してくれました。その一歩を踏み出す勇気を持っています。
私はどうでしょうか。
いえ、考えるまでもありません。後手奥手になっています。
意気地がない私に、話せる日など訪れるのでしょうか。
(いえ、私もいつか話します。きっと。)
今日は話すことができませんでした。もしかしたら明日も無理かも知れません。
しかし、いつ訪れるかもわからない機会をただ待っているだけなど、私の性に合いません。
チャンスを待つのではなく、いつでも打ち明けられるように関係を作るべきなのです。あと一歩踏み出すために、清水の舞台の縁までは登っておく必要があります。勇気がない私でもそのくらいはできるはずです。
「今日は良い日。カヌレが焼きたてみたい。しぃはいくつ食べる?」
街の片隅、こぢんまりとした店舗はガラス越しに中の様子が確認できます。ちょうど、パティシエがアンティーク調のガラスケースにカヌレを入れているところでした。
「では、私もふたついただきます。」
しかして、今は愛生さんの認識が改まったことを喜び、イチカの笑顔を噛み締めるべきなのでしょう。
店先に漂う甘い香り、出来立てのカヌレに胸を躍らせて私はふたりの後を追いました。




