60 日々草-ニチニチソウ-①
【汐】
「きてしまいました・・・」
土曜日も昼下がり、穏やかな日差しが差し込む駅前デッキには多くの人が行き交っています。時折そよぐ風は少し肌寒く感じますが、それでも外出するには程よい日和と言えるでしょう。かくいう私もその中のひとりです。
今日はイチカとお買い物です。身だしなみチェックは欠かせません。念には念を入れておいても損はないでしょう。
(・・・よし!準備万端です!)
足元はショートブーツ、そこにロングのプリーツスカート、薄手のセーターにアウターはお気に入りのチェック柄ポンチョを羽織りました。
マフラーはおいてきました。その代わりにというわけではありませんが、首筋に沿わせてひとつ結びの三つ編みを垂らしています。肩掛けのハンドバッグは少し小さくて心許ないですが、コーデを考えると仕方ありません。
装いだけではありません。気力、胆力および諸々を万全の状態でこの日を迎えることができました。
ただ、少し気合を入れすぎた反動とも言えるのかもしれませんが、先ほどからチラチラとこちらを伺い見る視線が目に付きます。羨む眼差し、好き物を見る目です。
自意識過剰と言われてもしょうがない発言ではありますが、事実、そういった視線や思惑はなんとなくわかってしまいます。
そんなもの、普段なら気にもしませんが、イチカを迎えるにあたっては万難を拝して望まなければなりません。睨みでも効かせておいた方がいいでしょうか。
今日はイチカとお買い物です。しかしただのお買い物ではありません。今日の目的はただものではないからです。
(リサーチは十分です。きっとイチカに似合うものを選んで見せます!)
何を隠そう、いえ今日ばかりは普段隠れて見えないものを買うのです。
「しぃ、お待たせ。」
「イチ!・・・カ?」
雑然と人が行き交う駅前にあって、鈴を転がすような穏やかな声音が耳朶を打ちました。
優しく落ち着いたその声音を私が聞き間違えるはずもありません。
(ど、どなたでしょうか・・・?)
振り返って逡巡、私は別人に声をかけてしまいました。
「・・・誰ですか?」
私の心の声が漏れたかと思いました。しかし口を開いたのは目の前にいる少女です。開口一番、憮然とした表情で疑問を私にぶつけてきたのです。
少女はスニーカーにショート丈のスカートです。そこにオーバーサイズのニットを合わせ、リュックを背負っています。
一言で表すとガーリーな装いです。格好からして、そう歳は変わらないように思います。
不躾にも下から上まで目を向けてしまいましたが、間違いなくイチカではありません。
しかして、この方がどなたかはわかりませんが、礼を欠いていることは明らかです。
「他人に名前を聞くならまずは自分から名乗るべきではないでしょうか。」
「それは・・・・・・私は一花愛生です。」
(あいさん?・・・一花!?)
「・・・イチカの妹さんですか?」
「そうです。」
なぜいるのか、なぜ話しかけられているのか、疑問や驚きは残っています。しかし自分で言った手前、礼を欠くことはできません。
「初めまして・・・橘汐です。」
お辞儀をしつつ返答、その後の逡巡。改めて状況を思い返しても、やはりなぜ彼女がここにいるのか明確な答えは出ませんでした。
「愛生には私がついてきてって言った。3人で買い物しよ。」
愛生さんの後ろから、ひょこっと人影が現れました。
黒いスニーカーに黒いスキニーパンツ、上衣は、大きめなアウターパーカーで見え隠れしていますが、アルファベットと絵柄に彩られた、いわゆるバンドTシャツを着ています。カバンは持っておらず、アウターのポケットに手を入れている可愛い女の子です。
服装に加え、髪型はおさげと、いつもと雰囲気は違いますが、私が見間違うわけもありません。言うまでもなくイチカです。
困惑と驚愕が混ざった私の疑問は、イチカによって解かれることになりました。
イチカがそう言うなら私に異存はありません。ふたりきりでないのは少し残念ではありますが、イチカに従いましょう。
(しかし・・・そうは思わない人もいるようですね。)
目の前の少女、もとい、愛生さんは肩を震わせ、今にも爆発しそうでした。
「恋ちゃん私聞いてない!なんなのこの子!今日はふたりでお買い物じゃなかったの!」
堰を切ったように愛生さんがイチカに詰め寄って捲し立てました。指で指されこそしませんが、その勢いは苛烈です。イチカに対して気を遣っていない話し方はまさしく家族に対する物言いです。加えて、気を遣っていないというのは私に対しても同じでした。
(妹ということは私より年下ということですが・・・ここはイチカの顔を立てて非礼にも目をつむりましょう。)
しかしイチカは姉のはずですが、愛生さんは恋ちゃんと呼んでいます。姉妹というより歳が近い友達のような印象を受けました。
「しぃは友達。学校の。」
「嘘だっ!」
(嘘とは如何に・・・)
これでもイチカとは仲が良いつもりです。1番だと自負しています。友達であることは間違いありません。
「あの、私はイチ・・・恋さんのおともd・・・」
「恋ちゃんに友達なんてできるわけないでしょ!」
ひどい言われようでした。
ただ、イチカの生活態度を知っている人であれば、あるいはそういった評価になるのかもしれません。ことは妹さんの発言です。さもありなんとも感じます。
しかし、親しき中にも礼儀ありと言います。これは言い過ぎではないでしょうか。
イチカも、自分のことを 詰られているわけですから言い返してもいいような気がします。
ちらと視線を向けてみたところその先は穏やかなものです。気にしていないのか、おおらかなのか、特段のリアクションがありません。
「それに何ですかあなた。恋ちゃんのチョロさに付け入ってお金でも集ろうとでも思ってるんですか?うちにはあげれるほどお金はありません!それもこれもあのバカ親が働かないから・・・」
「私はそんなこと・・・」
心外です。私はイチカにお金など求めたことはありません。
すぐさまの反駁は、しかし、尻切れになってしまいました。
頭をよぎったのは自分自身に対する疑問です。
私はイチカに金銭や見返りを求めたことはありません。それは当然です。
しかしそれとは別、心の内に望むことは多くあるのです。
イチカに友情以外の何かを求めたことはありません。夢に見ないことはありませんが、それでも、押し付けるようなこともしたくありません。
(い、いえ・・・私が求めているのは友情や親愛などの類であって・・・こ、恋とか!ましてや、あ・・・)
「愛生。」
駅前の喧騒を切り裂き耳朶を打ったのは、鈴なりの声でした。
イチカの声です。いつもの心地よい、安心できる声です。しかし、今のそれは普段と決定的に違います。
それは、穏やかさとは無縁なものでした。
「さっきから、しぃに失礼だよね。いいかげんにしないと怒るよ。」
「・・・っ!ご、ごめん恋ちゃん・・・でも・・・」
愛生さんのその変わりようは、文字どおりの叱られた子どものようでした。
しゅんと肩を落としたその姿に先程までの気勢は見る影もありません。
イチカの声音は苛烈でも激烈でもありません。言葉数も多くありません。
ただ、言外に語る言の葉は意思の奔流となり、まるで火が油の上を滑るように広がりました。激情ではない怒りの源は、心に灯された静かな炎といったところでしょうか。
(イチカが怒っているところは初めて見ましたね・・・)
有無を言わさぬ態度は頑なです。
ともすれば強引で自分本位なその主張も、言い方を変えれば一本芯が通ったものだと言えます。
そして、衝突を恐れないこのような接し方も、愛生さんに真剣に向き合っているからこそのものなのでしょう。
(イチカに本気で向き合ってもらっているということなのでしょうね。)
私はイチカと喧嘩したことはありません。それは、私はイチカに本気で向き合ってもらえていると言えるのでしょうか。
ぶつかることが本気の証明と言いたいわけではありませんが、ぶつかってこその友情があるのもまた事実です。
(少し、羨ましい気もします・・・)
「愛生さん。私はイチカにお金なんて求めません。今日はイチカのお買い物をお手伝いしようと思っています。ご一緒していいですか?」
ですがそれとは別に、イチカとあるいは愛生さんとも言い争いをしたいわけではありません。喧嘩しないにこしたことはないのでしょう。
「・・・いいです。ごめんなさい。失礼なことを言いました。」
愛生さんは苦々しい表情です。イチカに怒られてバツが悪いといったところでしょう。
はたして、思うところはあるようですが、イチカに促されることなく謝罪できるのは彼女の根がしっかりしている証拠なのでしょう。
「愛生。私コーヒー飲みたい。」
「・・・うん。買ってくる。」
その唐突の要求は言葉どおりの意味ではないのでしょう。推しはかるに、頭を冷やせといったところでしょうか。
群衆に紛れる愛生さんを見送り、私たちは駅前のデッキ、その欄干に背を預けました。
頬を撫でた肌寒い風はどこに向かうのでしょうか。背を吹かれた目の前の群衆は、あるいは行先などなくとも留まることはないのでしょう。
(イチカはまだご機嫌斜めでしょうか・・・?)
チラと見たイチカの横顔は不機嫌ではないようです。その表情はいつもと変わりがあるように見えません。
しかし、どことない仄暗さを感じるのは私の気のせいでしょうか。
「あの子、家族のことになると不安定になるんだ。」
「え?」
言葉なく数秒が経ち、沈黙にも慣れたころ、イチカが不意に口を開きました。
「とても心配する。またいなくなるんじゃないかって。」
どうやら、私が感じた違和感は間違いではなかったようです。
イチカの口調は愉快なものではありません。しかし、深刻とも違うように感じます。確かに言えるのは、普段のイチカの面持ちではないということです。
それは、どう話すか考えていた心持ちが表に出てしまったといったところでしょうか。
(事情を伺っても・・・いえ・・・ですが・・・)
いずれにしても、イチカのこの様子はただ事ではないように感じます。
少なくともこの会話は、いつも学校で話している、他愛ないおしゃべりの延長ではないように思います。もっと込み入った話です。
(自分のことも話せない私に聞く権利はあるのでしょうか・・・)
いつかは話そうと思っていたことです。
それは私の抱える問題、家族の話です。
未だ話せていないのは、一重に私の弱さからです。後めたさがあるために悪い方にばかり考えを巡らせてしまうのです。
他人の家族のことなんて言われても反応に困る、人生相談なら占いにでも行ったらどうだ、話も気持ちも重い女だ。
それらはイチカが言うはずもない言葉だとわかっています。しかし、どうしても受け入れてもらえない未来を想像してしまうのです。軽くあしらわれ、向き合ってもらえないことが恐ろしいのです。
否定されるのが怖いのです。
私はイチカの話すことであれば、なんでも真剣に向き合いたいです。助けになってあげたいと思っています。
しかし、イチカも同じ気持ちであると考えるのは傲慢というものです。
私は私、イチカはイチカの考えがあります。だからこそイチカと話して気持ちを確認しなければならないのですが、今の私には踏み出す勇気がありません。
(私は・・・なぜこんなにも意気地がないのでしょうか・・・)
対して、イチカは違います。
イチカは私に話しても良いと思ったから、こうして口を、あるいは心を開いてくれたのでしょう。
(ならば、私も一歩・・・いえ、半歩だけでも踏み込むべきでしょう・・・っ!)
他人の領域に踏み込むことは怖いことです。痛みを伴うこともあるでしょう。
しかし、イチカが門戸を開いてくれいる今、私はそこに足を踏み入れずしていられるでしょうか。
「続きを・・・聞かせてもらえますか?」
決意は自分の中だけに留めることができたと思います。
「・・・うん。」
私が言葉を紡ぐまで、妙な間があった感は否めません。
ただ、それはイチカも同様で、水を向け、諾と頷いたイチカが言葉を続けるまでには少しだけ間がありました。
頭上を鳥が通過して、ついと、目で追ってしまった私とは対照的に、イチカは一点を見つめて動きませんでした。
「うちは母親がいないんだ。」
イチカが不意に呟いた言葉、それは私の脳天を打ち抜き、鼓動を加速させました。
知らず力んでいた拳が解け、自分の表情が抜け落ちたのを感じます。
ここでオーバーな反応が出なかったのは、幸か不幸か、どちらでしょうか。
「少し前にね。死んじゃった。愛生はずっと母親にべったりだったんだけどね。あれ以来、しっかり者になった。家計の管理や家事なんかは全部やってくれるようになった。文句も言わない。私と違って社交的。友達も多いけど、ほとんど遊びに行かない。ずっと家にいて、私たちを迎えてくれる。」
母親の死を語るイチカの姿は、イチカをよく知らない人が見れば淡々として見えるでしょう。
サバサバしている、落ち着いている、大人らしい。
あるいは、薄情だと。
「今日は命日だから。だから、たまには出かけて一緒に遊んでもいいのかなって思ったんだ。」
ですが、違います。
「母親がいないのは寂しいけど、私は乗り越えたから。でも愛生はまだ少し寂しいみたい。」
何もかもが違います。
空の向こう、遠くを見るイチカの視線は朧げです。落ちた肩から伸びる腕は力無く垂れ下がり、それでも一歩踏みとどまるように両の手が結ばれています。
「・・・しぃ?」
困惑する声、伺う視線、滲んで見えるイチカの表情。
意識の外、気がついた時には、私はイチカの袖をひいていました。
「悲しい時は寄りかかってください。」
「え・・・?」
イチカの気持ちは外面に現れづらいだけです。心の内は外見と大きく違います。
何も感じていないわけではありません。私や愛生さんと同じくらい、いえ、むしろ人一倍感じているように思います。
発散できず、内に抱えるその重さはいかなるものでしょうか。その重みに耐える心はどれほどの強さなのでしょうか。
「辛い時も。ちょっとだけ寂しい時も。」
ただ、無理に話して欲しいとは思いません。内にあるものを発露できないのも、それもまたイチカだからです。
ですから、その重さも含めて寄りかかってもらえばいいだけです。
私が支えればいいだけです。
「私はずっと一緒にいますから。」
人が行き交う街の中、誰が聞いているとも知れないこの場、私は何を恥ずかしいことを言っているのでしょうか。
きっと、クサい台詞は妄想の中に留めておくべきものです。仮に口にだすにしても、もっと伝える言葉や場所を選ぶべきです。
少なくとも駅前の喧噪多雑には似つかわしくありません。
しかし、頭で考えることとは別に、内から溢れ出る何かは、明確な形を伴って滲出しました。
伸ばした手には汗を握り、首筋には滴が伝っています。身体が熱っているのは間違いありません。
頬を撫でる4月の風が心地よいと感じてしまうほどに、身体の中から熱が、思いが溢れてきました。
「見て!恋ちゃん!」
喧騒の中にあって唯一の静寂、私とイチカだけの空間を裂いたのは一倍明るい声でした。
「・・・・・・愛生。おかえり。それは・・・鳥?」
声の主は愛生さんです。さっきまでの気落ちはどこへやら、手に持つコーヒーカップをイチカに渡しながらニコニコと笑っています。
どうやら先ほどの言葉はカップスリーブに描かれた茶色く丸い、デフォルメされた鳥のことを指しているようです。
「うん!キーウィ?飛べない鳥だって!可愛い!」
「おいしそう。」
「食べないで!?」
その姿は確かに果物のキウイに似ています。案外、語源だったりするのかもしれません。
イチカが小さく笑みを湛える様はいつもどおりのように感じます。そしていつもどおり可愛い発想です。
はたして、おいしそうとはコーヒーのことを指しているのでしょうが、その返答はまさしくイチカのものでした。
(いつもどおり、ですか・・・)
期せずして口にしてしまった摯実な私の言葉も、愛生さんの殊更に明るい調子も、イチカのリアクションには繋がりませんでした。
何かを期待していたわけではありません。明確な応えがあるとも思いません。
しかし、愛生さんがもう少し遅く戻ってきてくれたらあるいは、と思わないこともありません。
(いけませんね・・・待たさじと急いで戻ってきてくれたというのに・・・)
自分の中にある黒い何かを、頭を振って追い出します。本人に起因しないことで恨むなど恥ずべきことです。
「・・・それで、いつまで手を繋いでるの?」
「え?」
しかして、たった今、戒めた己の羞恥がまろび出たかのように、はしたなくも素っ頓狂な声が漏れてしまいました。
愛生さんが見つめる先、その視線を追って捉えた先には女の子の手がふたつありました。
片方はイチカです。穢れを知らない白く綺麗な手、そしてその先のしなやかな指に絡められたもうひとつの華奢な指。優しく包み込まれているこの手は誰のものでしょう。
(・・・私ですか!?)
逡巡、しばしの思考停止、再起動までの流れをゼロコンマの間に状況を処理した私の脳は演算不良を起こし、反射的に手を離すように指示を出していました。
(いえ反射であれば信号は脊髄で返されるのであって、脳へは到達してない・・・ってそうではありません!ああ!なんで私は手を離してしまったのでしょう!そもそもなぜ指を絡めていたのかも・・・もしかして、見つめあっていたときに無意識n・・・)
「・・・愛生も戻ってきたし、そろそろ行こう。」
「うん!恋ちゃんに似合うの選んじゃうよ!」
手を離した拍子、たじろいてしまったこの位置からでは、前髪の影に隠れたイチカの表情を窺い見ることはできません。
それでもと、先を行くイチカと肩を並べてちらと盗み見てみましたが、私にはその表情を読み取ることはできませんでした。
しかして、落ち着かないのは私だけのようです。
(な、何か話すべきでしょうか・・・?)
目的地に向け歩く私たちの間に会話はありません。
ただ、嫌な沈黙ではありません。どことなく浮き足立っているような、強いて言うならば、ソワソワといったところでしょうか。
トクントクンと、波打つ脈動が背筋を這うように広がるこの感覚は、心配あるいは不安とも違うような気がします。
沈黙にあって静心がない私は、ただ、数歩先を行く愛生さんの背中を見つめることしかできませんでした。
はたして、私たちの行く先は何処でしょうか。
「しぃ、さっきは愛生がごめんね。」
「は、はい!気にしていません。大丈夫です!」
「そう?でもなんだかいつもと違うみたい。」
「そ、そんなことありません・・・よ?」
「・・・ならいいけど。」
やはりイチカは鋭いです。人一倍感受性が高いのでしょう。イチカの感覚は正しいものです。
しかし、手を繋いで見つめあっていたことが恥ずかしかったなど言えるはずもありません。先ほどの愛生さんではありませんが、イチカと手を繋いでもらえるなど、お金が発生する事案です。積極的に払いたいくらいです。
はたして、再びの沈黙は、街が賑やかなだけに際立ってしまいました。
「そ、それにしても、お父様が働かないと冗談を言っているところをみると・・・愛生さんはよほど心配性なのでしょうね!」
先ほどの妄想が尾を引いたのでしょうか。沈黙で空いた隙間を埋めようと、苦し紛れに口をついたのは、はしたなくも、そんな軽口でした。
「ううん。働かないのは本当。私も心配・・・」
「え!?」
先ほどから予想を上回ることばかりです。その回答は斜め上、まさに冗談ともとれるものです。
とはいえ、先ほどから失態を晒してしまっています。やらかす時というのは、こうも連鎖的になるものなのでしょうか。
思わず素っ頓狂な声が漏れ出てしまった私と対照的に、伏目がちなイチカの様子は十分な真実味を帯びていました。
(本当に・・・?いえしかし・・・謎は深まるばかりですね・・・)
イチカに心配してもらえるとは羨ましい限りです。
しかし、たとえそれが肉親だとしても、いえ、肉親であるからこそイチカに心配させることはすべきではないように思います。
(あるいは・・・心配をかけ、かけられる、それが真の親しさなのでしょうか。)
仮にそうであれば、愛生さんがイチカに対して過剰に心配していることも納得がいきます。
それはきっと母親がいないことへの寂しさと、いなくなってしまうのではないかという不安が形を変えたものなのでしょう。
「恋ちゃん早く行こ!」
「急がなくてもお店は逃げない・・・」
「逃げるよ!可愛いのはすぐ品切れになっちゃうんだから!」
(心配・・・ですか。)
春の陽気に照らされた駅前は、多くの人の笑顔であふれています。
その中にあって埋もれないふたりの笑顔は、はたして、ただ仲が良い姉妹というだけなのかもしれません。




