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56 春季限定コッキープリン事件③

【怜】

「冷蔵庫にプリンはひとつも残ってはいなかったのです。」

 橘の言葉にこの場にいる誰もが二の句を継がなかった。

 その言葉から隠れるように、すすっと俺の背中に回った朱を引きはがす。

 朱は昔から怪談や怪盗、お化けなんかの怖い話が苦手だったが、それは今でも変わっていないらしい。怪盗は違うか。

 しかしながら、この事態は怪盗が関わるそれだ。

 朱が描いた落書き、もとい、表のとおりであれば、俺が食べるはずだった中野屋のプリンが冷蔵庫の中にあるはずだ。

 しかし部室の冷蔵庫はからだった。まさしく奇々怪界。

「そんなはずは・・・っ!ない!確かにないぞ!足が生えて逃げるわけもなし、冷蔵庫の中から消えるわけがねえのに、姿、形もなくなっている!」

「なんでちょっとジョジ◯っぽいんだよ・・・」

 引き剥がした勢いそのままに朱は冷蔵庫を開けた。さっきまで俺の背中に隠れて小さくなっていたのが嘘のように調子を取り戻していた。

 ちなみに朱は怖い話は苦手だがジ〇ジョは見れる。身体を斜めにしながらチラチラとアニメを見ていたのを目撃したことがある。

「これは誰かがふたつプリンを食べたってことだよね。なら、現状一番怪しいのは意志薄弱な子だね!」

 朱は振り返りつつ腰に手を当ててしたり顔を浮かべた。自分の悪行は棚に上げてである。

「わ、私は食べてません!本当です!」

「お団子は食べたのに?」

「そ、それは・・・そうですが・・・でも・・・」

 指宿の言葉は尻すぼみに消えた。しゅんと肩を落としたその様は庇護欲を刺激される。

 ホんとうにビっくりするくらいアざとカわいい。ほびあか。我ながらセンスのないことだ。俺がほびろん。

 しかし、このあざとさが意図的か、あるいはそうでなくても間食の反省はしているようだった。

「そこ!後輩をあまりいじめないように!私は忍さんを信じますよ。」

「し、しーちゃん先輩っ!」

 指宿は、はしっと勢いをつけて橘に抱き着いた。その目には涙さえ浮かんでいるように見える。ついでに背景に百合の花が浮かんで見える。きみたち仲良いですね・・・

「そこ!後輩の女の子に抱きつかれてニヤケないように!」

「ニヤ!?わた、私は別に・・・っ!」

「でも胸の感触確かめてたでしょ?」

「nyなにwぴて!」

(おまえこそ何を言っているんだ・・・)

 さっきまで攻められていた朱の意趣返しだろうか。こうして慌てふためく橘は珍しい。普段、俺に対してズバズバと文字通りの口撃してくる口は、今このときはサボタージュをかましているようだった。

 調子を崩している橘に対して、朱はすでにいつもどおりだった。

「どうせ、みんな胸が大きいやつが好きなのさ。」

 いつもどおり、胸のことを気にしていた。

(どうしたもんかね・・・)

 表情に影を落とし、目が虚ろな朱。胸元を確かめる一花。あわあわと浮足立つ指宿と肩を抱いて身構える橘。それはまさしく戦争前夜。一触即発の様相を呈していた。

 核の発射スイッチならぬ、この戦を止めるキーを、俺は持っている。しかし、どう切り出そうか。

(争いの火種は絶えることのない憎しみに火をべ、延々と続く軌跡には何もかもが灰燼かいじんしt・・・)

「それはともかく!ですね。残念ですが事件は迷宮入りですね・・・っ!」

 現実逃避ならぬ来たる未来から目を逸らしていたところ、多少強引ではあったがナイスプレーが飛び出た。指宿が努めて明るい口調で口火を切ってくれた。

「いや・・・謎は解けた。」

 今まで、おのおのに集中していた女子たちが、一斉にこちらを向いた。

「秋津くん。真犯人が誰だかわかったのですか?」

「ああ・・・」

 橘はわからなかったようだが、無理もない。アノ現場には、コッキーのメンツでは俺と朱しかいなかったのだから。

「じゃあついてきてくれ。」

 もったいぶるつもりはないが、場所を移動した方が話が早いだろう。決して、ヒートアップした諸々を冷やすためではない。


【朱】

「音楽室、ですか?」

 汐の言葉、それは口にしなくてもドアの上に掛かるプレートで明らかだ。

 ただ、汐の困惑もわかる。真犯人がわかったという怜に従って着いたのは、それだけ意外な場所だった。

 時刻は放課後、音楽室の中からは演奏は聞こえないが、今日は軽音楽部が部室を使う日だったはずだ。

「あら、全員お揃いとは珍しい・・・というほどでもないわね。この前のカチコミの続き?」

 部屋に入ると真っ先に反応してくれたのは綾乃だった。というより、綾乃しかいなかった。

(私は犯人探しに奔走しているのに・・・軽音部長は暇なのか?)

 冗談はともかく、楽器はスタンドに置いてあるし、休憩中といったところなのだろう。

「佐藤。物騒なことを言うな。というより仕掛けてきたのはそっち・・・おまえに言ってもしょうがないな・・・ところで、朱からのプリンは受け取ったか?」

「え?ええ。コッキーの部室にあった中野屋のプリンはいただいたわ。」

「綾乃ー!おまえが真犯人だったのか!?プリンの恨みー!」

「ちょ、なんのこと!?」

「問答無用ー!」

 綾乃に飛びかかろうとした次には怜に首根っこを掴まれてしまった。この流れるような動き、そして対応の早さ。先読みしていたとしか思えない。思わず怜の額にエピタフを探してしまった。

 怜は前髪をあげる私の手を鬱陶しそうに解くと、何事もなかったかのように綾乃に状況を説明し始めた。なんだか私の扱いがひどくないだろうか。自業自得か。

「そういうことね・・・確かに中野屋のプリンをいただいたわ。」

「やっぱり綾乃が真犯人!おまわりさんこいつです!」

「あなたは・・・っ!元はといえば朱のせいなのよ!」

「へ?」

 なんのことだろうか。まったく身に覚えがない。それとも犯人特有の悪あがきだろうか。

「あなた、新歓週間の時に「感謝の気持ち」を込めてプリンをおごるって言ったのよ?で、今日がプリンをもらう期限だったからコッキーポップの部室に行ったのよ。そしたら、蓋に「感謝の気持ち」って書いてあるプリンがあって、そりゃ勘違いしちゃうじゃない!」

「あーそれがあったから私プリンなんて持ち歩いていたのか?」

「おい、ちょっと待て。朱おまえ、持ち歩いていたっていつからだ?日中常温・・・いや数日前からカバンの中に押し込んでいたわけじゃないよな!?」

「・・・・・・いやーよかった!お化けの仕業じゃなくてよかった。一件落着!じゃあね綾乃!サラダバー!」

 矢継ぎ早に言葉を置いて後退り、音楽室の扉を抜け、駆け出した廊下では背後から怜の声と足音が聞こえた。

 しかし待てと言われて待つやつはいない。私は前だけを見て駆ける。

 プリンを食べた犯人は私だったし、プリンが消えた原因も私だった。

 犯人と真犯人が同一人物だったわけだが、それって小五郎のおっちゃんが、「犯人はあなただ!」って言って、眠った後も「やっぱり犯人はあなただ!」って言ってるってことだ。そんなのまったく推理ものの天丼をわかっていない、お話にもならない。

 しかし、とかくこの世は奇妙なもの。事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。

 私たちのSFすこしふしぎはこれで終わりだが、奇妙な物語はきっと世界中に溢れているのだろう。

 さても、運動不足男の怜に捕まる私ではない。逃げよう。遠くまで。捨て台詞も忘れずに。

「逃げるんだよォ!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「いやーそれにしても他人の金で食べるプリンはうまいなー!佐藤?」

「ふふ。そうね。夕食を減らしてもう一つプリン食べちゃおうかしら?」

「え、綾乃まだ食べるの?ふとr・・・」

「朱、何か言った?反省が足りていないのかしら?」

「滅相もありません!すぐに買ってきます!」

「イチカこちらの抹茶プリンもおいしいですよ!一口いかがですか?」

「おいしい・・・しぃにも私のあげる。」

「ちょっと待て一花待ておまえ。なんだその食べ方は?言うことも不思議ならやることも不思議だな。」

「この男は!カラメルを押し上げて食べるのは実に合理的かつクレバーないただき方でしょう!だいたいあなたはいつもs・・・」

「今日はチートデイ今日はチートデイ今日はチートデイ今日h」

「どうぞ綾乃様・・・あぁ、私のお小遣いが・・・」


春季限定コッキープリン事件 完

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