59 ガンプラってなんですか?プチプラの仲間ですか?教えてもらっていいですか?②
【怜】
つい話しかけてしまった。
いつもなら、しない。街中で友達や知り合いを見かけてもスルーが基本だ。それは学校でもそう。顔を知っているからといって、話しかけなければいけない決まりはない。
だいたい、そんなのはコミュ力高いやつらしかできない。友達見つけてハイタッチとか、今はもちろん社会人になってもできそうにない。あ、俺そもそも友達いなかったわ。
友達がいないので心配する必要はない。話しかけたときの対応を想定する必要もない。
しかし、俺は話しかけてしまった。
なぜかは自分でもよくわからない。逡巡すらせず話しかけていた。
それは相手が指宿だから、指宿に特別な何かを感じているからだろうか。
いや、そうではないだろう。
間違ってはいないだろうが、十分でもない。
今まで俺が楽器の話をして興味を持ってくれたやつがいなかった。指宿が初めてだった。そういうことなのではないか。
以前、コッキーのメンツと来た楽器屋、あのときは付き合いや場の流れで来ただけかもしれないそこにもう一度足を運んでいた。あれだけ怖いだのなんだの言っていたやつが、ひとりで来ていたのだ。
俺が楽器の説明をしたから興味を持ってもう一度来ようと思ったわけではないだろう。俺が説明をしてもしなくとも、指宿は来ていたんだと思う。
しかしそれでも、今までのやつらとは違い指宿は来た。楽器への興味を失わなかった。俺の思いは否定されなかった。たぶんそれが嬉しかったんだと思う。
だから、先ほどは真っ向から否定されても多少は耐えることができた。あれだけ綺麗に否定されれば、普段の俺ならMonzetsu in the bedだが、危ないところだった。
「私シナモンシュガーがいい!and you?」
さても、俺の心中など知る由もなく、カフェの軒先のメニューを見ながら朱は宣言した。
「じゃあ・・・ブルーベリークリームチーズ生クリームにします・・・っ!」
胸の前でふたつの握り拳を作って応える指宿。見ようによれば決意を固めた気合十分な姿勢だが、最後に呟いた「カロリー・・・」という切実な一言を俺は聞き逃さなかった。
(そういえばこの人ダイエット中でしたね・・・)
ダイエットしなければいけない体型ではないと思うが、本人が気にするのなら仕方がない。それが乙女というものなのだろう。
しかしながら、それは逆説的に本人が気にしないのであれば、別にいくら食べてもいいのである。意思薄弱とか思ってないよ?
さても、俺は何にするかと考えていたところ、空いていたテラス席に陣取った朱に無言で笑みを向けられた。指宿はこの表情の意味がわからずキョトンとしているが、俺にはわかる。
この店は前払い制だ。席に着いた以上注文しなければならないが、既に腰かけたふたりを立ち上がらせるのもナンセンスだ。朱のこの無言の圧は、まとめて注文してこいということなのだろう。
(あとで必ず代金もらうからな・・・)
そう固く決意した俺はふたりに注文内容を確認してからレジに向かった。ちなみに俺はシュガーバターをチョイスした。べ、別に前に勧められて美味しかったからとかじゃないんだからね!
最近はテンプレートなツンデレをみなくなったなと益体もないことを考えつつ注文を終える。お代を払い、来た道を戻って店の外へ。先に席に着いていたふたりに合流する。
朱は鼻歌でも歌いそうにご機嫌に足をぶらぶらさせている。注文を終えた俺を迎えて恐縮する指宿と対照的だった。
「ねえ、あの子たち仲いいね。デートかな?」
「三角関係ってやつ?」
「やだー!」
女子たちの中身のない会話を右から左に聞き流し、時たまに答えを返してクレープを待っていたところ、風に乗ってどこぞのグループの噂している声が聞こえた。おそらく目の前のふたりにも聞こえていると思うが、おしゃべりに夢中で気が付かないのか、あるいは意図的に無視しているのか。
(傍から見ればそう見えるのか・・・大きなお世話だが・・・)
三角関係だの、両手に花だの、言われてはじめて状況に気づいた。
俺たちからしたら異性のトモダチと遊ぶことはそこまで特別なものではないが、少し上の世代になると案外意識が違うのかもしれない。別に年増とは言っていない。
それはともかくとして、噂するお姉様方の見方は間違っている。
片方はまだしても、もう片方は華はあれど棘付き毒持ち、食虫植物も斯くやの危険生物だ。まず愛でられたものじゃない。絶対口にはしないけど。
どうでもいいことを適当になんとなく考えていたところにクレープが到着。ほんのりと感じる出来立ての温かさが心地よかった。
さても、手でぬくもりを感じるのもほどほどに、一口、二口とこの甘味を頬張る。やはりうまい。
勘違いしないでよね!とまたひとりでツンデレの妄想を繰り広げようとしたが、黄色い声に意識を引かれて視線を向けることになった。
声の主は言うまでもなく目の前の女子ふたり。上機嫌な声音に違うことなく、その頬は血色の良さを窺わせ、モニュモニュとクレープを頬張っていた。
朱はともあれ、さっきまでの指宿の様子に違和感を感じていたが、もはや持ち直したのか。その顔は満面の笑みを湛えていた。甘味は偉大だね。
「それで、シノはなんで楽器屋にきてたの?」
俺が1/4程度残っていたクレープを口に放り込んだところ、朱が思い出したように声をあげた。
「それはですね。いつまでも朱ちゃん先輩に借りてるのも悪いかなと思いまして。あのギター、えっと・・・」
「コロッケパン?」
口の端にクレープの欠片をつけた朱が小首を傾げている。漫画やアニメでありがちなその様は、コテコテを通り越してベタベタなベタ子さんと化している。
さても、こいつはなんの話をしているのだろうか。まさか指宿に貸しているギターの話じゃあるまいな。
「あのギターってコロッケパンって名前なんですか!?」
「チョココロネだっけ?」
(こいつさっきから昼飯の話してんな・・・無視しよ。)
「指宿が今使っているギターのことなら、コロネットというモデル名だ。」
「うっそ。クレストウッドじゃないの?」
(ちゃんと話す気あったのかよ!)
聞いているのならおまえが答えろよと思わないこともないが、いまさらこいつに何を言っても始まらない。
「たしかにピックアップがふたつ付いているからクレストウッドっぽいが、ピックガードの形状的におそらくはコロネットだ。それにフロントピックアップでEのデカールが切れているし・・・いや、ピックガードを載せ替えた可能性もあるのか・・・ピックアップの取り付け位置なんかを測らせてもらえれば断定できるんだが・・・」
「先輩、詳しすぎませんか・・・?」
「こいつはそういうやつなのさ。でもそっか。騙された。だから安かったのか。」
「クレストウッドを買ったつもりだったのか?」
「いーや?不詳販売だった。」
「じゃあ騙されたわけじゃないだろ・・・」
見切り発車の勘違い、思い込みの衝動買いだ。しかし、よく調べてから買うべきだったと正論を吐いても、朱に対しては無意味なことだ。
「そういえば楽器屋さんでも同じ形のギターはありませんでした。珍しいギターなんですか?」
指宿の言う通り、コロネットは有名なギターではない。似て非なるものとしてクレストウッド、ウィルシャー、オリンピック、まだまだたくさんの兄弟機があるし、あるいは楽器を専門に扱う店じゃないと誤った価格設定をしてしまうこともあるかもしれない。
「ああ。コロネットは復刻版も出ているが、マイナーであることには変わりないな。」
「復刻・・・ってことは、古いギターなんですか?」
「そうだな。あれが何年製かはわからないが、パチモンじゃないみたいだし、いわゆるヴィンテージだな。」
「ヴィンテージ!?お正月に結果発表するあの番組に出てくるバイオリンみたいなものですか!?」
「なんでその例えなんだよ。」
指宿の例えはともかくとして、あのギターが古いギターであることは間違いない。少なくとも、俺の見立てで復刻版ではなかった。
「んー。シノあのギター好き?」
ずっと黙り込んでいた朱が突然口を開いた。何事かと思って視線を向ければ、声の調子とかけ離れた真剣な表情だった。
「可愛い・・・です!」
「じゃあ、あげるよ。」
「・・・へ?」
「大事にしてね。」
「ち、ちょっと待ってください!そんなもらえません!」
「そう?じゃあ1万円でいいよ。」
「安すぎですよね!?だってストラトが15万円d・・・」
「そう?じゃあ15万円で。」
「そんなにお金持ってません!」
「指宿、ひとまず落ち着け。」
焦りと驚き。肩で息をしている指宿をどうどうと宥める。その様はあっけらかんとしている朱と対照的だった。まったく、こいつらは何を漫才しているんだ。
「朱、あのギター譲ってやるのか?」
「うん。」
「そうか。ちなみにいくらで買ったんだ?」
「7千円。」
(なん・・・だと・・・)
朱の答えは俺の想像を打ち砕くものだった。聞き間違いだろうか。
「・・・冗談も休み休み言えよ?」
「いやほんと。」
「嘘だっ!」
「いやほんとだし。」
「・・・・・・朱、あのギターいくらで買っt」
「ループすんなし!」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
しかしそれはあまりに衝撃的だ。衝撃的過ぎて、脳内ではひぐらしの鳴き声がリフレインし、エンドレスなサマーに未来ガジェットの研究をゼロから始めるところだった。
(落ち着け・・・戦場では焦った者から斃れていくものだ。まずは落ち着け・・・)
「・・・おr・・・とろう。」
「先輩・・・?」
「俺が買いとろう。」
「先輩!?」
(指宿・・・わかってくれ。)
落ち着いて交渉を始めた俺に対して、指宿の表情は困惑に満ちていた。横取りの形だが致し方なし。またとないこの機会を逃す手はない。
所詮この世は弱肉強食。俺はドブネズミみたいに美しくはなれないのだ。
「うーん。じゃあ40万円で。」
「なんで妥当な金額になるんだよ!いい加減にしろ!」
「きみ無茶苦茶言ってるからね!?」
「せ、先輩、落ち着いてくださいっ!」
驚愕の表情を晒す朱、前のめりになって諭す指宿。ふと触れた指宿の左足が俺に正気を取り戻させた。どうやら錯乱していたようだ。
「ああ・・・悪い。つい魅惑的な魅力に魅了されてしまった。あまりにも魅力的すぎてこの傍若無人が魅力的に見えてしまったほどだ。」
「おい心の声が漏れてるぞ。朱ちゃんは元から可愛いだろうが。」
何を勘違いしているのか。これだから顔が良いやつは困る。俺はコロネットが魅力的だと言っているのであって、朱のことではない。百歩譲ってそんなことを言ってしまったかもしれないが、そんなのは付け合わせのピクルスみたいなものだ。それ以上でもそれ以下でもない。え、どゆこと?
「あのギターそんなに高いんですね・・・40万円は払えないので、残念ですが朱ちゃん先輩にお返しします。月曜日に学校に持ってきますね。」
未だ錯乱している俺をおいて、この場を仕切りなおすように指宿の声が間に入った。「先輩もケースありがとうございました。」と加えて言うその調子には影を感じた。
指宿は笑顔だ。しかしそれは振り切った笑みではなく、何かを引きずっているような、湿った笑顔だった。
断定した物言いは、抱えている諸々に区切りをつけようとしているということだろうか。
「・・・朱、ちょっとこい。」
「んー?」
朱を立ち上がらせて指宿と距離を取る。別段、聞かれて困るわけではない。しかし、ことを始める前に朱の本気度は確認しておく必要がある。
「おまえ、本当に1万円でいいのか?」
「怜にはあげないよー?」
「真面目に答えろ。」
「別にタダでもいいんだけどね。」
「そうか。」
朱の言葉はふざけた物言いだが、冗談は言っていない。つまるところ大真面目だった。
「待たせたな。」
朱を伴って席に戻る。「いえ・・・?」と小首を傾げる指宿の顔には困惑が滲み出ていた。
「指宿、あのギターを買い取る気はあるか?」
「もちろんです!買えるなら、ですが・・・」
「いくらなら買うんだ?」
「それは・・・適正な価格なら・・・でも40万円なんて持ってません。」
指宿の本気度もわかった。これで聖杯は用意された。ならば、少しだけ手助けをしてやろう。
「わかった・・・朱。あのギターはフルオリジナルじゃない。わかるな?」
「わかんなーい。」
「・・・オリジナルのコロネットのピックアップはP-90が一発だ。フロントにシングルハムはついていない。それと、ピックアップ切り替えスイッチとフロント用ボリューム、トーンもだ。」
「へーそうなんだ。」
「アームも外されていたな。それに伴ってブリッジもラップアラウンドの現行品だった。ノブやポッドもそうだな。ああ、あとフレットも打ち替えてあった。」
「ほむほむ。つまり魔改造の中古ギターってことだね!」
「それは言い過ぎ・・・」
言い得て妙なので全否定はできない。朱の言うとおり、オリジナルからは程遠いアッセンブリなのは事実だ。
そしてここまでがあのギターの、楽器としての機能の話。ここからは付加価値の話だ。
「あのギターはボディに目立つ傷が多かった。ネックの状態も見たところ良品とは言えない。現行品のパーツが多く、アームがないことと、フロントピックアップを取り付けたことでピックガードのEの文字が切れてしまっていること、これらはコレクターには大きなマイナス要因だろう。片側6連のペグはオリジナルみたいだが。」
「え、えっと・・・?」
指宿は再び困惑を露わにした。状況に追いつけていないのだろう。間違っても急に饒舌に語り出した俺がキモくて困惑しているわけではない。そうだよね?
「・・・まあ、何が言いたいかというと、ヴィンテージギターとしての価値は薄いってことだ。」
話がわからず俺の言葉が咀嚼できない指宿と、すでに興味を失い、右から左な朱。俺は誰に向かって話しているのだろう。
まだまだ言いたいことはあるが、もはやこれ以上話しても暖簾に腕押し、糠に釘だ。ふたり分合わせて暖簾に糠。悪質な嫌がらせかよ。
思わず1+1が2でないことを証明してしまったが、冗談はともかく、これは早々に結論を伝えるべきだろう。
「・・・これらのことを勘案して、俺があのコロネットを買い取るとしたら・・・8万7千から9万円だ。」
「なるほどね!じゃあ、お友達価格で8万5千円でいいよ!」
「そこは8万円にしてやれよ。小さいやつだな。」
「誰のせいだと思ってるの!バカスカプリン食べて!私は金欠なの!」
腕を振りプリプリプンプンと訴える朱は、どこか可愛げがあった。しかし原因に至るまでの過程が可愛くない。まるっきり自業自得だ。
しかし値下げの仕方は流石だ。そのあたりが指宿が気を遣わない絶妙なラインだろう。これで聖杯は満たされた。
「・・・どうした指宿?」
俺がやれることはやった。当の本人はどうかと、朱から視線を外した先、指宿は俯き加減だった。
「いえ・・・確かにその金額なら払えそうな気がしてきましたが・・・私のために朱ちゃん先輩が損をしていませんか?」
疑ってかかることは世を渡る上で重要な術だ。特に、自分に有利な話を疑ってかかるのは必須とも言える。
世の中、疑ってかかって損はないとは俺の持論だが、しかし、指宿のこの言葉は猜疑心からくるものではなく、きっと真に善人だからこそ出るものなのだろう。
「いや、正当な評価だ。まあ、俺は素人だから正当性を語るのはおかしな話だが。」
「でも40万円って・・・」
「それはフルオリジナルの場合の、販売価格だ。売却時の値段じゃない。」
今もなお「でも・・・」と呟く指宿は煮え切らない態度だ。手の届かない価格ではないが、やはり8万円は高校生には大金だ。迷っているのだろうか。
「手持ちがないなら分割でもいいよ!それでもダメなら電車の定期を払い戻してk・・・」
「おいバンドマンあるあるやめろ。本当にやりかねんだろうが。」
さすがの俺もそこまではやったことがない。1回しか。あの時は母親にめちゃくちゃ怒られた。二度とやらない。
さても、俺の苦い心情がうつったわけではないと思うが、指宿の表情は浮かなかった。あるいは踏ん切りが付かずにいるようにも見える。
まさか本当に定期を解約するかどうかを思案しているわけではないだろう。
であればそれは朱への負い目か、それとも別の何か、指宿の性格によるものだろうか。
しかし何はどうあれ、これ以上俺が何かしてやれることはない。仮に背中を押すような言葉をかけても、それは本当の意味で指宿の助けにはならないだろう。
「シノ。聞いて。」
俺が二の句を継げない中、沈黙を破ったのは朱たった。
そのトーンは深刻ではないが真剣。稀に見る、ふざけてない顔つきだった。
返事をする指宿も、何かを感じたのか、居住まいを正していた。
「楽器って他の道具とは違うんだ。持つべき人がいるんだよ。」
朱は、いきなり語り出した。
(また何を言い出すんだ・・・)
朱が言っていることは、ジミヘンといったらストラトだとか、スラッシュはレスポールだとか、そんな象徴的な話ではないのだろう。
おそらく、なぜジミヘンがあのストラトを使うことになったのか、なぜスラッシュはレスポールを選んだのか。そういった弾き手と楽器の巡り合わせの話なのだと思う。
ありきたりな日常、いつもの街角で何を恥ずかしいことを言っているのか。こいつも大概、厨二病だ。
だが、そのとおりだと思う。
音楽に関わる人、取り分けプロと呼ばれる人たちの中には確実に存在する。The Peaceを見て確信した。
一期一会と言葉にすればどこか上滑りしてしまうが、しかし、そういうことだ。
「・・・ちょっとわかりません。」
それはそうだろう。むしろここで共感したらそれは嘘だ。それは、確信的な出会いを経てないから。
「でも、あのギターは、その、好きなので・・・譲ってもらえますか?」
朱の言葉はアドバイスなどと言える代物ではなかった。応える指宿の言葉はマイナスのニュアンスが多分に含まれていた。
何がそうさせたのかは本人に聞いてみないことにはわからない。しかしそれを聞くのは野暮だということくらい俺にもわかる。あるいは、好きという唯一絶対に従ったのかもしれない。
しかして、指宿の背中を押すことはできたようだ。
「よーし決まり!なら早速カネを出せー!なければその身体でもいいんだぜー?乳を出せー!」
「ひっ!いま5千円しか持ってません!これで勘弁してください!」
(いや・・・ただの追い剥ぎのような気もしてきた・・・)
「やた!軍資金ゲット!クレーン何回できるかなー?」
「おまえは・・・」
血の気が引いた指宿、その懐から金を巻き上げ、朱は喜色満面だった。右から左へ。速攻溶かすつもりのようだ。金欠じゃなかったのかよ。
「そういえば、シノは楽器屋に用事があったんだよね?」
「そうでした!このあと行ってこようかな・・・」
朱の金使いの荒さから、あるいは、来るべき悲惨な未来から目を逸らした俺の視線は少し低い位置から見上げる指宿と交差した。
小難しい話から解放されて気分を持ち直したのだろう。指宿の頬は血色を取り戻していた。
「私はこのあとクレーn・・・用事があるんだけど、コレ連れて行く?」
「おい。こっちの予定も気にしろ。俺だってこのあt・・・」
「コレ連れて行っていいんですか!?」
「おい!」
これは看過できない。異議を申し立てなくては。
「ちょっt・・・」
「いいよー。新しい弦でもピックでも買ってもらいなさい!」
「でも、クレーンゲームなら一緒に行った方が・・・?」
二の句を継ぐタイミングを逸してしまった。というより、俺の訴えは黙殺という名の棄却をされてしまった。会話に入るのってどうしてこんなに難しいのん?
ともあれ、俺を置いて話は進む。指宿が何に気を遣っているのかはわからないが、俺と朱の間を交互に視線を泳がして様子を窺っている。そんなことよりボクの心情に配慮してください・・・
「怜とは一緒に行かない!つまんないから!」
「え?」
驚きの声は指宿から。オロオロ、あるいはキョロキョロと、先ほどとは違う意味で俺と朱の間を彷徨わせていた。朱は憮然というよりはもう少しマイルドな態度。擬音で表せばプンプンといったところか。
(やれやれ・・・)
思わず、やれやれ系主人公になってしまったが、たとえハイスペ鑑定持ちでなくとも、この態度の理由はわかる。あ、もしや彼らも主張できないコミュ障を発動して流されるから、やれやれと言って誤魔化しているのだろうか。持とう。主張する勇気。
ともあれ、ボールは今こちらにある。この態度は前にクレーンゲームに連れ回された時にも見た覚えがあるし、意趣返しにはうってつけだ。すなわち。
「おまえが下手なのが悪い。」
「にゃにを・・・もう!知らない!」
「おい!お代をはr・・・はあ・・・」
コレ扱いされたお返しとばかりに放った口撃は、朱の逃走を促すことになってしまった。
中空に伸ばした俺の手はなにも捉えることはできない。視線の先、駆け出したその背中は見る間に小さく、その足音は辺りの雑踏に溶けて消えた。
「あ、あの先輩!わた・・・私は楽器屋さんは見たいので行こうと思いますが・・・い、一緒にきてくれますか・・・?」
ため息をつき、居住まいを正した斜向かい、指宿は吃りながら精一杯に声を振り絞っていた。
固く拳を握り締め、額には汗も滲んで見える。そんなに楽器屋が怖いのだろうか。さっきはひとりで来ていたみたいだが。
あるいはこの表情、別の感情があるのか。
(勘違い・・・しないでよね・・・)
だがこの世は無常かな。その想像の大半は妄想と相場が決まっている。
もしかして薔薇色の明日があるのではと勘繰ってしまうのは、思春期男子特有の勘違いでMItB案件なのだろう。
思えば一時的にふたりきりになることはあったが、こうしてガッツリなのは初めてかもしれない。何をするにも注意しなくては、布団を被ること待ったなしだ。
指宿に絆されるような形なのが気に食わないが、とうにクレープは食べ終わっている。ならば、強いてここに留まる理由もない。
「・・・行くか。」
指宿に応えながら椅子を引く。暖かな日和とはいえ、テラス席だ。革ジャンは脱いでいない。よって準備と言えば3人分のクレープの包み紙をポケットに突っ込むくらいだ。
指宿の身支度を待つ中、ふとそよいだ一陣の風が頬に心地よい。さっきまでは程よいと感じていた気温が少し暑いくらいに感じられる昼下がり、俺は指宿を伴って楽器屋に足を向けた。




